渡邊未帆に聞く「身近なホール」の可能性
箕面市立メイプルホールとの取り組み
FREUDEではすっかりおなじみとなった大阪の箕面市立メイプルホール。《身近なホールのクラシック》シリーズは、坂入健司郎と大阪交響楽団による「ブラームス交響曲全曲演奏会」や、布施砂丘彦による「箕面おんがく批評塾」など、独自性のある企画で全国から注目を集めている。
今回は、同シリーズで「カリブ海の音楽とダンス」「『音楽』とは何か?~日本の西洋音楽受容、20世紀実験音楽、即興演奏~」といった講座を担当してきた渡邊未帆さん(大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻准教授)にご登場いただき、メイプルホールとの取り組みや、地域のホールが担う役割などについて話を伺った。
地域のホールで活躍する人材を育てる
――まず最初に、渡邊さんご自身の活動について伺いたいと思います。ミュージシャン、放送ディレクター、音楽研究者と、さまざまな顔をお持ちですね。2021年から准教授として教鞭を執っている「大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻」では、どのようなことを教えていらっしゃるのですか?
ミュージックコミュニケーション専攻は、音楽イベントの企画・制作・マネジメントを担う人材を育成する専攻です。いわゆる楽器の演奏や声楽や作曲や研究などとは違ったかたちで、「音楽すること」に携わることができます。来年度からはより地域に根ざした「地域創生ミュージックマネジメント専攻」にリニューアルされます。
大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻
https://mcom.jpn.org
大阪音楽大学地域創生ミュージックマネジメント専攻
https://www.daion.ac.jp/mcom/feature/
私が主に担当している授業は「演習」の授業です。音楽イベントを制作する過程で必要となる企画力・文章力・マネジメント力などを実際の現場で体験しながら学べるように考えています。
たとえば、現在学生たちは、阪急宝塚線沿線の7つのホール(池田市民文化会館アゼリアホール、大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウス、川西市みつなかホール、常翔ホール、宝塚市立文化施設ベガ・ホール、豊中市立文化芸術センター、箕面市立メイプルホール)をつなぐプロジェクト「阪急宝塚線ミュージック駅伝MOT!」の事務局を担い、そのフリンジイベントの企画・制作を行なっています。ホールの担当者、自治体の方、ライブハウスのオーナー、地域の方々と関わりながら学生同士で協力してイベントを作り上げています。
阪急宝塚線ミュージック駅伝MOT!
https://musicekidenmot.org
Instagram
https://www.instagram.com/musicekidenmot/
――地域の公共ホールでは人材不足が深刻だと聞きますから、若い世代の育成は心強いですね。
音楽ビジネスは東京に一極集中していると思われがちですが、実際には全国各地の文化施設でクリエイティヴな発想をもち、かつ実践的なスキルを持つ人間が必要とされているのではないでしょうか。ここで学んだ学生たちが、卒業後に自分たちの手で地域の音楽文化を育てていくようになったらいいなと思っています。これまで、箕面市メイプル文化財団、豊中市立文化芸術センター、兵庫県立芸術文化センター、堺市文化振興財団で活躍している卒業生がいます。
ラジオ番組のディレクターとして、研究者として
――渡邊さんのもうひとつの顔は放送ディレクター。高音質衛星デジタル音楽放送「ミュージックバード」で長年、番組制作ディレクターをされてきました。
学生時代に始めたアシスタント・デレクターのアルバイトがきっかけで、ラジオの音楽番組制作の現場に15年以上携わりました。出演者とのコミュニケーションを通じて、トークと音楽で構成するラジオ番組のディレクターの仕事は大好きで、音楽評論家の片山杜秀さんと山崎浩太郎さんの特番、トッパンホールのコンサートを東京藝術大学で録音を学ぶ学生が収録してプログラミング・ディレクターの西巻正史さんのお話で構成する番組、毎週クラシックの旬の話題についてゲストにお話いただく番組などを担当し、多くの音楽家や評論家や音楽プロデューサーの方々と出会い、とてもありがたい経験でした。音楽は、その捉え方や語り口で、面白さが何倍にも増すということを学んだのは、音楽番組制作を通じてのことです。
――ミュージックバードはコアなクラシック・リスナー向けの番組がたくさんありますものね。もともと渡邊さんは東京藝術大学の大学院で現代音楽の研究をされていたのですか?
