滝千春の新作CDアートワークができるまで
「手にしたとき、気分が上がるモノ」が作りたい

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滝千春の新作CDアートワークができるまで

「手にしたとき、気分が上がるモノ」が作りたい

text by 原典子
photo by Kohán

 

ヴァイオリニストの滝千春が、自身初となるアルバム『PROKOFIEV STORY』をリリースした。ユーディ・メニューイン国際コンクール第1位など数々の国際コンクールに入賞し、早くから世界の舞台で活躍してきた滝が、プロコフィエフの没後70年のアニヴァーサリーに向けて満を持して録音したヴァイオリン・ソナタ第1番と第2番、および《ピーターと狼》(ヴァイオリンとピアノ版)。

もちろん音楽的に注目作であることは確かだが、ここではちょっと趣向を変えて、CDのアートワークにフォーカスしたインタビューをお届けしたい。というのも、「モノとして、手にしたとき気分が上がるCDを作りたい」という滝のアイデアのもと、デザイナーの坪田大佑、イラストレーターの坪田朋子、フォトグラファーのコハーン・イシュトヴァーンのコラボレーションによって制作された本作には、CDというメディアが持つ可能性が詰まっているからだ。

配信全盛の今、CDを通して表現したいものとは? 滝、坪田夫妻、コハーンに話を聞いた。

世界のシモキタ、ベルリンでの出会い

――坪田大佑さんと朋子さんは、ご夫妻でデザインの仕事をされているとのことですが、滝さんとはどのようなきっかけで出会ったのでしょう?

坪田大佑(以下、大佑) 朋子がイラストレーションを、私がグラフィックデザインを担当し、ふたりのユニットとしてデザインの仕事をしています。日ごろは個人経営の飲食店や、小規模事業を営まれている方などからのご依頼で、パッケージやグッズ、ホームページなどを制作することが多いです。滝さんとの出会いは2015年、我々がベルリンで家を探していたときでした。

滝 私がベルリンで家を借りていた学生の頃は、留守にする期間が長かったので、私もルームメイトも、その間はそれぞれ別の人に部屋を貸していました。坪田さんご夫妻はルームメイトの部屋を借りて、1ヶ月ほど私と同じ家に住んでいたんです。

大佑 「ヨーロッパに住んでみたい」と思って渡欧したのですが、ベルリンの住宅事情を知らず、まったく部屋が見つからなくて……家探しをしながら住まわせてもらっていた時期でした。

坪田朋子(以下、朋子) 家が見つかったあと、1年ほどベルリンに住んで、美術館やギャラーを巡ったり、他の都市に出かけて観光しながら泊まり歩いたり、めいっぱいヨーロッパの空気を味わいました。

――「住んでみたい」という思いを実行に移されるところがすごいですね。

大佑 もともとふたりとも関東の出身なのですが、ドイツから帰国したあとは沖縄に移住して、7年ほど住んでいました。ベルリンが寒かったから、その反動かな(笑)。

 ベルリンには音楽家も多く住んでいますが、現代アートの街でもあるので、駆け出しのアーティストの個展などがあちこちで開かれているんです。私もアートが大好きで、これから花咲くだろうなという若いアーティストの個展をよく観に行っていましたね。

大佑 「世界のシモキタ(下北沢)」というイメージです。

 まさに! 夢を持ったアーティストがたくさんいる街。

――滝さんはアートやファッションに深い関心をお持ちですが、ベルリンという街から受けた影響もあるのでしょうか?

 昔からアートに興味を持っていましたが、ベルリンでの生活から受けた影響は大きいと思います。音楽も美術もファッションも、本当にさまざまなジャンルのアーティストと出会って、「クラシックだから、こうでなきゃいけない」という枠を無意識に自分のなかに作っていたことに気づきました。その枠をいきなり破ったわけではないですが、だんだんと溶けていった感じですね。クラシックの音楽家だけどアートもファッションも「好き」って、もっと大きな声で言ってもいいんだって。

――日本だと、音楽家は音楽だけに集中せよみたいな空気がありますよね。

 ありますし、私が音楽以外のことをやっても、たぶん理解されないだろうなとか。でも、そんなふうに不安に思う必要もないんだと、最近は思うようになりました。

――コハーンさんは、まさしく音楽とアートを両立させているアーティストですよね。クラリネット奏者として第一線で活躍するかたわら、写真や映像も撮影&制作されていて。このインタビューの写真も撮影してくださっています。

コハーン 日本ではあらゆる仕事が専門ごとに分けられていて、その道を極めた人がやっていますが、僕の祖国ハンガリーはもっとDIY(Do It Yourself)文化。たとえばクラリネット奏者がサクソフォン奏者もやっていたりと、ハイブリッドなアーティストたちがいます。日常生活においても、家のリフォームとかはホームセンターで道具を買って、みんな自分でやりますね。

僕が写真や映像制作をはじめたのは、自分の音楽活動をプロモーションする際に必要だったから。今の時代は、プロの人たちが知識をインターネットでシェアしてくれているので、その気になればどんなことでも自分で勉強することができます。もちろん、楽器と同じで、できるようになるには練習が必要。ネットで得た情報をもとに試行錯誤を繰り返し、失敗を重ねながら、習得してきました。

――今回のアルバムのアートワーク制作チームは、皆さん個性派揃いですね!

