アレクサンドラ・ドヴガン 日本デビュー
新たな伝説の始まり

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アレクサンドラ・ドヴガン 日本デビュー

新たな伝説の始まり

text by 八木宏之
cover photo by Irina Schymchak

巨匠ソコロフをも唸らせる早熟の天才

クラシック音楽の世界には、10代前半から世界的な注目を集める早熟の天才がしばしば現れる。2007年生まれのアレクサンドラ・ドヴガンもそうした神童のひとりだ。ドヴガンは15歳にしてすでにベルリン・フィルハーモニー、アムステルダム・コンセルトヘボウ、シャンゼリゼ劇場などヨーロッパ各地の名門ホールや、ザルツブルク音楽祭をはじめとする国際的音楽祭でリサイタルを行い、大きな成功を収めている。そんなドヴガンがこの9月に待望の日本デビューを果たす。ドヴガンの日本デビューは当初2020年4月に予定されていたが、コロナ禍で延期となり、2年半越しでようやく実現した。

ドヴガンの類い稀な音楽性は、グレゴリー・ソコロフをはじめとする巨匠たちをも唸らせている。ソコロフは、モスクワで開催された第2回青少年のためのグランド・ピアノ・コンペティションで審査員をしていた際にドヴガンの演奏に初めて触れ、その才能に衝撃を受けたという。ドヴガンは11歳でこのコンクールの優勝者となり、以来ソコロフはドヴガンの活躍を積極的に後押ししている。深淵で神秘的な演奏で世界中に熱狂的なファンを持つソコロフが、それほど熱心に推薦するピアニストなのだ。期待せずにはいられない。

Alexandra Dovgan ©Irina Schymchak

今回の初来日の中心を成すのは、9月26日に紀尾井ホールで行われる日本デビュー・リサイタルである。ドヴガンが選んだプログラムは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第17番《テンペスト》、シューマンの《ウィーンの謝肉祭の道化》、ショパンの《幻想曲》、《バラード》第4番、《アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ》というもの。一見するとドヴガンがお気に入りの名曲を並べたプログラムに思えるが、そこには「形式と即興のはざま」というテーマが隠されている。ベートーヴェンはピアノ・ソナタ第17番で、ソナタ形式に即興的なレチタティーヴォを織り交ぜて、新しい音楽表現の可能性を切り開いた。シューマンは《ウィーンの謝肉祭の道化》で性格的小品とソナタの融合を模索し、ショパンは《幻想曲》や《バラード》において形式のなかの無限の即興性を追求した。ドヴガンが選んだ作品はどれも、形式に対する説得力ある解釈と、形式を感じさせない自由な即興性という、方向性の異なるふたつの要素を同時に求めている。この選曲からも、ドヴガンが単に技巧に秀でただけのピアニストではないことが窺える。日本の音楽ファンに、自らの音楽性のさまざまな側面を知ってもらおうと組まれたプログラムなのだ。

リサイタルの直前、9月23日、24日には、紀尾井ホールのレジデント・オーケストラである紀尾井ホール室内管弦楽団との共演もある。指揮台に登るのは今シーズンから紀尾井ホール室内管の第3代首席指揮者に就任し、この公演が就任披露となるトレヴァー・ピノックである。ピノックもまた、ドヴガンの才能に惚れ込む巨匠のひとりだ。演奏するのはショパンのピアノ協奏曲第2番。ショパンが19歳のときに作曲したピアノ協奏曲第2番は、作曲家初期の傑作のひとつに数えられ、瑞々しい青春の息吹が感じられる作品である。今まさに青春のただなかにいるドヴガンがショパンに寄せる共感に耳を傾けたい。

9月28日には鈴木優人、読売日本交響楽団とともにモーツァルトのピアノ協奏曲第24番を演奏する。モーツァルトのピアノ協奏曲第24番は、ショパンのピアノ協奏曲第2番とは全く異なる個性を持った作品で、古典派の協奏曲としては異例のハ短調で書かれている点など、円熟期のモーツァルトの意欲的試みが随所に散りばめられている。ベートーヴェンを先取りしたかのようなドラマティックな音楽にドヴガンはどう向き合うのか。鬼才鈴木優人との対話も大いに楽しみだ。東京でのデビューを果たしたあとは、広上淳一と京都市交響楽団とともに、大阪、名古屋で紀尾井ホール室内管との共演と同じくショパンのピアノ協奏曲第2番を演奏する。

ドヴガンはまだ15歳の少女であり、その未来には無限の可能性が秘められている。これからも世界の檜舞台で快進撃を続けるだろう。今回のリサイタルやコンチェルトは、衝撃的な日本デビューとして語り種になるに違いない。なにより、15歳のドヴガンの音楽は今しか聴くことができない一期一会のものなのだ。ぜひ伝説の始まりの目撃者となってほしい。

Alexandra Dovgan ©Irina Schymchak

公演情報

リサイタル
2022年9月26日(月)19:00開演
紀尾井ホール

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番 Op.31-2《テンペスト》
シューマン:《ウィーンの謝肉祭の道化》Op.26
ショパン:《幻想曲》Op.49
ショパン:《バラード》第4番 Op.52
ショパン:《アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ》Op.22

公演情報:https://www.amati-tokyo.com

オーケストラとの共演

紀尾井ホール室内管弦楽団 第132回定期演奏会
2022年9月23日(金・祝)18:00開演/24日(土)14:00開演
紀尾井ホール

トレヴァー・ピノック(指揮)
アレクサンドラ・ドヴガン(ピアノ)
紀尾井ホール室内管弦楽団(管弦楽)

ワーグナー:《ジークフリート牧歌》
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 Op.21
シューベルト:交響曲第5番 D485

公演情報:https://kioihall.jp/20220924k1400.html

読売日本交響楽団 第6回川崎マチネーシリーズ
2022年9月28日(水)14:00開演
ミューザ川崎シンフォニーホール

鈴木優人(指揮)
アレクサンドラ・ドヴガン(ピアノ)
読売日本交響楽団

J.S. バッハ:《音楽の捧げもの》から6声のリチェルカーレ(ウェーベルン編)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番 K.491
ベートーヴェン:交響曲第5番 Op.67

公演情報:https://yomikyo.or.jp/concert/2021/12/6-10.php#concert

京都市交響楽団 大阪特別公演
2022年10月1日(土)14:00開演
ザ・シンフォニーホール
京都市交響楽団 第12回名古屋公演
2022年10月2日(日) 14:30開演

広上淳一(指揮)
アレクサンドラ・ドヴガン(ピアノ)
京都市交響楽団(管弦楽)

ロッシーニ:歌劇《ウィリアム・テル》序曲
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 Op.21
R.シュトラウス:交響詩《ドン・ファン》 Op.20
R.シュトラウス:交響詩《死と変容》 Op.24

公演情報(大阪特別公演):https://www.kyoto-symphony.jp/concert/?y=2022&m=10#id1096
公演情報(第12回名古屋公演):https://www.kyoto-symphony.jp/concert/?y=2022&m=10#id1097

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