卒業論文は「ピエール・ブーレーズとパウル・クレー」、修士論文は「武満徹と瀧口修造」、博士論文は「日本の前衛音楽」というテーマでそれぞれ書きました。藝大の楽理科に行きたいと思ったのは、矢野顕子さんが坂本龍一さんと藝大の小泉文夫資料室と音響研究室に行く雑誌記事を読んだからでした。民族音楽と現代音楽の接点を学びたいと思ったんです。前衛音楽に興味を持つと、同時代的に活動するアヴァンギャルドやアンダーグラウンドのミュージシャンが気になって、連日ライブハウスに通い、灰野敬二さんの海外とのやりとりのお手伝いをやっていた時期もあります。
――それはぶっ飛びですね!
博士号を取った後は、前衛音楽の研究は本格的にはしていなくて……。たとえば、番組制作現場で、実際に前衛音楽のレジェンドをゲストとしてお迎えすることになったとき、「研究者」ではなくて、同じ時間と場を共有する「生身の人間」として接したいと思いました。また番組制作においては視聴者に興味を持ってもらうためのエンターテイメントの視点も必要になります。それで、「研究対象」をモロッコの音楽やハイチの音楽に移していったのです。
――いきなりモロッコやハイチとは、またまた急展開です。
学生の頃からフランス語を学んでいて、その延長でフランスの植民地だった北アフリカやカリブ海の島の音楽に興味を持ちました。北アフリカだとモロッコやチュニジアやアルジェリア、カリブ海のハイチ、マルティニク、グアドループといった島の音楽です。地中海世界やカリブ海世界の音楽の混淆に魅力を感じています。土着の音楽と西洋近代音楽がどう拮抗しているのかという視点は、矢野顕子さんのわらべ歌の弾き語りを好きになった高校生の頃、日本の前衛音楽の研究をしていた大学院の頃とあまり変わっていません。
モロッコにもマルチニーク、グアドループ、ハイチにも数回行きました。現地には現地にしか体験できない音楽があります。ただ、どうしても生音で追体験したくても、日本ではできなかったので、それなら自分で演奏しようと、フレンチカリブ音楽を演奏するビッグバンド「TI’PUNCH(ティポンシュ)」を結成しました。私が聴き取った音楽を採譜して、みんなで再構成していくという方法で20名ほどのメンバーで活動しています。
TI’PUNCH
https://tipunch2021.wordpress.com
「わからない」から「音楽とは何か?」を考える
――そういった研究が、メイプルホールで2022年3月に3回にわたって開かれた講座「カリブ海の音楽とダンス」に直結しているわけですね。どのような方が受講されたのですか?
講座のテーマ案を何パターンかご提示したところ、財団の芸術創造セクションマネージャーの和田大資さんが「カリブで行きましょう!」と言ってくださったときは、すごいホールだなと思いました(笑)。3月の箕面でカリブのお話ができたのはうれしかったです。普段からホールに通う好奇心豊富な常連さんがいらしてくださいました。また、私が箕面市内の別のイベントにふらりと訪れたとき「あ、先生」と、受講してくださった方に声をかけられたことが数回あります。箕面の方々、とってもフレンドリーですね!
1492年にアメリカ大陸を発見したことで有名なコロンブスは、カリブ海でイスパニョーラ島(ハイチ共和国とドミニカ共和国が位置する島)も発見しました。カリブ海の島々には、その後ヨーロッパ人が入植し、先住民たちは追いやられ、黒人奴隷が連れられてきました。なかでもハイチは1804年にカリブ海で最初に宗主国(フランス)から独立した黒人国家です。その直前、1790年代にはフランス革命が起こっていました。まったく離れた土地であっても、大西洋を挟んで人や物が行き来していたわけですから、音楽にもその痕跡が残っているに違いありません。歴史や人の流れと関連づけることで、クラシックとカリブ海の音楽、どちらが好きな方にも両方の音楽への想像力が広がるようにお話しました。ヨーロッパのルネサンスの時代の音楽が、カリブ海にわたって黒人音楽と混淆してダンスミュージックに変容して、またヨーロッパに戻っていったことを想像するととてもワクワクしませんか。
――今年2〜3月に3回にわたって開かれた講座「『音楽』とは何か?~日本の西洋音楽受容、20世紀実験音楽、即興演奏~」の方は、どのような内容なのでしょう?