プロコフィエフはくすんだピンクのイメージ

――話を少し戻して、坪田さんご夫妻と滝さんがベルリンで出会ったあと、それがどのように今作へとつながっていったのでしょう?

大佑 ベルリンにいたとき、滝さんから名刺のデザインをご依頼いただきました。朋子さんのイラストを使ってデザインしてほしいということだったので、小さなカンバスにヴァイオリンの絵を描いて、仕上がったデザインと一緒に原画も差し上げたんです。

 そのヴァイオリンの絵が大好きで、世界を転々としていたときも、引っ越した先の部屋にいつも飾っていました。

朋子 音楽関係の仕事は、それがはじめてでした。それ以来、滝さんとお仕事をするのは今回で2度目になります。

 普通が嫌いなんですよ、私。なのでCD制作の話が具体化してきたとき、せっかく作るならメッセージを深いところまで届けられるものにしたい、そのためにはどう表現したらいいんだろうと悶々と考えていました。そんなとき、ふと、朋子さんの絵が頭に思い浮かんだんです。私は以前から、プロコフィエフの音楽に対して、淡い、くすんだピンクのイメージを抱いていました。それが、朋子さんの絵のイメージにつながったのでしょうね。そこで坪田さん夫妻にご連絡して、CDのジャケットとブックレットのデザインをお願いすることに。

――たしかに、くすんだピンクといった色合いは、朋子さんの作品に自然にマッチするように思います。

 朋子さんの作品はどれも、すごく静かだけれど、メッセージ性が強いんです。見る側は、なにかを問いかけられているような、「あなたはこれを見てどう思う?」と語りかけられているような感覚になる。私もヴァイオリンを弾きながら、言葉にならないメッセージを大切にしているので、そういった部分でも通じ合うものがあったのだと思います。

――滝さんの頭に浮かんだ今作のイメージを、具体的にはどのように坪田さんたちに伝えていったのでしょう?

大佑 我々が仕事をするときのメソッドみたいなものが一応あって、まずは依頼主にインタビューをするところからはじめます。それも具体的な話ではなく、「なんで作るんですか?」みたいな、おおまかな質問をする。相手と会話のキャッチボールをして、そのやり取りを通して見えてきたものをビジュアライズしていくという流れです。

朋子 お客さんが作りたいものや、計画しているプランについてたくさん話してくださるので、その話を聞いて、お客さんの言葉を頭のなかに反響させておくんです。そうすると、わりと直感的にイメージが浮かんでくるので、その方向に沿って描いていくと、それほど間違わないものができるように思います。ですから、お客さんの熱意がとても大事で。話してくださる言葉に熱意がないと、こちらもイメージしようがないという。

――なるほど、作りたい人の熱量に反応して、朋子さんのイメージが膨らむわけですね。

 私も、プロコフィエフという作曲家や、曲に対するイメージを、おふたりにわーっと話させてもらいました。

大佑 滝さんのように情熱をこちらに投げかけてくれると、それを受けて我々の方からも返せるものがある。なにかを作りたい人がいて、そこに我々が関わると、必然的にできるものがあるよねといった考え方でやっています。

デザインの提案を、特別な体験に

――そういったやりとりから生まれたのが、こちらのイラスト。滝さんからは「くすんだピンク色」というイメージ以外のサジェスチョンはあったのでしょうか?

大佑 プロコフィエフという作曲家の人間性について、「少年のおもちゃ箱をひっくり返したような感じ」という言葉をいただいたので、そこからイメージしていった部分もあります。

朋子 《ピーターと狼》の物語を読んだとき、アヒルがいる泉がとても印象的で。プロコフィエフの創作物が泉から湧き出てくるようなイメージが最初に浮かびました。ただ、それをそのまま描くとファンタジックになりすぎてしまうので、水道管から泉に水が流れ込むという装置のような構図に。その蛇口をひねっているのがプロコフィエフの手という仕掛けです。ほかにも、縄とか、炎とか、四角いドアのようなものとか、よくわからないものが描いてありますが、明確に説明できるものでもなくて。

――すべてが説明できてしまっても面白味がないですよね。

コハーン 狼の耳が後ろに寝ていますが、これは優しい狼なんですか?

朋子 ああ、そう言われてみればそうですね。プロコフィエフのファンタジーのなかにいる狼というイメージで描きました。なので全身描かなくていいかなと思いましたし、ピンクにしちゃえとか、手の部分もわざと爪を出さなかった。実際の怖い狼よりちょっと弱い、霞みたいな感じでしょうか。

 不思議な存在ですよね。

――仕上がったイラストを見たとき、滝さんはどう思いましたか?

