音楽・食・トークでバッハの時代を体験
音食紀行×柴田俊幸×白沢達生によるコラボ・イベント

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音楽・食・トークでバッハの時代を体験

音食紀行×柴田俊幸×白沢達生によるコラボ・イベント

text by 原典子
photo by 高木あつ子

銀座が18世紀のドイツに!

銀座コリドー街にほど近いビルの1階、ウィスキーバー「日々輝」のドアを開けると、そこはバッハの生きた18世紀のドイツだった。……そんな異世界タイムトリップを体験できるイベント『バッハ!バッハ!!バッハ!!! ~銀座が18世紀のドイツに!~』が4月18日に開催された。定員5人の超VIPイベントに潜入取材したレポートをお届けする。
※当日は感染症対策として検温・換気を行ない、トーク中はマスク着用にて開催された。

まずは、このユニークなイベントを主催する3人をご紹介しよう。

遠藤雅司(音食紀行) 世界各国の歴史料理を再現するプロジェクト「音食紀行」は、古代メソポタミアやプロイセン、シャーロック・ホームズ、ベートーヴェンなどをテーマにしたイベントや著作などを通じて幅広い層のファンを持つ。

柴田俊幸 フルート&フラウト・トラヴェルソ奏者。ベルギーを拠点にしつつ、故郷の香川県で「たかまつ国際古楽祭」を立ち上げ、芸術監督を務める。コロナ禍で演奏活動が制限されるなか、聴き手の家を訪問して1対1のコンサートを行なう「デリバリー古楽」を考案し、大きな話題となった。

白沢達生 音楽ライター&翻訳家。美術史的な観点からのトークや、古楽をはじめ知られざる作曲家たちの紹介などで好評を博す。ライナーノーツ執筆やイベント登壇多数。

この3人が集まり、食、音楽、トークを通してバッハの時代を追体験する試みが、今回の『バッハ!バッハ!!バッハ!!!』である。2021年3月にはフリードリヒ大王をテーマにした『プロイセン鷲掴み!』というイベントを同メンバーで開催している。

イベントは、柴田のトラヴェルソ独奏で幕を開ける。バッハの《無伴奏フルートのためのパルティータ》イ短調 BWV1013より「アルマンド」。フラウト・トラヴェルソとは、現在のフルートの前身にあたる横笛だが、この日はバッハの時代にライプツィヒに工房を構えていたアイヒェントプフという製作者による楽器(茶色)と、プロイセンのフリードリヒ大王が使っていたクヴァンツ・フルート(黒)と呼ばれる楽器の2本(ともに複製)で演奏された。柴田いわく「フルートはもともと貴族の楽器。国によって違いがありますが、フランス革命後からベートーヴェンの頃をはじめとして、徐々に一般庶民にも広がっていきました」とのこと。

ここで、音食紀行によって「18世紀ドイツ風フレーバーウォーター」が振る舞われる。ドイツの国民的果実ともいえるリンゴに、ミックスベリー(ブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリー、ストロベリー)、ミント、シナモンスティックを加えた爽やかなドリンク。これらは18世紀のドイツでも人気の果物で、見た目も美しく、宴のはじまりに心華やぐ。

続いては、白沢のトーク。
「現在のようなコンサートホールがなかった18世紀、教会以外で音楽が演奏される場所として、街中のコーヒーハウス(今でいうカフェ)がありました。バッハは、ライプツィヒのツィンマーマンという人がやっているコーヒーハウスで、約12年にもわたって演奏会の音楽監督を務めていた。きっと本人も楽しかったのでしょうね。
思えば、このバーという空間のほの暗さも、18世紀当時の部屋の暗さに近いかもしれません。家族や友人など、ごく近しい人たちが集まり、“新しい楽譜が手に入ったからちょと披露するわ”みたいなノリで開かれていた演奏会。今、皆さんが柴田さんのトラヴェルソに耳を傾けているこの空間こそ、在りし日の演奏会の姿なのでは」

1716年、ハレの晩さん会での御馳走

気分はすっかり18世紀になったところで、「レモンの皮の砂糖漬け」が登場。音食紀行が当時のエピソードを語りながら取り分ける。
「1716年5月3日、ハレという街の金環亭で晩さん会が開かれました。バッハはここで一世一代の大御馳走をふるまってもらいます。16品あったメニューは、牛肉の煮込み、カワカマスのサーディンバター添え、羊の塊のロースト、ジャガイモ一皿など大変豪華。このなかに、レモンの皮の砂糖漬けもありました。砂糖は大航海時代に大西洋のマデイラ諸島から入ってきて、中世の時代よりだいぶ安価に供給されていきました。新大陸から入ってきたジャガイモは当時としては珍しい食材なので、まさに“ハレの日”の晩さん会だったのだと思います」

