第5回たかまつ国際古楽祭
「チルい古楽!」体験記【後編】
text by 八木宏之
photo by Yuji Iwaizumi, Shintaro Miyawaki
バッハが小豆島に転生!?
『メイン・コンサート』のあとは再び船に乗って小豆島へと移動し、リゾートホテル、オリビアン小豆島夕陽ヶ丘ホテルで行われた音楽と食のイベント『バッハ飯』に参加した。『バッハ飯』を監修するのは歴史料理研究家で音食紀行を主宰する遠藤雅司。1716年5月3日にドイツ、ハレの金環亭で、バッハを招いて催された晩餐会のメニューを、遠藤は当時の料理書のレシピをもとに再現。「バッハが300年後の小豆島に転生したら、どのように歓待するか」というコンセプトのもと、食材は地元小豆島を中心に香川県産にこだわった。バッハにとって生涯最高の贅沢な食事であった晩餐会のメニューは、現代では考えられないほどの品数があるため、『バッハ飯』ではそれを夕食、昼食、ティータイムの3回にわけて提供した。今回FREUDEのために、カニササレアヤコが『バッハ飯』の食レポに挑戦してくれたので、その模様をお届けしよう。
『バッハ飯』1品目は「アスパラガスとかぼちゃの温サラダ」。「シンプルな味付けの料理ですが、その分素材の味が活きています」(カニササレアヤコ、以下同)
2品目は「白身魚のスープ」。「舌平目が柔らかくて、口のなかでほどけていきます。スープは旨みが詰まっていて、香川の食の豊かさを感じさせてくれます」
3品目は「燻製ハムとレタスとラディッシュ」。「小豆島産の豚肉を使ったハムは、同じく小豆島の醤油麹で風味がつけられていて、日本人の口によく合います。ホテルの庭で採れたオリーブから抽出したオリーブオイルもフレッシュであっさりとしていて、とても美味しいです」
4品目のメインディッシュは「羊肉のロースト」。「肉がとても柔らかくて、脂も甘く、クセが全然なくて食べやすいです。ホテル特製オリーブオイルの香りが効いています」
5品目のデザートは「レモンの皮の砂糖漬け」。「地元で採れたレモンだからこそ、皮までフレッシュで、甘みと酸味と苦味のバランスが絶妙です」
バッハも愛したコーヒーで食事が終わると、柴田俊幸によるバッハとクヴァンツの無伴奏フルート作品の演奏が始まる。コンサートホールよりも近い距離で楽しむ柴田の演奏に、みながバッハの時代へと想いを馳せ、小豆島の夜は静かに更けていった。カニササレアヤコも「バッハが食べた食事のあとにバッハの作品を聴くと感慨もひとしおです」と振り返る。
『バッハ飯』のディナーを体験し、そのままオリビアン小豆島夕陽ヶ丘ホテルに宿泊したゲストには、明朝に『目覚まし古楽!』のサービスが付いている。希望した時間に柴田、カニササレアヤコ、野崎真弥、大塚照道が部屋を訪れ、古楽器の音色で起こしてくれるだ。古楽器によるモーニング・コールで1日を始めるというのも実に「チルい」。朝8時、私の部屋は柴田のフラウト・トラヴェルソの響きで満たされた。
古楽祭もいよいよクライマックス。『バッハ飯』の第2弾昼食の部では、「グリーンピース、じゃがいも、ほうれん草の温サラダ サーディンソース添え」「牛肉の煮込み」「あんずの砂糖漬け」が振る舞われ、バルト・ナーセンス、アンソニー・ロマニウク、森川麻子、柴田、野崎(ここではハーディ・ガーディではなくフラウト・トラヴェルソを演奏、野崎はフラウト・トラヴェルソの名手である)によるバッハやヘンデルの室内楽がそれに続いた。瀬戸内海に浮かぶ島々を眺めながら、食事と音楽を楽しむ日曜日。これほど贅沢な時間があるだろうか。
このあとのティータイムにも『バッハ飯』が行われ、ナーセンス、柴田、三宮正満(ヒストリカル・オーボエ)、山下実季奈(チェンバロ)、佐々木千文(チェンバロ)によって、バッハ親子、テレマン、クープランの作品が夕暮れの瀬戸内海をバックに演奏されたが、私は高松空港へ向かわねばならず、残念ながら最後まで見届けることはできなかった。しかし、ここまでの3日間で、私は心身ともに驚くほどリフレッシュし、穏やかな気持ちで帰京した。古楽器による色彩豊かな音楽、バッハの人生を追体験する美味しい食事、そして瀬戸内の美しい自然。「チルい古楽」はたしかにそこにあった。2023年のたかまつ国際古楽祭は、どんなユニークなコンセプトで私たちを楽しませ、癒してくれるのだろうか。来年の秋を楽しみに待ちたい。
たかまつ国際古楽祭webサイト
https://mafestivaltakamatsu.com