小瀬村晶がデッカからアルバムをリリース
日本で暮らす音楽家が描く日本の四季

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小瀬村晶がデッカからアルバムをリリース

日本で暮らす音楽家が描く日本の四季

text by 原典子

イメージしたのはアイランド・ミュージック

ふと見上げた木々の緑が濃さを増していたとき、どこからか漂ってくる金木犀の香りに気づいたとき……私たちは季節の移り変わりを感じる。小瀬村晶のニュー・アルバム『SEASONS』はそんな小さな情景をスケッチし、四季の移ろいと循環を音で描いた一枚だ。

2007年にソロ・アルバム『It’s On Everything』をオーストラリアのレーベルより発表、自身のレーベル「Schole Records」を設立し、アートワークにまでこだわったアルバムで独自の世界を打ち出してきた小瀬村は、ポスト・クラシカル・シーンではかねてからコアなファンを持つ存在だった。その一方で、映画音楽を数多く手がけるほか、Spotifyが発表する「海外でもっとも再生された日本人アーティスト/楽曲top10」に2017年と2018年に連続でランクインするなど、知らず知らずのうちに小瀬村の音楽に触れてきた人も多いことだろう。

2022年にはデッカ・レコードとの契約第1弾として、デザイナーの宮下貴裕が手がけるブランド、TAKAHIROMIYASHITATheSoloist. とのコラボEPをリリース。その際に行なったインタビューで小瀬村は「ずっと東京で暮らしてきた自分ならではの音楽を発信していきたい」と語っていた。そして、このアイデアが1年の歳月を経て、デッカからのメジャー・デビュー・アルバム『SEASONS』という形となって私たちのもとに届けられた。

「はじめてデッカのスタッフと話したのが2020年で、当時イギリス本社でA&Rエグゼクティブを務めていた方から、レーベルの紹介をしていただきました。デッカには世界のいろいろな国のアーティストが所属していて、それぞれのローカルな音楽を集めて発信していることに大きな意義を感じているという話を聞いて、ああ、そうかと気づいたんです。デッカのスタッフは極東の、東京という街に住んでいるアーティストである僕が、どういうことを考えて、どういう音楽を作っているのかに興味があるんだなと。

僕はデビュー・アルバムを出したのもオーストラリアのレーベルからでしたし、インターネットを通じて作品をリリースすることが多かったので、これまで自分が日本人のアーティストであることを意識したことがほとんどありませんでした。けれど今回は、自分の日本人、ひいてはアジア人としてのアイデンティティを見つめ直す良い機会だなと思って」

アーティストが日本人としてのアイデンティティを世界に向けて発信するといったとき、“日本らしさ”を強調した作品で打って出るという手もあるだろう。しかし小瀬村のピアノのみで奏でられる『SEASONS』からは、“いかにも日本”といったエキゾティシズムは感じられない。

「僕がイメージしたのはアイランド・ミュージック。自分が生まれ育った土地のことを、もう少し見つめながら音楽を作ってみようと思ったんです。日本人から見た日本という視点で音楽を作って、それがイギリスに本拠を置く国際的なレーベルからリリースされるのは面白いなと。彼らが想像している日本と、僕が実際に暮らしているなかで感じる日本は絶対に違うと思うので。

たとえば映画『ロスト・イン・トランスレーション』で描かれているのは、海外の人たちから見た日本であって、日本人から見た日本とは違いますよね。そう考えると、エキゾティシズムというのは、“海外から見た日本”を写し出したものであり、それは僕が今作でやろうと思ったこととは違うかなと。海外の人たちがイメージする日本的なものとかは一切意識せず、あくまで自分の中にあるものを出した感じです」