ふたたび柴田の演奏で、同じく《無伴奏フルートのためのパルティータ》BWV1013より「サラバンド」。BWV1013はフランス風に仕立てられた組曲だが、アルマンド(「ドイツの」の意)、クーラント(「ちょっと駆け足で」の意)、サラバンド(スペインに由来する踊り)、そしてイギリス風ブーレという4つの舞曲からなり、さまざまな国の風物が織り込まれている。当時の最先端はフランス宮廷風の文化であり、横向きのフルートもフランスから入ってきた楽器だったが、同時に世界のさまざまな国々に航海できるようになった時代の、「ここではないどこか」を求める空気をも、バッハの作品には反映されているという。

肖像画はSNSみたいなもの

白沢による、バッハの肖像画をめぐるレクチャーにも興味が尽きない。
「今、お聴きいただいたようなバッハの曲は、庶民が趣味として楽しむには難易度が高く、知識人が好む骨太な曲といった位置づけでした。こういったマニアックな曲に関する情報をシェアするために、会員になって住所を登録すると面白い読み物が届けられるメーリングリストのような組織が存在していました。知識人と交流したかったバッハも、ミッツラーという人が作った音楽通信協会に入ることに。
その際に描かれたのが、もっとも有名なバッハの肖像画として知られる絵です。ハウスマンという画家によって1746年に描かれたもの。バッハは論文のかわりに“謎カノン”と呼ばれる不思議な曲の楽譜を提出し、入会を認められました。肖像の手にあるのが、その楽譜です」

1746年ハウスマン画
2014年いらすとや画

さらに白沢は、紙芝居型レジュメを手に「肖像画はSNSみたいなもの」と説く。
「ひとたび肖像画が描かれると、複製されたり、版画として刷られて拡散されていきました。つまり、肖像画があるということは、今でいうところの、SNSでアカウントがあるとか、公式ウェブサイトがあるのと同じこと。多くの人に“あの人ね”と思ってもらいやすい状況が生まれるわけです。
ただ、SNSと大きく違うのは、肖像画を描いてもらうにはとてつもなくお金がかかるということ。ハウスマンによるバッハの肖像画も、バッハが亡くなる数年前、かなり偉くなってから描かれたものです。そしてバッハの死後も、このハウスマンの絵を手本にさまざまな肖像画が描かれました。なかにはだいぶ美化されているものもありますが、最近の日本でいうと2014年の“いらすとや”によるバッハでしょうか」

誰もかれもがコーヒーに狂った

宴もたけなわ。締めの一品として出されたのが「スパイス入りコーヒー」。コショウ、クローブ、クルミ、アーモンドを加えたコーヒーで、わずかにピリッとする舌ざわりと、ナッツの甘い香りが絶妙。18世紀の人々を狂わせたコーヒーについて、音食紀行が語る。
「コーヒーはエチオピアから対岸のイエメンへ、そこからアラビア半島を北上してオスマン帝国に渡り飲まれるようになりました。そしてオスマンの脅威とともにヨーロッパに渡り、ドイツにも到達します。新大陸からきたジャガイモと、アラビアからきたコーヒーは、18世紀ドイツの食に起こった一大ムーヴメントでした。
“ああ! ほんとうにおいしいのよコーヒーって、なんて甘美 いとおしくてならないわ”とバッハの《おしゃべりはやめて、お静かに》BWV211(通称《コーヒー・カンタータ》)で歌われている通り、コーヒーは庶民の間で爆発的に流行。誰もかれもがコーヒーに狂ってしまい、フリードリヒ大王はコーヒー禁止令を出したほどでした」

それを受けて柴田が「バッハは教会で歌われるような厳かな宗教カンタータを書いたかと思えば、《コーヒー・カンタータ》のような世俗的なカンタータも書いた。うまく隠しているけれど、人間臭い曲を書こうと思ったらすぐに書けるところがバッハの素晴らしいところですよね」とコメント。
最後に《無伴奏フルートのためのパルティータ》BWV1013より「イギリス風ブーレ」を演奏してイベントは終了となった。

この日、お客さんとしてイベントに来ていたギタリストの鈴木大介氏に感想を伺ったところ、「その道の専門家による、すごく興味深い、それでいて親しみのわくお話が楽しかったです。やっぱり食べ物と一緒だと、音楽だけよりも、その当時の生活に触れられる感じがしますね」とのこと。
筆者にとっても、「もっと知りたい!」と思うお土産をたくさん持ち帰ったタイムトリップとなった。

今後は、コラボ・イベントの第3弾としてモーツァルトをテーマにした回が予定されているそうで、そちらも楽しみに待ちたい!

『古楽メシ Vol.1バッハ』
通販サイト:https://booth.pm/ja/items/977802

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