コトリンゴの傑作がオーケストラに
ダンス交響詩《ツバメ・ノヴェレッテ》
世界初演に寄せて

コトリンゴの傑作がオーケストラに

ダンス交響詩《ツバメ・ノヴェレッテ》

世界初演に寄せて

text by 原典子
cover illustration by MIMOE

透明な歌声と卓越したピアノ、浮遊感に満ちた響きでファンタジックなポップ・ワールドを描くアーティスト、コトリンゴ。音楽を担当した映画『この世界の片隅に』での歌が忘れ得ない印象に残っている方も多いことだろう。そのコトリンゴが2013年にリリースした傑作アルバム『ツバメ・ノヴェレッテ』が、このたび彼女自身の手によってオーケストラ編曲され、「ダンス交響詩」として生まれ変わった。

「ポップスのフィールドで活動する才能あふれるアーティストがクラシックの交響曲を書く」という新しい試みを企画・プロデュースしたのは湯山玲子。そのプロジェクト第1弾として、ダンス交響詩《ツバメ・ノヴェレッテ》が、ダンサーの首藤康之、男声オペラユニット「THE LEGEND」の3人を迎え、オーケストラ・アンサンブル金沢(鈴木織衛指揮)によって、12月19日に岐阜県・高山市民文化会館にて世界初演される。この記念すべき公演を前に、コトリンゴと湯山玲子に話を聞いた。

譜面と音を変換させながらのオーケストレーション

コトリンゴ

――『ツバメ・ノヴェレッテ』のアルバムにはストリングスやハープの音色が使われていたり、ワルツが出てきたりしますが、もとからオーケストラ編曲の構想をお持ちだったのですか?

コトリンゴ いえいえ全然。今年の5月に湯山さんからご提案いただいたのがはじまりです。昔からオーケストラのアルバムを聴くことは好きでしたが、普段は打ち込みで音楽を作っているので、オーケストラは自分のやっていることとは結びつかない、まったく別世界のものでした。けれど、ちょうど『ツバメ・ノヴェレッテ』のアルバムを作っていた頃に、クオリティの高い打ち込みの音源を入手して、いろいろな楽器の音色をいじりながら、「本物みたい!」ってすごく自分のなかで盛り上がって。その頃から少しずつ、サントラの仕事などの機会をいただきながら、オーケストレーションについて勉強していった感じです。当時は、まさか自分の曲をオーケストラで演奏していただく日がくるとは思ってもいませんでした。

――映画『この世界の片隅に』のサントラも、そういう意味では勉強になった?

コトリンゴ そうですね。私にとっては大きな編成でのレコーディングだったのですが、「この音色とこの音色を合わせると、ああいうサウンドになるんだ」といった楽器のブレンディングを、いろいろな作曲家の譜面を見て研究したり、実際にスタジオで鳴らしてみたり、試行錯誤しながら作りました。でも、サントラは楽器別にバラバラに録って、あとから音量を調節したりエディットしたりできますから、わりとその場で体当たり的にレコーディングに臨むことができましたが、オーケストラでの演奏となるとまったく違いますよね。そういった経験をもとに、譜面を書いていく作業が必要で。

――クラシックのオーケストラは、まず譜面ありきですものね。

コトリンゴ ですから今回、湯山さんにお話をいただいたときも、はじめての体験なので、やってみたいけれど、かなりチャレンジングだなと思って……。いろいろな部分で不安はあったのですが、編曲家の中原達彦さんにアドバイザーとして入っていただき、書き上がった譜面のチェックなどをしていただきながら作業を進めていきました。

――普段の音楽作りでは、譜面は書かないことの方が多いのでしょうか?

コトリンゴ 自分ひとりで弾き語りするときは、コードネームをメモする程度で、ほとんど譜面は書かないですね。今回は、最初から譜面で書いた曲もありましたし、いつものように音で大体のイメージを作ってから譜面にした曲もありました。Sibeliusという楽譜作成ソフトを使うと、入力した譜面を音で再現してくれるので、その機能にも助けられました。
そうして書き上がった譜面を中原さんに送って、「実際のオーケストラでは、ハープはそんなに大きな音量は出ないのでマイクを立てますか?」といったアドバイスをいただくのですが、修正していただいた楽譜がPDFで戻ってきたあと、もう一度自分で打ち込んで音にして最終チェックをしたり。デモ音源も、Sibeliusで再生した音では味気ないので、あらためてProToolsで打ち込んで作り直したものもあります。

――譜面と音を変換させながら、洗練させていくのですね。ユニークです。

コトリンゴ 原始的というか……譜面で見るよりも、音で聴いた方が直感的に掴めることもあるので。

――アルバムでは白いツバメを主人公にしたストーリーが、13の曲によって語られていますが、交響詩ではどういった構成になっているのでしょう?