生命の再生と喪失の循環

“日本人から見た日本”を音楽で描くにあたり、小瀬村が選んだテーマは「四季」。ヴィヴァルディから武満徹まで、古今東西の作曲家たちが取り上げてきたテーマだ。

「日本の良いところって、やっぱり四季が美しいところかなと最初に思って。こういう分かりやすいテーマで曲を書いたことはなかったのですが、トライしてみました。僕にとっての四季は、少しずつグラデーションしながら移り変わっていくイメージ。近年は異常気象で急に変わってしまうことも多くなりましたが、春から夏へ、自然と季節が流れていって、いつの間にか秋になり、冬がやってきて、やがて春が戻ってくるというサイクルを描くことができたらと。生命の再生と喪失の循環、そんなことを意識していました」

全12曲からなるアルバムは、冒頭から春・夏・秋・冬をイメージした曲が、それぞれ3曲ずつ収録されている。しかし、一聴して“暑い夏”と分かるようなステレオタイプな季節のイメージではなく、日常の中のささやかな情景であるところが小瀬村らしい。

「横浜に住んでいた子どもの頃はまわりに緑がたくさんありましたし、大学のキャンパスが多摩の山の中にあったりして、いつも自然は身近な存在でした。東京に住んでいる今も、自然の中でぼうっと過ごす時間は大切なものです。僕の場合、そういう経験から音楽がはじまっているので」

そう言うと、アーティストとしての原点となった体験を語ってくれた。

「20歳ぐらいのときに体調を崩して、電車にも乗れず、学校にも行けなかった時期がありました。家の近所にある大きな公園を散歩して、風の音や鳥の鳴き声、子どもの遊ぶ声なんかをベンチに座って聞いて、毎日を過ごしていました。そのうちレコーダーを持って行って、そういった音をフィールドレコーディングするようになって。家に帰って、録った音を聴きながら編集したり。それが自分にとってのメディテーションになっていたんでしょうね。

子どもの頃からピアノを習っていたので、そこに少しピアノやシンセサイザーの音を入れてみたり。それまでも友だちと遊びで曲を作ってみたりしたことはありましたが、“自分の曲”だと思えたのは、そのときがはじめてでした。録った音をつないだだけで、ほとんど作曲らしいことはしていないのに。そうやって作ったアルバムを、たまたまオーストラリアのレーベルの人が聴いてリリースされたのが、ファースト・アルバムの『It’s On Everything』でした」

初期衝動にもっとも近いアルバム

エレクトロニクスなどは一切入れず、ピアノのみで紡がれた今作『SEASONS』は、『It’s On Everything』の頃の初期衝動にもっとも近いアルバムだと小瀬村は続ける。

「今作はアイランド・ミュージックをテーマにしようと決めたとき、パーソナルな視点で音楽を作りたかったので、ほかにいろいろな人が関わらない方法でアルバムを制作しようと思いました。それには自分ひとりで完結するピアノ・ソロがいちばんだなと。僕にとってピアノは、楽器というよりも手の延長のような感覚で、曲を作るときも、頭で考えるより先に指が動くんです。

“今日は春の曲を作ろう”という日は、ピアノの前に座って、春の情景や匂いを思い浮かべたり、記憶を辿ったりしながら弾いていると、自然と曲ができています。普段だったら、そこからアレンジを加えたり、エレクトロニクスを足したり、詰めていく部分がいろいろあるのですが、今回はそういったことはほとんどしませんでした。そういう意味で、最初のアルバムを作ったときの初期衝動に近いなと。自分の中のいちばん素の部分を出せたように思います」

メロディは潔いまでにシンプルを極め、必要最低限の音からなる楽曲は、まるで俳句のようでもある。

「映像の仕事で曲を書くときなどは、“記憶に残るメロディを書いてください”といった依頼が多かったりするのですが、今作ではそういったことは一切考えず、ただ出てきたものを淡々と録っていきました。作為的な創作ではないところに魅力があるかなと思って。だからメロディとはいっても、僕の感覚では音響っぽいというか」

