世界最高峰の音楽塾 クロンベルク・アカデミーを知る
Vol.2 教員と学生が響き合う場

PR

世界最高峰の音楽塾 クロンベルク・アカデミーを知る

Vol.2 教員と学生が響き合う場

text by 本田裕暉
cover photo by Andreas Malkmus/Kronberg Academy

ドイツのチェリスト、ライムント・トレンクラーが「才能のある若いアーティストのための教育の場」を目指して、フランクフルト近郊の小さな街で立ち上げた音楽教育機関、クロンベルク・アカデミー。そこに集うのは、世界の檜舞台に立ち、コンクールの輝かしい受賞歴もあるような新進気鋭のアーティストたち。そんな彼らを、クリスティアン・テツラフやタベア・ツィンマーマンといった世界の第一線で活躍するヴェテラン音楽家たちが指導している。

世界的にも珍しい「超一流が一流を指導する場」であるクロンベルク・アカデミーの教育活動のスピリットに迫る本シリーズ。第2回は「教員から見たクロンベルク・アカデミー」をテーマに、3人の教授、ヴァイオリンのミハエラ・マルティン、ヴィオラの今井信子、そしてチェロのフランス・ヘルメルソンに話を聞いた。

ハイレベルゆえの相乗効果

「アーティストとしての才能も、演奏経験もあるけれど、なおも“学びたい”と思っている人たちに何かできないか」という創設者トレンクラーの問題意識から始まったクロンベルク・アカデミー。そこに集まる学生の層は、やはり一般的な音楽大学のそれとは大きく異なっているようだ。

「クロンベルク・アカデミーは既に国内外で演奏活動をしている人たちが来るところで、どこどこの国際コンクールで何位になった、というような人たちもたくさん来ているので、その点では凄くハイレベルですね。アメリカ人の学生もいればヨーロッパ人もアジア人も在学しているのですが、それぞれが皆しっかりとした“個性”を持っている。例えばティモシー・リダウトのようなヴィオラ界のリーダーになっていく人や、昨年ベルリン・フィルの首席奏者に就任したディヤン・メイのように、世界のオーケストラの最先端を行く人たちが生徒としてやって来るのです。彼らを教えることは、私たち教員にとっても大変刺激になります」(今井信子)

ハイレベルな学生が集まるからこその「相乗効果」もアカデミーの魅力のひとつだという。

「学生のレベルの高さは、彼らが刺激を与えあい、向上心を高めていくことにも繋がります。身近なところに大きな才能があることによって、モチベーションがわいてくる。こうしたエネルギーが教員と学生の間で双方向に働くことによって、一体感も生まれます。皆が互いに高め合う環境となっているところが素晴らしいです」(ミハエラ・マルティン)

学生たちと語らうミハエラ・マルティン ©Patricia Truchsess/Kronberg Academy

少数精鋭の学生たち

トレンクラーは「一人ひとりの個性にあわせたレッスンが行われていること」がアカデミーの最大の特徴だと語っていたが、そうした上質なレッスンを可能とするために、ここでは「少数精鋭」のアーティストのみが指導を受けている。

「ヴァイオリン科の学生は、今年は6人ですが、人数は年によって違います。最大8人で、上限を決めることによって、教員が学生一人ひとりに注意を向けることができるようになっているのです。レッスンは基本的に隔週で行っていますが、学生が国際コンクールなどを受けるときにはもう少し集中的にレッスンをすることもあります。ドイツの平均的な音楽大学よりも長い時間レッスンをしていると思います」(マルティン)

「チェロ科もミハエラが話したのとほぼ同じような規模で、レッスンのペースも同様です。集中して、学生それぞれにフォーカスしたレッスンをするようにしています。クロンベルク・アカデミーはとても小規模な教育機関ですから、一人ひとりにフォーカスできる点や、教員だけではなく、学校としても学生の育成を見守っているところが本当に素晴らしいと思います」(フランス・ヘルメルソン)

「ヴィオラの学生もそんなにたくさんいるわけではなくて、私とタベア・ツィンマーマンの学生とあわせて5人くらいだったと思います。その学生たちが私たちのクラスを行ったり来たりしていて。私がクロンベルクに教えに行くと、自分の弟子が学校に出てきたり、タベアの教え子が来たりするんです。どの学生を教えるかはディレクターたちが決めるので、教員が自分で決めるわけではありません。教員が推薦した人が必ず入学できるとも限りません」(今井)

