中野翔太と成田達輝による
新たな“作曲家・坂本龍一”に出会うコンサート

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中野翔太と成田達輝による

新たな“作曲家・坂本龍一”に出会うコンサート

text by 原典子

自作自演から、未来へと引き継がれる作品に

私たちが坂本龍一の楽曲を耳にするとき、これまで多くの場合は自作自演(作曲家本人による演奏)だった。2022年12月に配信されたコンサート『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』でも、最後まで新しい境地を聴かせてくれた坂本の姿に、「作曲家と同時代を生きるとはこういうことか」とあらためて感じさせられた。

しかし坂本は2023年3月に他界し、彼が好きだった“Ars longa, vita brevis.(芸術は長く、人生は短し)”という言葉のとおり、これからは本人以外の演奏によって坂本作品は引き継がれていく。そういう意味では、クラシック界の第一線で活躍するピアニストの中野翔太とヴァイオリニストの成田達輝による『若き俊英たちによる“戦場のメリークリスマス”』公演(8月29日 東京オペラシティ コンサートホール)は、私たちが新たな“作曲家・坂本龍一”に出会うコンサートとなるのかもしれない。

中野翔太(ピアノ)、成田達輝(ヴァイオリン)

「コンサートの企画自体は坂本さんの生前から決まっていたのですが、プログラムを決定してから坂本さんにお伝えして、いろいろとアドバイスをいただければと思っていたところだっただけに……お別れとなってしまい残念です」と中野が語るように、この公演はいわゆる追悼コンサートではない。きっかけは2022年9月、坂本が東京芸術大学の学生時代に書いたヴァイオリン・ソナタと弦楽四重奏をプライヴェートで録音したときのこと。そこではじめて、ふたりは坂本と対面した。

「ヴィオラ奏者の安達真理さんからのお声がけで、坂本さんのレコーディングのオファーをいただいたとき、YMOファンだった母にいちばんに連絡しました。母がピアノで弾く《Energy Flow》を小さい頃からいつも聴いていた思い出があって。僕はバッハの音楽にはじめて触れたのとほぼ同時期に、坂本さんの音楽を聴いていたのだと思うと、まるで自分にとっての“音楽の父”のように感じられる存在でした」(成田)

「かねてから尊敬する坂本さんのレコーディングに参加するなんて、連絡をいただいたときはびっくりしました。僕は15歳からニューヨークに留学していたのですが、なぜ日本人である自分が西洋の音楽をやっているのか、意味を見出せなくなって、壁にぶち当たっていた時期がありました。そんなとき、ふと坂本さんの音楽が耳に入ってきて、“あ、こういうことなんだ”と思ったんです。言葉にするのが難しいですが、今までの自分の悩みが小さなものに感じられて。それから坂本さんの音楽にどんどん惹き込まれていきました」(中野)

芸大生時代に書かれたヴァイオリン・ソナタ

そのレコーディングから今回のコンサートの企画が生まれたわけだが、1970年に作曲され、ほとんど人前で演奏されることのなかったヴァイオリン・ソナタ(1984年のライヴ録音が残されている)を生で聴けるのは、ファンにとって大きな喜びだろう。

「おそらく皆さんがイメージするような坂本さんの作風ではなく、現代音楽的な響きのなかに、ラヴェルやドビュッシーをはじめさまざまな音楽の要素が詰め込まれている感じ。若き日の坂本さんの“やってやる!”という音楽に対する情熱があふれ出ているような作品です」(中野)

「無駄のない、高度な作曲テクニックで書き上げられた形式的な第1楽章、坂本さんの師匠である三善晃さんの影響を感じる第2楽章、そして血潮がほとばしるような鮮烈さをきわめた第3楽章。学生運動吹き荒れる時代ならではの、ギラギラしたものを感じます」(成田)

さらに特別ゲストとして、同じく坂本をリスペクトする箏アーティスト、LEOを迎え、《M.A.Y in the backyard》と《戦場のメリークリスマス》をトリオで披露。ほかにも《The Sheltering Sky》や《ラストエンペラー》といったおなじみのメロディから、二胡奏者のために作曲された《Flower is not a flower 》、ウクライナのヴァイオリニストとコラボした最新の《Peace for Illia 》まで、坂本の初期から晩年にわたる多彩なプログラムとなっている。

LEO(箏)©NIPPON COLUMBIA

「中野くんのソロでの《戦メリ》ではじまって、トリオでの《戦メリ》で終わるプログラム。坂本さんのどの曲も大好きなので、選曲にはすごく時間がかかりました」(成田)

「以前、リサイタルのアンコールで《戦メリ》を弾くことになったとき、坂本さんに“なにかアドバイスをいただけますか?”とメールをしたことがありました。そうしたら、“僕もいろいろ今までもっと新鮮な弾き方はないものかと試行錯誤してきたが、自分だけではそこに収まってしまって今の形に定着してしまった。その先に行くことはできない。だから、中野くんの《戦メリ》でいいんじゃないですか。新鮮な《戦メリ》が聴きたいです“とお返事をいただいて。それからは迷いが吹っ切れて、自分なりの解釈で弾いています」(中野)

演奏家にとって “解釈”とは?