聴き手それぞれの感性で受け止めてほしい

ピアノに向かっているとき、小瀬村の頭のなかにはどのような情景が浮かんでいたのだろう。

「たとえば春の『Fallen Flowers』はタイトルそのままに、桜の花が散っていくようなイメージ。夏の『Faraway』は祭囃子が遠くから聞こえるような、記憶の彼方の光景。秋から冬にかけての曲はどんどん暗くなっていくのですが、僕にとってはこのぐらいの温度感が性に合っているんですよね。寒くなって植物も死んでいって、暗いトンネルの中で光を探しているようなイメージです。

それと『Dear Sunshine』は僕にしては珍しく、夢の中に出てきたメロディでした。キラキラした日差しのなかでピアノを弾いていて。夢に出てきたメロディは大抵、“良い曲だな”と思っても起きたときは忘れているのですが、この曲は覚えていたんです。ほかの曲とはちょっと違って“歌”っぽいというか、童謡みたいですよね」

さらに今作では、四季の映像や演奏シーンからなるミュージックビデオが、イメージを拡張してくれる。

「写真家の阿部裕介さんが日本各地を飛び回って、四季の映像を撮ってくださいました。僕の中のイメージというよりも、音楽を聴いて阿部さんやスタッフの皆さんが受け取ったイメージをもとに、演出のアイデアなどを出し合って作ったビデオです。

アートワークということで言うと、アルバムのジャケットにもこだわっています。レンチキュラーという特殊な素材を使っていて、見る角度によって絵がぼやけて見えたり、はっきり見えたりするんですよ。このアルバムを聴いてくださる方々も、日本や四季というイメージだけにとどまらず、それぞれの感性で受け止めてくださったら嬉しいです」

慌ただしく過ぎていく日々のなかで、ふと足を止めて自然の移ろいに気づく。そんなささやかな日常が愛おしくなる一枚だ。

 

新譜情報

 

『SEASONS』
小瀬村晶

01. Where Life Comes from and Returns
02. Dear Sunshine
03. Fallen Flowers
04. Niji No Kanata
05. Faraway
06. Vega
07. Gentle Voice
08. Zoetrope
09. Left Behind
10. Passage of Light
11. Towards the Dawn
12. Hereafter

小瀬村晶 Akira Kosemura
1985年6月6日東京生まれ。在学中の2007年にソロ・アルバム『It’s On Everything』を豪レーベルより発表後、自身のレーベルSchole Recordsを設立。
以降、ソロ・アルバムをコンスタントに発表しながら、映画やテレビドラマ、ゲーム、舞台、CM音楽の分野で活躍。
主なスコア作品に、河瀨直美監督による長編映画『朝が来る』(カンヌ国際映画祭公式作品選出)、ハリウッドで制作された海外ドラマ『Love Is』、Nintendo Switch用ゲームソフト『ジャックジャンヌ』、TBS系テレビドラマ『中学聖日記』、ミラノ万博・日本館展示作品などがあり、米Amazonオリジナル映画『ジョナス・ブラザーズ 復活への旅』や、ヴェネチア映画祭・金獅子賞を受賞したフランス人監督オドレイ・ディワンのデビュー作『Mais Vous Etes Fous (Losing It)』などでも楽曲が使用されている。
近年は国際的なブランドとのコラボレーションが多く、是枝裕和監督が手掛けたSK-II STUDIOのドキュメンタリー『The Center Lane(池江璃花子)』の音楽や、アパレルブランドTAKAHIROMIYASHITATheSoloist. SS22コレクション・ランウェイの音楽、LAND ROVER、L’OCCITANEへの楽曲提供、米アーティストデヴェンドラ・バンハートとの共作など、特定の枠に収まらない独自の活動を展開。
また、Spotifyが発表する「海外で最も再生された日本人アーティスト/楽曲top10」に2017、2018年連続でランクインしたほか、米国メディアのピッチフォーク、豪州新聞紙THE AGE、フランス公共放送FIPなどでその才能を称賛されるなど、国内外から注目される作曲家。
https://www.universal-music.co.jp/kosemura-akira/

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