基本的に隔週でレッスンを行っているマルティンとヘルメルソンに対して、今井は自身の活動との兼ね合いもあり、より柔軟なスケジュールで指導しているという。これも少人数の学生を相手に、個人にフォーカスした指導を行うクロンベルク・アカデミーならではの特徴と言えるかもしれない。

「クロンベルクに行けないときは、私の滞在先まで来てもらうこともあります。演奏会でハンガリーへ行った際には、ティモシー・リダウトにブダペストまで来てもらってレッスンをしたこともありました。クロンベルクで教える場合にも、ピアニストに伴奏してもらいながら色々な曲を一気にやって、翌日にまた同じようなかたちでというように、集中的にレッスンすることが多いですね。例えば、ハヤン・パクという韓国人のヴィオリストは、これとこれとこれを今度の演奏会で弾くから見てくださいとレッスンにやって来るんです。それで、私の前で一気に弾いて、翌日には韓国へ発ってしまう。そういった具合に、必要に迫られてレッスンを受ける場合もあります。1週間に1度はもちろん会えないし、2週間に1度も難しいですね。3週間に1度くらいでしょうか。学生の人数も少ないですから、個別に日程を決めてレッスンするかたちにしています」(今井)

フランス・ヘルメルソンのレッスンでの一コマ ©Dan Hannen/Kronberg Academy

一緒に新しい発見をする

そうした貴重なレッスンの場では、まさにトレンクラーが理想として掲げていたような「個性」を重視した指導が行われている。

「学生たちが自分の声、アイデンティティを見つける手伝いをする、というのが私のポリシーです。各々の学生が自分なりに、作曲家の“言葉”を見つけていく。そして、そこからまた自身の音楽性を育んでいくのです。楽器を弾く演奏者としてだけではなく、人間としても成長してほしいですし、他者を理解できる人を育てていきたいですね」(マルティン)

「私は早いうちに学生に会って、彼らの色々なことを理解しようとしています。学生のできないことや弱点はもちろんですが、とりわけ“強み”にフォーカスしているんです。音楽的なことだけでなく、人間としても強いところを見つけ出す。そういったことをしているうちに“弱み”についても、一緒に強くしていくことができるようになります。音楽家の人生においてとりわけ大切なのは、作曲家ごとの違いや音楽の歴史を知ることです。中世の音楽から現代の作品まで、その違いを認識して、歴史を理解してから、改めて自らの音楽性との繋がりを見つけていく。そうすることによって、音楽と真摯に向き合い、音楽と自身とを結びつけることのできる音楽家になるのだと思います。
レッスンでどんな作品を採り上げるかは、各学生のバックグラウンドにもよります。クロンベルクに来る学生はもともとレパートリーが豊富で、何でも弾けるような人ばかりなので、多くの場合はそれらの曲を学びなおすということになります。一生のうちに同じ曲を演奏することは幾度もあるわけですから、私たち教員が新しい弾き方を教えてあげる、というのではなくて、一緒に新しい発見をする、一緒により深いところまで掘り下げていく、というかたちで学んでもらいます。これは私たち自身も一生かけて積み重ねていることですし、これこそが音楽家という職業の面白いところでもあるのです」(ヘルメルソン)

「レッスンでは、学生のやりたいように弾いてもらっています。そうすれば、そこに個性が出てきますから。フィンガリング(左手の指使い)のような基礎的なことは全部自分で考えてもらって、あまりに説得力がないときには直したりもしますが、でもそれはちょっとさわるだけです。私は、その人が本当に“自分の喋りたいこと”を話しているのかを見たいと思っているんです。それがあまり出てきていない場合には、もっと自分のなかで考えがはっきりしていないと演奏はできないよ、と伝えます。音楽をやるからには、やっぱりその人の個性というものが一番大事だと思うので。
ヴィオラは“歌う楽器”と言われることもありますが、本当にその人自身が出る、演奏者の個性がないと死んでしまう楽器だと思うんですね。いわゆる“縁の下の力持ち”として、管弦楽や室内楽の真ん中で内声を受け持っているわけですが、オーケストラでも弦楽四重奏でも、素晴らしい楽団はやはりヴィオラに個性があって面白いんです。そういった個性を自信をもって出していけるように、皆を指導していきたいと思っています」(今井)