すると中野の“解釈”という言葉に反応して、成田がこう続ける。

「僕たちは“解釈”をしているつもりはないのですが、まわりの人からはそれが“解釈”だと思われるのが難しいところですよね。演奏家って、自分の頭のなかに“こうしよう”という考えがあって演奏しているわけではなく、あくまで楽譜に書いてあるものを、真実味をもって、作品が聴き手に語りかけるように仕向けなければならないわけで。少なくとも僕はそう考えています。あ、でもそれがいわゆる“解釈”ということなのかな?」(成田)

©Marco Borggreve

「なるほど、“解釈”という言葉は含むものが広すぎるのかもしれないですね。“解釈をしているつもりはない”というのはたしかに僕もそうで、先日もオーケストラとモーツァルトのピアノ協奏曲を演奏したのですが、リハーサルではあまりガッツリ弾き込まず、本番のひらめきを大切にして新鮮な音楽にしたいよねという話をしていました。自分の身体が感じて、そこから自然に出てくるものは、頭で考える“解釈”とはまた違うと思います。でも、そのひらめきが無意識に出てくるようになるためには、事前の練習や分析が必要なんですけれども」(中野)

©Taira Tairadate

「とにかくエゴを滅して、作品だけが立ちのぼるようにするにはどうしたらいいか。僕はここ10年ぐらいずっとそんなことを考えているのですが、やっぱり練習するしかないなと。以前は練習することにも懐疑的だったんですよ。練習すればするほど手垢がついて、それこそ独りよがりな“解釈”が出てくるから。でも最近思うのは、やはりその作品を隅から隅まで完全に理解して、手中に収める状態まで練習してはじめて、その先に行くことができると。意識して、意識して、意識して……最後にそれが裏返って、すべてが無意識になるイメージ。行き着いた先で諦めて、そこで急に自由に、即興的になれるんです」(成田)

「楽譜の細部に至るまですべて把握していると、逆に解放される感じはわかります。その境地までいくと、いろいろアイデアが湧いてくるんですよね」(中野)

人間としても尊敬する存在

そんなふたりの“解釈”をめぐる会話を、坂本は天国から笑みを浮かべて聞いているに違いない。多くの若いアーティストにみずから積極的に語りかけていた坂本だが、ふたりにとっては音楽家としてだけでなく、人間としても尊敬する存在だったという。

「坂本さんから“いつでも、どんなことでもいいからメールしていいよ”と言っていただいたときはびっくりしました。僕たちの目線と対等に接してくださるんです。まったく飾らず、自分を特別だと思っていないというか」(中野)

「自分のなかでは、 一柳慧さん(2022年10月に他界)ともっと交流させていただきたかったという思いがあって。もっと遠慮せずに、嫌われてもいいからなんでも聞けばよかったと。なので坂本さんには、それこそお父さんのように本当になんでもメールで話しました。作曲家の梅本佑利くん、山根明季子さんと設立したアーティストコレクティブの名前を“mumyo”と名づけてくださったのも坂本さんです」(成田)

今回のコンサートで私たちは、新たな“作曲家・坂本龍一”に出会うだけでなく、坂本が次の世代へと託したものが着実に芽を吹き、花開く瞬間に立ち会うことになるだろう。

 

公演情報

若き俊英たちによる
“戦場のメリークリスマス”

2023年8月29日(火)13:30
東京オペラシティ コンサートホール

中野翔太(ピアノ)
成田達輝(ヴァイオリン)
LEO(箏/特別出演)

坂本龍一:
戦場のメリークリスマス *ピアノ・ソロ
Parolibre ★
The Sheltering Sky ★
SONATA ★
Andata *箏ソロ
M.A.Y in the backyard ☆
Flower is not a flower ★
Peace for Illia ★
ラストエンペラー ★
戦場のメリークリスマス ☆

★=ピアノ、ヴァイオリン
☆=ピアノ、ヴァイオリン、箏
※曲目は変更になる場合がございます。

公演詳細:https://www.japanarts.co.jp/concert/p2035/

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