映画『最後にして最初の人類』

<Review>
映画『最後にして最初の人類』

ヨハン・ヨハンソンから人類に託されたメッセージ

text by 原典子
cover photo ©2020 Zik Zak Filmworks / Johann Johannsson

 

天空に浮かぶノアの箱舟のような巨大な建造物、AIのごとく明瞭な発音で語りかけられる声、はるか彼方から鳴り響く謎めいた2つの和音――。

『最後にして最初の人類』はアイスランド出身の作曲家、ヨハン・ヨハンソンが監督した最初にして最後の長編映画である。ジェームズ・マーシュ監督の『博士と彼女のセオリー』(2014年)、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『ボーダーライン』(2015年)、『メッセージ』(2016年)をはじめ数々の映画の音楽を手がけて高い評価を獲得したヨハンソン。2016年にはドイツ・グラモフォンと契約し、ソロ・アルバム『オルフェ』をリリース。作曲家として世界中の称賛を集め、ますます多忙を極めていた矢先の2018年2月、48歳という若さで世を去った。

そのヨハンソンがみずからのプロジェクトとして10年もの歳月をかけて取り組んでいた『最後にして最初の人類』は、2017年に初上演された当初は、映像を映しながらオーケストラがライヴ・パフォーマンスをするスタイルだったという。その後、音楽の全面的な改訂を行なうべく準備していた最中にヨハンソンが急逝。改訂協力を依頼されていたヤイール・エラザール・グロットマンら遺された仲間たちによって改訂版が仕上げられ、ここに映画作品として完成をみた。サウンドトラックの録音には、『ジョーカー』でアカデミー作曲賞を受賞したヒドゥル・グドナドッティルもチェロ独奏で参加している。

©2020 Zik Zak Filmworks / Johann Johannsson

いうまでもなく映画は、映像、言葉、音楽という要素で成り立っているが、ヨハンソンは『最後にして最初の人類』の冒頭から、3つの方向性をはっきりと打ち出している。それが、この文章のはじめに書いた光景である。

まず映像では、16mmフィルムで撮影された「スポメニック」と呼ばれる旧ユーゴスラビアの戦争記念碑の幾何学的なモニュメントが全編を通して映し出される。次に言葉は、オラフ・ステープルドンによる同名のSF小説をもとにしたものである。我々よりも20億年未来の世界に生きる最後の人類からのメッセージが、女優のティルダ・スウィントンによって語られる。それら関連性のない映像と言葉の間で、ときに寡黙に、ときに雄弁に感情を波立たせながら一篇のドラマを描いていくのがヨハンソンの音楽である。

この映画において、具体的な「形」をとるものは一切登場しない。20億年後の人類はビロードの毛で覆われた者や、透き通った灰緑色の者など、現在の人類とはかけ離れた外見だと語られるが、その姿が映し出されるわけでもない。滅亡の危機に瀕した未来の人類は、過去に生きた人類の意識に同期し、20億年にわたって繰り広げられてきた壮大な歴史を語るが、その言葉は聖書の預言書のごとく暗示的。眠る前に読み聞かせてもらったおとぎ話のように、すべては想像に委ねられ、抽象的な概念として観る者の意識を漂っていく。

ポスト・クラシカルと呼ばれるジャンルの音楽は映像との親和性が高く、聴く者の心の内に眠る心象風景を喚起するものが多い。しかしヨハンソンは、個々人ではなく、人類全体の意識に時空を超えて語りかけようとした。そのような意味においても、ヨハンソンの音楽はポスト・クラシカルのスケールをはるかに超越したものであると言えるだろう。神でも未来人でもなく、この世を去った天才が今を生きる我々に託した預言をしっかりと受け止めたい。

©2020 Zik Zak Filmworks / Johann Johannsson

 


『最後にして最初の人類』
7月23日(金)より
ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他順次公開

原題:Last and First Men
第70回ベルリン国際映画祭ベルリナーレ・スペシャル部門正式出品

監督:ヨハン・ヨハンソン
ナレーション:ティルダ・スウィントン
原作:オラフ・ステープルドン著『最後にして最初の人類』
プロデューサー:ヨハン・ヨハンソン、ソール・シグルヨンソン、シュトゥルラ・ブラント・グロヴレン
撮影:シュトゥルラ・ブラント・グロヴレン
音楽:ヨハン・ヨハンソン、ヤイール・エラザール・グロットマン

2020/アイスランド/英語 /70分/ ヨーロッパビスタ1.66 : 1 /5.1 ch/配給 シンカ
©2020 Zik Zak Filmworks / Johann Johannsson ©Sturla Brandth Grøvlen
【公式HP】https://synca.jp/johannsson/

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