レッスンに臨む今井信子 ©Andreas Malkmus/Kronberg Academy

ようやく実現した日本ツアー

今年の6月には、新型コロナ・ウイルスの影響で延期となっていたクロンベルク・アカデミーの教員、卒業生、在校生による日本ツアーがついに実現する。今回取材した3人も教員代表としてアンサンブルに加わる予定だ。

「室内楽の大切なレパートリーを日本の皆さんにお聴きいただけること、そして学生と教員がともに演奏するということにとても大きな意義を感じています。ツアーならではの特別なセッティングで、クロンベルク・アカデミーのスピリットを皆さんにお見せできるのを楽しみにしています」(マルティン)

「日本のような遠いところへ行って発表をする、演奏会をするということは、学生にとっても、そしてアカデミーとしても大変意義深いことだと思っています。皆さんと音楽のインスピレーションを共有し、音楽に捧げる想いや音楽を愛する気持ちを一緒に体験できることが楽しみです」(ヘルメルソン)

ツアーは学生たちとよく知り合う機会にもなりますし、同僚であり、私がもっとも信頼しているマルティンとヘルメルソンと一緒に演奏できるという点も私にとって大きな喜びです。アカデミーとしては、これまでにも例えばロンドンのウィグモア・ホールなどで演奏会を開いているのですが、私は参加できませんでした。ですから、今回クロンベルクのために何かできるということが嬉しいですし、日本でアカデミーを紹介できるのも幸いだと思っています」(今井)

今回のツアーでは、マルティンはシェーンベルクの《浄められた夜》とメンデルスゾーンの弦楽五重奏曲第2番、今井はモーツァルトのピアノ四重奏曲第2番とメンデルスゾーン、そしてヘルメルソンはシェーンベルクとブラームスの弦楽六重奏曲第2番を演奏する予定となっている。

「今回のプログラムはしっかりとした計画性をもって、演奏者全員が平等に弾けるように、要求される力量や見せ場を考慮して丁寧に選びました。シェーンベルクは非常に成熟した、大人の音楽ができる演奏家が必要な作品です。私自身にとっても大切なレパートリーですから、教え子たちとこの美しい曲を演奏できるのが大変楽しみです」(マルティン)

「これらの作品は弦楽器奏者にとって、とても魅力的なものばかりです。メンデルスゾーンの五重奏曲はヴィオラが2本入っていて、弾いていてとても美しい曲です。冒頭から溌溂とした勢いがあります。いつでも弾けるような曲でもないですから、本当に楽しみにしています。ブラームスの六重奏曲は凄く透明感があって素敵な曲ですが、全てのパートが均衡を保つ必要がある点で、難易度の高い作品ですね。決して自分の感情だけで弾いてはいけない作品です」(今井)

「シェーンベルクは壮大な旅のような作品で、交響曲的でもあります。言葉にできないほど壮大な曲で、こうした曲を素晴らしい仲間と弾けるのが楽しみです」(ヘルメルソン)

日本ツアーにはマルティンとヘルメルソンの教え子である毛利文香宮田大も出演予定だ。

「文香と初めて会ったのは、彼女が17歳でソウル国際音楽コンクールを受けた時で、本当に凄い技量を持った人だなと驚きました。同時に彼女は探求心に満ちた人でもあって、やる気にあふれていて、学ぶ力も凄い。そして何より“恐れない人”なんです。それが彼女の美しい音楽を生んでいる要因だと思っています。長いこと彼女を教えていますが、文香が今なおめきめきと上達している様子は頼もしいですし、私にとってもとてもよい経験になっています。
彼女の素晴らしいところは、音自体が透き通っていることと、熱い気持ちとのバランスが非常によくとれていて、表情豊かであるところ。そして、彼女は舞台上でごく自然に堂々とふるまうことができるという才能、資質をもっています。自分はこれをやるんだぞ、ということがよくわかっていて、その心地よさが聴き手にも、音楽家にもストレートに伝わっているというのが凄いところです」(マルティン)