「『音楽』とは何か?」というテーマは、民族音楽学からの問いかけをもとにしています。いわゆる学校教育の西洋音楽を聴いてきた耳で、「これが音楽だ」と思い込んでしまうと、じつは耳に入ってこない音楽がたくさんあります。
というのも、昨年メイプルホールで北村朋幹さんがプリペアド・ピアノでジョン・ケージの作品を演奏する公演に学生たちと一緒に行ったところ、学生からは「本当にわからない」「あれはなんだったんだ?」という反応ばかりだったのです。そういうとき、プリペアド・ピアノやケージの音楽について教科書的なレクチャーしても、学生たちはさらに興味を失ってしまうのではないかなと思いました。それよりも聴き手が「わからない」と思うポイントはどこにあるのか? それなら逆に日頃「音楽」だと思っているもの/思わされているものとはなんなのか? そういったことを一緒に考えることが必要だと思いました。そうすると、ケージがプリぺアド・ピアノでやろうとしたことがわかってくる瞬間が出てくるはずなのではないかと。自分にとっての音/音楽の聴き方を意識的に捉え直すということですね。
公共ホールが未来の聴衆を育てるために
――ここからは地域のホールがもつ可能性と課題についてお伺いしたいのですが、大阪在住の渡邊さんにとって、箕面という地域性、メイプルホールの位置づけをどのように捉えていらっしゃいますか。
豊中市に勤務地と住まいを持つ私にとって、同じ北摂でも箕面は、自然豊かで静かな観光地というイメージです。夜のコンサートを聴いたあと、その余韻に浸ったり、食事をしながら感想を話したりしたいなと思うときに、開いている飲食店が限られていることが、現状、都心との違いですね。コンサートを聴いた後の胸の高鳴りを押さえられない人たちは、静かに阪急電車に乗るか、スパーガーデンに宿泊するか……。箕面は滝や温泉や地ビールで有名ですので、今後、そういった観光資源と結びついて、メイプルホールの文化的発信がますます地域にとって意味のあるものになっていくのではないでしょうか。
メイプルホールは、《身近なホールのクラシック》シリーズをはじめ、全国規模で見てもクオリティの高い公演やオリジナリティのある企画を継続しながら、公共ホールとしてしっかりと地元の方々にも愛されている、その両面を持っているのがすばらしいと思います。今、大阪府では、各地に新しいホールが建てられています。これからどこが大阪の文化を担っていくホールになるのかを考えたとき、メイプルホールは確実にそのひとつに入るのではないでしょうか。
――公共ホールの役割として、芸術性の高い公演を主催して文化を普及させることが求められるいっぽうで、地域住民のニーズに応えることもよりいっそう重要になってきていると思います。そして、その両方のバランスを保つのはとても難しいことかと。
そうですね。学生たちがコンサートを企画する際も、幅広い層のお客さんのニーズに合わせすぎると、人気のあるコンテンツを並べた、どこにでもあるような企画になってしまいがちです。企画者側としては、音楽の底力を見つめ、かつ自分自身の審美眼を養い、自分の想像力以上にキャパシティを広げていくことも大切だと思います。そして、本当に自分が心から感動して、それを語る自分の言葉と自分の方法を持てるといいと思います。
今はどこのホールもお客さんの高齢化を心配されていますよね。本来なら30〜40年以上前から取り組まなければならなかったことだと思いますが、これから先、音楽ホールに足を運ぶ若いお客さんを育てるためには、とにかく地道に種をまき、育てていくしかありませんね。いつか思いがけないところでその種が発芽することを信じて。
――興味深いお話をありがとうございました!
渡邊未帆 Miho Watanabe
ミュージシャン、放送ディレクター、音楽研究者(音楽学Ph.D.)
東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院音楽研究科修士課程、博士後期課程修了。「日本の前衛音楽」をテーマに博士号(音楽学)取得。早稲田大学非常勤講師。2021年大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻に着任。
TOKYO FM系列衛星デジタル音楽放送ミュージックバード、NHK WORLD ラジオ放送、NHK-FM「リサイタル・パッシオ」ディレクターとしてラジオ番組制作現場に携わる。季刊雑誌「アルテス」(アルテスパブリッシング)編集。「フェスティバル/トーキョー」にてダンス『春の祭典』、ゾンビ・オペラ『死の舞踏』の音楽ドラマトゥルクを務めた。共著に『ジャジューカ-モロッコの不思議な村とその魔術的音楽』など。
関心は前衛音楽、実験音楽、即興音楽、植民地主義と音楽、マグリブの音楽、カリブの音楽など。
フランス語圏カリブ海の音楽コンパ、カダンス、ズーク、ララ(カーニバル音楽)などを演奏する新宿発フレンチカリブ・ビッグバンドTI’ PUNCH(ティポンシュ)主宰。不定形ユニットTACOなどの演奏に参加。
箕面市立メイプルホール 公演情報
《身近なホールのクラシック》ブラームス交響曲全曲演奏会 Vol.3
2023年10月27日(金)19:00開演
箕面市立メイプルホール 大ホール坂入健司郎(指揮)
大阪交響楽団ブラームス:《ハイドンの主題による変奏曲》
ハイドン:交響曲第88番 ト長調《V字》
ブラームス:交響曲第3番 ヘ長調公演詳細:https://minoh-bunka.com/2023/05/27/20231027-brahms-symphonies/