 もう、大興奮しました! しかも坪田さんたちがすごいのは、プレゼンテーションの仕方です。私のもとに封筒が郵便で届いて、「オンライン・ミーティングがあるまで開かないでください」というメッセージが入っていました。それで、ミーティングのときに「今から開けます」と言って開けると、中にはCDジャケットのデザイン案として2冊の本が入っていたんです。完成したイラストもそのなかに貼りつけてあり、そこではじめて見ました。ふたりの説明と一緒にページをめくりながら打ち合わせをするのが本当にワクワクして。そんな演出までしてくださったんです。

大佑 我々に頼んでいただいて、提案をして、それを納得いただけるまでの流れが一式あるとすると、そこまでの体験を少しでもお客さんにとって特別なものにしないと、という思いがあります。ムードとかニュアンスとか、非常に曖昧なものを我々は提案しているので、お客さんには、それがいちばん素敵だと感じて、自分のものとして大切に思っていただけるような提案をした方がお互いにとっていいはず。それにはやはり、データをメールで送って「はい、どれがいいですか?」というよりも、こうした方がいいかなと。

写真が現実、イラストがファンタジーというふたつの世界

――朋子さんのイラストはジャケットの中面に入るわけですね?

大佑 ジャケットの表面はコハーンさんが撮影した滝さんの写真で、開くと一面にこのイラストが出てくるという構成です。モノクロームの写真は滝さんが演奏している現実の世界、その音を超えた抽象的な世界としてカラーのイラストが入るというアイデアを最初に滝さんから聞いていたので、それをもとに考えました。CDを手に取った人が、ジャケットを開くと完全に違う、内面の世界が出てくるという。

朋子 でもジャケットの写真にも、ちょっとだけ中面がにじみ出てきているんですよね。それがこのピンク色の円なのですが、中面のイラストにある円と重なるようになっています。

大佑 イラストの右側にはCDの盤面が収まるわけですが、その中央にもピンクの円がきます。これは偶然、イラストの構図と合ったんですよ。

 こうやって細部までこだわることができるのが、アートのいいところですよね。そこまで気づいてくれる人がいるかわからないけれど、伝わらないかもしれないメッセージをそこに入れるというのが。

――コハーンさんによるジャケット写真も、すごく素敵です。

 これはコハーンさんが、「こうした方がいい」というアイデアが写真になった感じです。とにかく動けと。弾きまくって、動きまくって、その一瞬を撮ってもらいました。クラシックの演奏家のポートレイトって、髪をくるくる巻いて、綺麗なドレスを着て撮られたものが多いですが、実際に演奏しているときは髪も服もどうでもいい。一心不乱で、とにかく曲に集中して、表現したいと心のなかでは思っています。この写真は、そういった演奏家の現実の姿を捉えていますね。

――そのリアルと、イラストのファンタジーとの対比がくっきり出ていますね。

――ブックレットには滝さんのエッセイなどが載っているとのことですが、こちらはコハーンさんの写真をメインにした構成なのでしょうか?

大佑 そうですね、ブックレットの方はジャケットとはまったく違うデザインのリズムを作ろうと思って、コハーンさんのモノクロームの写真をたくさん使った構成にしています。レコーディング中に撮影された写真ですが、演奏家でもあるコハーンさんならではの写真ですよね。躍動感があって。

コハーン プロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第2番は、クラリネットで何度も演奏したことがあります。だから、どこでピアノ・ソロが出てくるとか、全部把握しているわけ。

――そんなカメラマン、世界中探してもいませんよね(笑)。

コハーン 今は若い人にCDをプレゼントしても、「プレイヤー持ってないし、どうやって聴いたらいいかわからない」なんて言われてしまう時代ですが、アーティストが自分のエネルギーや感情をひとつの入れものに入れたということ自体が大事。特別なものなんです。それを今回、イラストを描いてもらうところからスタートして、ゼロから作り上げた。CDというものに新たな価値を生み出す、ひとつのマイルストーンになる作品だと思います。

 完成したものをこうして手にすると、坪田さん夫妻が丁寧に仕事をされている過程が伝わってくるので、今回コラボレーションして本当によかったと思いました。

――リスナーの皆さんの手に取っていただけるのが楽しみですね。興味深いお話をありがとうございました!

 

新譜情報

『PROKOFIEV STORY』
滝千春(ヴァイオリン)、沼沢淑音(ピアノ)
MClassics

プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第1番
ヴァイオリン・ソナタ第2番
プロコフィエフ/根本雄伯編:ピーターと狼(ヴァイオリンとピアノ版)

公演情報


プロコフィエフ没後70年 CDリリース記念リサイタル
滝千春が弾く新しい物語~沼沢淑音と共に~

6月6日(火)19:00
東京文化会館 小ホール

出演:滝千春(ヴァイオリン)、沼沢淑音(ピアノ)
お問い合わせ:株式会社オフィス・フォルテ 03-6220-3367

詳細はこちら
https://office-forte.com/artist/1138/

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