「大は本当に素晴らしいインスピレーションと情熱を持っている人で、天性のアーティストです。そして非常に強いパーソナリティを持っている。まさに人を触発するような音楽を奏でられる人です。彼の演奏からは、作品をちゃんと理解して、自分のやり方で聴き手に届けよう、という強い意志が感じられます。近年の彼の発展ぶり、上達ぶりには目覚ましいものがあり、音楽にも、表現に対しても真摯に向き合っていることが演奏によくあらわれていると思います」(ヘルメルソン)

若き名手たちとヴェテラン指導者たちの個性は、どのように響き合うだろうか――。クロンベルク・アカデミーの“スピリット”を目の当たりにできる日が、楽しみでならない。

Vol.3へつづく

クロンベルク・アカデミー日本ツアー 2023

2023年6月13日(火)19:00開演(18:30開場)
ワキタ コルディアホール

ミハエラ・マルティン(ヴァイオリン)
大江馨(ヴァイオリン)
毛利文香(ヴァイオリン)
今井信子(ヴィオラ)
ハヤン・パク(ヴィオラ)
サラ・フェランデス(ヴィオラ)
フランス・ヘルメルソン(チェロ)
アレクサンダー・ヴァレンベルク(チェロ)
ユリアス・アザル(ピアノ)

モーツァルト:ピアノ四重奏曲第2番 変ホ長調 K.493(大江、今井、ヴァレンベルク、アザル)
メンデルスゾーン:弦楽五重奏曲第2番 変ロ長調 Op.87(マルティン、毛利、今井、フェランデス、ヴァレンベルク)
ブラームス:弦楽六重奏曲第2番 ト長調 Op.36(毛利、大江、パク、フェランデス、ヘルメルソン、ヴァレンベルク)

公演詳細:https://www.amati-tokyo.com/performance/2304042204.php

2023年6月15日(木)19:00開演(18:30開場)
サントリーホール ブルーローズ(サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2023)

ミハエラ・マルティン(ヴァイオリン)
大江馨(ヴァイオリン)
毛利文香(ヴァイオリン)
ハヤン・パク(ヴィオラ)
サラ・フェランデス(ヴィオラ)
フランス・ヘルメルソン(チェロ)
宮田大(チェロ)
アレクサンダー・ヴァレンベルク(チェロ)
ユリアス・アザル(ピアノ)

ドホナーニ:セレナード ハ長調 Op.10(毛利、フェランデス、ヴァレンベルク)
シェーンベルク:《浄められた夜》 Op.4(マルティン、大江、パク、フェランデス、ヘルメルソン、宮田)
ドヴォルジャーク:ピアノ五重奏曲第2番 イ長調 Op.81(大江、毛利、パク、宮田、アザル)

公演詳細:https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/schedule/detail/20230615_S_3.html

2023年6月17日(土)19:00開演(18:30開場)
サントリーホール ブルーローズ(サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2023)

ミハエラ・マルティン(ヴァイオリン)
大江馨(ヴァイオリン)
毛利文香(ヴァイオリン)
今井信子(ヴィオラ)
ハヤン・パク(ヴィオラ)
サラ・フェランデス(ヴィオラ)
フランス・ヘルメルソン(チェロ)
アレクサンダー・ヴァレンベルク(チェロ)
ユリアス・アザル(ピアノ)

モーツァルト:ピアノ四重奏曲第2番 変ホ長調 K.493(大江、今井、ヴァレンベルク、アザル)
メンデルスゾーン:弦楽五重奏曲第2番 変ロ長調 Op.87(マルティン、毛利、今井、フェランデス、ヴァレンベルク)
ブラームス:弦楽六重奏曲第2番 ト長調 Op.36(毛利、大江、パク、フェランデス、ヘルメルソン、ヴァレンベルク)

公演詳細:https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/schedule/detail/20230617_S_3.html

クロンベルク・アカデミーWebページ:https://www.kronbergacademy.de

関連記事
文京楽器 ヨーロッパ弦楽ウォッチ 第46回 アカデミーから広がる音楽家と支援者の輪 in Kronberg 【前編】
文京楽器 ヨーロッパ弦楽ウォッチ 第47回 アカデミーから広がる音楽家と支援者の輪 in Kronberg 【後編】

最新情報をチェックしよう!