二人の世界人が共鳴し合う奇跡
ジョヴァンニ・ソッリマ、バッハ《無伴奏》への期待

PR

二人の世界人が共鳴し合う奇跡

ジョヴァンニ・ソッリマ、バッハ《無伴奏》への期待

text by 加藤浩子
cover photo ©石田昌隆

音楽を通じて世界と交わるマルチタレントな芸術家

バッハは「世界人」である。

彼は同時代の、そして過去の様々な国の音楽を吸収し、濾過消化して自分の音楽に再生した。フランスの組曲もイタリアの協奏曲も、楽器を問わず「バッハ流」の精緻さで咲かせた。

だがバッハの暮らした街を訪れると、あまりにもローカルで唖然とする。後半生を過ごしたライプツィヒ以外はすべて田舎町。《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ》や《無伴奏チェロ組曲》をはじめ多くの器楽の傑作を書いたケーテンは、とりわけ鄙びた小都市だ。バッハはドイツを出たことがなかった。彼は音楽を通じて世界と交わった。ちなみにこのケーテンで、バッハは二人目の妻アンナ・マグダレーナと結ばれ、《無伴奏チェロ組曲》はマグダレーナの筆写譜で伝わっている。当時の音楽家の妻は夫の仕事を手伝うのが当たり前だったが、マグダレーナが書いた譜面はとても美しく、彼女がバッハの「糟糠の妻」だったという美しい伝説に吸い込まれそうになる。

ケーテンの街並み ©加藤浩子

ジョヴァンニ・ソッリマもまた世界人である。

彼の場合、世界人の素地は、まず生まれ故郷にある。地中海に浮かぶシチリア島のパレルモ。かつて文明の十字路だった街だ。ソッリマはそこで、数百年続く音楽一家に生まれた。その点はバッハと一緒だ。演奏にとどまらず、幅広いジャンルを網羅する作曲、編曲、「100チェロ」のような演奏団体のオーガナイザーと、マルチタレントであることも共通する。ジャンルを超え、様々な音楽を取り入れることも。そしてたぶん、エネルギッシュであることも。

《無伴奏》から浮かび上がるヨーロッパのマッピング

多くのチェリストと同じく、ソッリマもバッハの《無伴奏》に魅せられてきた。このたび発売されたアルバム『J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲、他』のライナーノートで語っているところによれば、本作をじっくり勉強する時間が欲しいと常々思っていたが、パンデミックで可能になったという。彼は前述のマグダレーナの筆写譜を以前から使用しており、「通常耳にするこの作品の演奏とはまったく違う音楽」だというこの楽譜にあらためて向き合い、いわゆる「歴史的アプローチ」を徹底した。415ヘルツでハーモニーの豊かさがはっきりと聴きとれるように弦を裸のガット弦にし、第5番では(楽譜の指示通り)最高弦の調弦を下げ(=スコラダトゥーラ)、第6番では5弦のチェロ・ピッコロを使用した。そこから明らかになったのは、この作品が「当時のヨーロッパのマッピング」であることだった。世界人なのである。そしてバッハは、どんなジャンルでも「集大成」しないと気が済まない人だった。

世界人バッハのスコアに、ソッリマはある色合いを加える。バッハは(バッハに限らないのだが)「フォークソング」だとソッリマはいうのだ。《無伴奏》はストイックになりがちな作品だが、力強く密度が濃く、生命力にあふれた「音」がみなぎるソッリマの演奏から浮かび上がるのは、より人間的な「歌と踊り」である。「組曲」は舞曲の集合体だが、それは実際に踊れて、どの旋律も実は歌えるということを、ソッリマの演奏は思い出させてくれるのだ。それこそ「フォークソング」の魅力ではないだろうか。

ソッリマが奏でると、さまざまなかたちの旋律の根底にはいつも「歌」がある、と気付かされる。機敏でスリリングであっても、繊細で陰影に富んでいても、ガット弦の裸の音色がレガートを拒んでいるように聴こえても、音楽はいつも歌っている。そして音楽はいつも踊っている。《無伴奏チェロ組曲》第2番のアルマンドでは弾むようなステップが、第4番のサラバンドでは、付点リズムが伴奏する優美な足の運びが見えるようだ。リズムは力強く鋭く、第4番のクーラントに見られるような複雑なリズムの共存も明快だ。ジグやガヴォットでの活気あふれる高揚感において、ソッリマの右に出る奏者はいない。各曲のリピート部分では表情が変わり、さりげない、あるいは鮮やかな即興や装飾が入り込む。高音域を照らし出す、太陽に顔を向けて陽の光を浴びるような喜ばしさも筆舌に尽くしがたい。

2023年4月30日 浜離宮朝日ホール©石田昌隆

ソッリマの本領が一番発揮されているのは、チェロ・ピッコロを使用した第6番ではないだろうか。明るく軽やかな音色で幅広い音域を縦横無尽に駆け巡り、プレリュードの輝きも、アルマンドの旋律のひだもくまなく描く。ガヴォットでのバグパイプの響き、ジグでの狩りのエコーはまさにフォークソング。ステージでのソッリマはチェロを抱いて踊っているという印象を受けるが、第6番を聴いてそのありさまがまざまざと蘇った。

そう、やはりこれは生で聴いてほしい、いや見てほしい。ソッリマがチェロという相棒と、どう付き合っているか。チェロという生き物から、どれほどの可能性を引き出しているか。世界人バッハの音楽は、その引き出しを最大限に広げる。ソッリマ自身の作品も、バロックの他の作品も、同じようにアッといわせてくれるに違いない。チェロ一本で、ここまでのことができるのか、と。

2023年4月30日 浜離宮朝日ホール©石田昌隆

■関連記事

生きるとは、心の底から歌うことだ。――ジョヴァンニ・ソッリマと100チェロが掻き鳴らすもの

公演情報

ジョヴァンニ・ソッリマ
無伴奏チェロ・コンサート 2025
Giovanni Sollima plays BACH!

2025年3月25日(火)19:00 浜離宮朝日ホール

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV1007
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調 BWV1009
ソッリマ:オリジナル曲・バロック曲

2025年3月26日(水)19:00 紀尾井ホール

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第4番 変ホ長調 BWV1010
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第5番 ハ短調 BWV1011
G.ソッリマ:オリジナル楽曲・バロック曲
公演詳細: https://www.plankton.co.jp/sollima/index.html

 

読売日本交響楽団との共演
2025年3月20日(木・祝)14:00 横浜みなとみらいホール
2025年3月22日(土)・23日(日)14:00 東京オペラシティ コンサートホール
指揮:鈴木優人
チェロ:ジョヴァンニ・ソッリマ、遠藤真理(読響ソロ・チェロ)
一柳慧:オーケストラのための「共存」
ソッリマ:多様なる大地(日本初演)
ソッリマ:チェロよ、歌え!
ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 作品92
公演詳細:https://yomikyo.or.jp/

 

フェニーチェ堺 開館5周年特別企画
100チェロ・コンサート「チェロよ、歌え!」
2025年3月30日(日)15:00
フェニーチェ堺 大ホール(大阪府)
公演詳細:https://www.fenice-sacay.jp/event/18582/

 

映画『氷のチェロ物語』再上映
2025年3月24日(月)渋谷区文化総合センター大和田 6階 伝承ホール
終映後、ソッリマによるトークあり!
詳細:https://www.plankton.co.jp/sollima/icecello.html

最新情報をチェックしよう!