コトリンゴ 基本的には、構成はそのままにオーケストラ編曲していますが、ポップス寄りすぎる歌の曲は入れなかったりしています。最初に湯山さんから「コトリンゴさんは自分で歌ったり弾いたりせず、作曲家として客席で見ていればいいんじゃない?」と言っていただいたのが大きくて。もし自分だけで考えていたら、「歌+伴奏のオーケストラ」といった、わりと皆さんが想像しやすい形になっていたかもしれないと思います。

湯山 それと、『ツバメ・ノヴェレッテ』は歌詞が素晴らしいので、コトリンゴさんにポエトリー・リーディングという形で詩を読んでいただく曲が1曲あります。あとは以前私が飛騨高山で公演を企画したときに地元の方々に大人気だったTHE LEGENDの3人による男声アンサンブルと、なんといっても首藤康之さんにオリジナルの振り付けでダンスを披露していただくということで、いろいろ盛りだくさんですね。

首藤康之

これからはテクスチャーの時代

湯山玲子

――コトリンゴさんから上がってきたオーケストラ編曲のデモ音源をお聴きになって、湯山さんはどう感じられましたか?

湯山 コトリンゴさんがポップスで展開している世界とは、『ツバメ・ノヴェレッテ』のアルバム冒頭の「Preamble」を聴いてイメージされるような、少女らしさ、透明感、儚いといった言葉が似合う感じですよね。それがオーケストラ化されると、豊かな響きによって力強く、グラマラスになる。そう、少女から大人の女性になったような変化といいますか……。まだ打ち込みのデモ音源でしか聴いていないので想像でしかありませんが、これが生のオーケストラになったらどう聞こえるのか、非常に楽しみです。

――なるほど、成熟した姿に変身すると。

湯山 さらに今回の企画は1回限りではなく、いろいろなところで再演されることを念頭に置いていますから、実際の演奏を聴いてからコトリンゴさんが手を入れて、また変わっていくかもしれないですね。ブルックナーの交響曲に何版とあるように、クラシックの作曲家は「ここはうまくいかなかったから、こうした方がいい」と、とくに交響曲では改訂を重ねていくじゃないですか。それと同じようになるかもしれない。クラシック音楽というものは譜面が残って、いろいろな人に演奏されることが醍醐味なので。

――今回の飛騨高山版が初稿になるわけですね。

湯山 飛騨高山版、かっこいいなー! ちなみに飛騨高山は母の故郷なのですが、多くの音楽家の出身地であり、オーケストラ・アンサンブル金沢との交流も活発な、文化の色濃い土地なんですよ。

オーケストラ・アンサンブル金沢

――私はこのオーケストラ編曲のデモ音源を聴いて、以前YaffleさんがFREUDEのインタビューで語っていた「今は、ストラクチャー(構造)よりテクスチャーで音楽を捉えることが重要な時代」という言葉を思い出しました。『ツバメ・ノヴェレッテ』はアルバムからしてテクスチャーがとても美しいですよね。それがオーケストラ化によって、より色彩感や立体感が増すのではないかと。

湯山 まさにそれ! コトリンゴさんの音楽はテクスチャーがすごいんですよ。クラシックの現代音楽の世界では構造と音響、コンセプトばかりが重視されていますが、そろそろ出尽くした感がある。これからは魅力的なメロディと和声が豊かに盛り込まれたテクスチャー、美的感覚が豊かな音楽が求められていくと思います。

ポップスの感覚を持ったクラシック

――「ポップスのアーティストにクラシックの交響曲を書いてもらう」というコンセプトは、そういった現代音楽へのアンチテーゼでもある?

