映画『シラノ』

<Review>
映画『シラノ』

古典に新たな息吹を吹き込むデスナー兄弟の音楽

text by 原典子
cover photo credit: Peter Mountain
©2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

恋する人に手紙をしたため、今か今かと返事を待つ。届いた返事を開封するときの胸の高まりは、それが手紙であっても、メールであっても、LINEのメッセージであっても同じだろう。今も昔も、恋人たちは文字で想いを伝え合ってきた。ここにご紹介する映画『シラノ』には、手紙を受け取ったヒロインが恍惚の表情を浮かべてベッドに飛び込むシーンが登場するが、手紙はもはや恋人の存在そのものなのだ。たとえ書いているのが別人だったとしても――。

Photo credit: Peter Mountain
© 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

エドモン・ロスタンによる戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』は、剣豪にして詩人、剣の腕も筆も立つが大きな鼻だけがコンプレックスのシラノ、彼が想いを寄せるロクサーヌ、美男のクリスチャンをめぐる恋の物語。クリスチャンにかわって、シラノがロクサーヌへの恋文を代筆することで結ばれたふたり。クリスチャンはロクサーヌに真実を告げられないままシラノと戦場へ……。1897年にパリで初演されて爆発的な成功を収めて以来、100年以上にもわたって人々に愛され、数多くの舞台や映画が製作されてきた。

今回の『シラノ』は、劇作家のエリカ・シュミットによって創作され、2018年に上演されたミュージカルをもとに、『プライドと偏見』『つぐない』などで知られるジョー・ライト監督が映画化したもの。脚本は引き続きシュミットが手がけ、シラノ役のピーター・ディンクレイジ、ロクサーヌ役のヘイリー・ベネットや、ブライス&アーロン・デスナー兄弟を中心とする音楽チームもミュージカル版と同じである。

ピーター・ディンクレイジといえば、大ヒットドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』シリーズで重要な役となるティリオン・ラニスターを演じ、唯一無二の存在感を放っていた。『シラノ』では、従来のシラノ役のトレードマークだった「付け鼻」をやめ、ディンクレイジが身長132cmという体躯で、「私は特別変異体!」と叫びながらシラノを演じている。その男前なセクシーさたるや! 人間味にあふれ、勇敢で優しく、とろけるような詩的な言葉が次々と出てくる知性の持ち主。シュミットはシラノの公私にわたるパートナーだけに、彼の魅力を最大限に輝かせることができたのだろう。

Photo credit: Peter Mountain
© 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

さて、音楽ファンとしてもっとも気になるのは、いまやアメリカを代表するロック・バンドへと成長したザ・ナショナルのブライス・デスナーとアーロン・デスナー(双子の兄弟)が音楽を手がけている点である。ブライスはクラシックの作曲家としても活動し、インディ・クラシック界隈でも注目されている存在。かたやアーロンはテイラー・スウィフトのアルバムをプロデュースするなど幅広く活躍している。さらに本作では、同バンドのヴォーカリストであるマット・バーニンガーとその妻カリン・ベッサーがミュージカル・ナンバーの作詞を担当した。

こうしてザ・ナショナルの才能が結集して作られた本作の音楽は、『シラノ・ド・ベルジュラック』という「古典」に現代の息吹を吹き込み、今を生きる私たちの物語として感じさせることに成功している。街角に流れるフィドルの音が、そのままロクサーヌへの狂おしい恋心を抱えるシラノのモノローグへとつながっていくシーンでの素朴なコード進行、戦闘シーンでの迫力あるドラムのビートなどは、ロック・バンドならではの表現。一方で、クラシックのピアニストでありながら広い人脈を持つヴィキングル・オラフソンがミニマリスティックに高まる胸の鼓動を刻んでいくナンバーも美しい。

この映画において「古典」をアップデートする試みは、音楽だけではない。アカデミー賞衣装デザイン賞にノミネートされている衣装もしかり。劇場のシーンは、原作の戯曲に描かれている絢爛かつ猥雑な雰囲気がよく出ているなと思いきや、突然スポットライトが登場して現代のショーのようになったり。ロクサーヌという女性像にしても、原作より知的で能動的な女性として描かれている。

17世紀に生きた実在の人物シラノをモデルに、19世紀の劇作家が書いた戯曲が、21世紀に映画として新たに生まれ変わる――。その時間の流れに、クラシックの「古楽」にも通じるスピリットを感じ取った。

 

『シラノ』
2022年2月25日(金)より全国公開

出演:ピーター・ディンクレイジ(シラノ)、ヘイリー・ベネット(ロクサーヌ)、ケルヴィン・ハリソン・Jr.(クリスチャン)、ベン・メンデルソーン(ギーシュ公爵)、他

監督:ジョー・ライト
製作:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー、ガイ・ヒーリー
脚本:エリカ・シュミット
原作:エリカ・シュミット「シラノ」(オリジナル戯曲:エドモン・ロスタン「シラノ・ド・ベルジュラック」)
音楽:ブライス・デスナー&アーロン・デスナー
製作総指揮:エリカ・シュミット、サラ=ジェーン・ロビンソン、シーラズ・シャア、ルーカス・ウェブ、マット・バーニンガー、カーリン・ベッセル、アーロン・デスナー

原題:CYRANO
製作年:2021年
製作国:イギリス/アメリカ
全米公開日:2021年12月31日
上映時間:2時間4分
配給:東宝東和
提供:ユニバーサル映画

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