第4回たかまつ国際古楽祭レポート【前編】

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第4回たかまつ国際古楽祭レポート【前編】

text by 原典子

XS(エクストラスモール)での開催

2021年9月25日(土)と26日(日)に香川県高松市にて「第4回たかまつ国際古楽祭」が開催された。新型コロナウイルスの感染拡大は8月下旬の第5波ピーク以降減少に転じたものの、まだ世の中には緊張が張りつめていた時期。たかまつ国際古楽祭でもチケットの発売を延期するなど、直前まで開催できるか分からない状況が続いていた。

そんななか、芸術監督を務める柴田俊幸からのアナウンスメントが古楽祭のwebサイトに掲載された。「昨年に続く中止も考えました。しかし“見えない圧力”により、音楽ホールから音が消えることは、あってはならない、と強く思っています。」という言葉とともに、今年は、「第4回たかまつ国際古楽祭 XS(エクストラスモール)」と題し、当初予定されていた規模を大幅に縮小して開催することが発表されたのだった。

取材するFREUDEとしても、関東から長距離移動して高松に行くことで、地元の方々に不安を抱かせてしまうのではないかといった懸念がなかったわけではない。しかし、古楽祭の事務局がとった感染症対策は、その懸念を吹き飛ばすほど万全なものだった。高松入りする4日前から毎朝PCR検査キットを使って検体を採取し、検査センターに送ると、事務局に結果が届く。さらには「感染症対策ハンドブック」が配布され、古楽祭期間中は無用な外出は控え、指定された店で食事をとることが推奨されているという徹底ぶり。事務局の本気度に、身の引き締まる思いで高松へと向かった。

音食紀行「ベートーヴェンの食物語」

2021年の古楽祭のテーマは「浪漫(ろうまん)な古楽」。ポスターにバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンのイラストが描かれているとおり、古典派~ロマン派までを含めたプログラミングとなっている。古楽というともっと古い時代の音楽をイメージされるかもしれないが、時代に関わらず「作曲された当時の響き」を追い求めるのが当世流の古楽である。

さて、高松に着いて最初に向かったのが、市内にそびえ立つ建つ城のような「穴吹邸」。高松有数の名家である穴吹家の邸宅が、現在はリノベーションされ、ラグジュアリーな宿泊施設に生まれ変わっている。その美しい日本庭園を臨む広間で、「音食紀行」によるプレス向けイベントが開催された。

音食紀行は世界各国のあらゆる時代の歴史料理を再現するプロジェクト。バッハをテーマにしたイベントを以前FREUDEでレポートしたが、今回のテーマは「ベートーヴェンの食物語」。主宰の遠藤雅司がベートーヴェンをめぐる食事情について解説をしつつ、シェフの柳田・ラムセス・晃一郎が実際にベートーヴェンが食べたであろう料理を作っていく。

シェフの柳田・ラムセス・晃一郎

ベートーヴェンが生きた19世紀初頭のヨーロッパは、遠藤いわく「ナポレオンに引っ掻き回された」時代。1806年の大陸封鎖令による食料の供給制限はウィーンの食事情に大きな影響を与え、さらにフランス軍の2度にわたるウィーン占領によって市民の食生活はどんどん貧しいものになっていった。そんな状況に業を煮やしたベートーヴェンは、みずから料理の腕を振るい、友人たちを自宅に招いてディナーショーを開催したこともあったとか(しかしその味は惨憺たるものだったという証言が残っている)。

「ベートーヴェンは食に関してもこだわりの男だった」と遠藤は語る。その様子を今に伝えるのが「ベートーヴェンの会話帳」と呼ばれる資料だ。耳が聞こえなくなったベートーヴェンのために、訪問客たちが筆談で意思疎通を図るためのノートで、「昼には魚を食べるのはどう?」というように、友人たちが語りかける言葉は書き留められているものの、それに対するベートーヴェンの返答は残っていない。

そのような当時の資料をもとに考証を進め、再現されたのが「アスパラガスのバターソース添え」「白身魚とジャガイモのオーブン焼き」「シュプリッツ・クラプフェン」という3品の料理。柳田シェフこだわりの香川の旬の食材を用い、19世紀ウィーンのランチメニューが現代によみがえった。なお、これらのメニュー解説と料理の様子は後日動画として配信されたので、ぜひご覧いただきたい。

白身魚とジャガイモのオーブン焼き
シュプリッツ・クラプフェン

さらに、このイベントにはゲストとしてギタリストの鈴木大介が登場。19世紀のギター(レプリカ)でフェルナンド・ソルやシューベルトを奏で、さらにはできあがった料理の食レポまで担当してくれた。

鈴木大介
音食紀行を主宰する遠藤雅司/鈴木大介/柳田・ラムセス・晃一郎

フラウト・トラヴェルソ×笙を茶室で

中條文化振興財団の茶室 美藻庵・晴松亭

次に向かったのが、中條文化振興財団の茶室 美藻庵・晴松亭。ここで柴田俊幸のフラウト・トラヴェルソとカニササレアヤコの笙による「デリバリー古楽×雅楽」が開催された。「デリバリー古楽」とはコロナ禍において柴田がはじめた活動で、個人宅を訪問して1対1で生演奏を届けるもの。今回もそのコンセプトにのっとり、1組限定のプライヴェート・コンサートとなった。

その場にいる誰もがはじめて耳にするものだったであろうフラウト・トラヴェルソと笙による異色のデュオ。しかしその音色は想像していたよりもずっと自然に融け合い、多彩な表情を見せながら、ゆったりとした呼吸のなかで音楽が展開していく。そもそもふたりはTwitterで「笙のピッチはA=430Hzなので、古楽と共演できますね!」という話題で盛り上がり、デュオを結成したのだという。YouTubeでリモート演奏動画を公開してはいたが、リアルな対面での共演は今回はじめて。にもかかわず、互いにメロディと通奏低音の役割をスイッチしながらの当意即妙な演奏は、古楽の即興性を感じさせるものでもあった。

柴田俊幸/カニササレアヤコ

平安貴族のサロン・ミュージックである雅楽と、ヨーロッパの古楽には共通したものを感じる」とカニササレアヤコは語る。たしかに茶室の縁側に座り、庭でふたりの楽人がモーツァルト《魔笛》のメロディを奏でるのを聴いていると、ここがいつの時代のどこなのか分からなくなってくる。「音食紀行」にしても「デリバリー古楽」にしても、五感をフル稼働していにしえの時代へとタイムトリップする体験は、忘れられない印象を残すことだろう。

ちなみに、今回は笙奏者として出演したカニササレアヤコは「雅楽芸人」と名乗り、お笑い芸人としても活動している才人だ。雅楽をテーマにした細かすぎるネタの数々はYouTubeで公開されている。

――後編に続く

2022年も開催決定!
第5回たかまつ国際古楽祭
2022年9月27(火)~10月2日(日)
主催:(一社)瀬戸内古楽協会

たかまつ国際古楽祭webサイト
https://mafestivaltakamatsu.com/

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