湯山 それは大いにありますねぇ。日本のクラシックを世界に向けて発信していくには、武満徹がそうであったように、まず楽曲ありきではないでしょうか。文化ジャンルが生き抜いていくには、とにかく新作が必要なのです。歌舞伎もバレエも、どんどん新作が生まれていますよね。そういう意味で、日本のクラシックも、いつまでも1980年代のような現代音楽をやっている場合ではないのではないかと。

――現代音楽の世界では時間が止まってしまっているという話は、FREUDEでもたびたび話題になります。

湯山 私は吉松隆さんの方向性が好きで、彼は「現代音楽撲滅運動」を掲げ、調性のある音楽を提唱しているわけですが、まさにそこに与したいなと。ポップスは調性の音楽ですからね。

――一方で、ダンス交響詩《ツバメ・ノヴェレッテ》は、現代音楽の作曲家たちが「調性を取り戻そう」といって書く音楽とはまた違う感覚があるように思います。交響詩というクラシックのスタイルのなかでポップスを聴くという新しい聴取体験というか。

湯山 でも考えてみると、かつてそういう音楽はたくさんあったのではないでしょうか。武満の映画音楽もそうですし、私の父の湯山昭も、冨田勲も、バーンスタインも、ポップスの感覚を持ったクラシックでしょ? 「武満+現代音楽=アカデミズム」ではない、もうひとつの豊かなフィールドをいま一度見直したいという思いもあります。

――そう言われてみれば、『ツバメ・ノヴェレッテ』には児童合唱のような雰囲気もありますね。

コトリンゴ 合唱、なつかしいですね。通っていた中学校が合唱にとても力を入れている学校で、熱心な先生がちょっと変わった、モダンな合唱曲を普通のクラスの子たちに歌わせていました。そのときに面白い曲をたくさん知って、今でもNHKの合唱コンクールの番組などを見ています。合唱も《ツバメ・ノヴェレッテ》に組み込みましょうかね?!

湯山 再演するときにはぜひ!

――まずは飛騨高山の世界初演、その後の展開も楽しみにしております。

 

公演情報

ツバメ・ノヴェレッテ
~コトリンゴ×首藤康之×オーケストラ・アンサンブル金沢で送る、新時代のダンス交響詩~

2021年12月19日(日)15:00開演
岐阜県・高山市民文化会館 大ホール

コトリンゴ(歌・ピアノ)
首藤康之(ダンス)
THE LEGEND(志村糧一、吉田知明、菅原浩史/歌)
鈴木織衛指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢
湯山玲子(MC)

<第1部>
バーバー:カプリコーン協奏曲
ディーリアス:《小管弦楽のための2つの小品》より第1曲「春初めてのカッコウの声を聴いて」
ドビュッシー(アンリ・ビュッセル編):小組曲
<第2部>
コトリンゴ:ツバメ・ノヴェレッテ
*曲目・曲順は変更になる場合があります。

【公式ホームページ】
https://www.bakucla.com/20211219tsubame

※チケットのお求めはこちら
https://ws.formzu.net/fgen/S44061888/(高山市文化協会)
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2127213(チケットぴあ)

※【Streaming+(配信)】のチケットはこちら
https://eplus.jp/sf/detail/3536370002-P0030001?P6=001&P1=0402&P59=1

コトリンゴ kotringo
作曲・歌・ピアノ
ボストン・ バークリー音楽大学に留学し、学位を取得後、ニューヨークにて演奏活動を開始。坂本龍一に見い出され、日本デビュー。
劇場アニメーション映画『この世界の片隅に』のサントラを手がけ、日本アカデミー賞優秀音楽賞、毎日映画コンクール音楽賞、ほか受賞。
ソロ作品としては、作詞、作曲、編曲、演奏、歌唱を手がけるほか、映画、アニメーション、ドラマ、CMなど、多数の音楽を制作。
卓越したピアノ演奏と柔らかな歌声で浮遊感に満ちたポップ・ワールドを描くアーティストとして、また演奏のみならず、オーケストラアレンジの表現も深め、国内外を問わず、音楽家として高い評価を受けている。
kotringo.net/

湯山玲子 Reiko Yuyama
プロデュース・MC
学習院大学法学部卒。著述家、プロデューサー。
著作に『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、『女装する女』(新潮新書)、『四十路越え!』(角川文庫)、上野千鶴子との対談集『快楽上等! 3.11以降の生き方』(幻冬舎)。『文化系女子という生き方』(大和書房)、『男をこじらせる前に』(角川文庫)など。
TBS『新・情報7DAYS ニュースキャスター』など出演。
クラシック音楽の新しい聴き方を提案する<爆クラ>主宰。ショップチャンネルのファッションブランド<OJOU>のデザイナー・プロデューサーとしても活動中。日本大学藝術学部文芸学科非常勤講師。東京家政大学非常勤講師。名古屋芸術大学特別客員教授。(有)ホウ71取締役。父は作曲家の湯山昭。

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