<Review>
サラダ音楽祭
子どものためのオペラ《ゴールド!》
text by 原典子
子どもの想像力をフル稼働させるステージ
8月12・13日に東京芸術劇場で開催されたサラダ音楽祭。そのメインプログラムのひとつ『子どものためのオペラ《ゴールド!》~少年ヤーコプとふしぎな魚のものがたり』のゲネプロに小学校1年生の娘と行ってきた。
《ゴールド!》(レオナルド・エヴァース作曲)は2012年にオランダで初演されて以来、ヨーロッパ各地で上演されているとのこと。このたび菅尾友の演出・台本日本語翻訳によって日本初演となった。グリム童話を題材としているだけあって、物語は寓話的だ。貧しいながらも、両親と幸せに暮らしていた少年ヤーコプ。そんなある日、海で魚を捕まえたヤーコプは、「もし私を海に戻してくれたら、あなたの望みを叶えましょう」という魚の言葉を聞き、海に戻してあげる。それからというもの、ヤーコプが魚に「これをちょうだい!」とお願いするものすべてが手に入るようになった。最初は靴、寒さをしのぐ毛布、家、お城、欲しいものはとめどなく増えていって……大人の皆さんなら結末は想像できるだろう。
会場は地下のシアターイーストというコンパクトな空間、出演者はソプラノ歌手(柳原由香)と打楽器奏者(池上英樹)のふたりのみというミニマムなステージである。開演前に客席に向けて「波の音」の練習があった。柳原の合図に合わせて足を踏み鳴らし、波の音を表現して舞台に参加するのだという。
そして、いよいよ開演。ヤーコプが登場し、客席に「僕はヤーコプ」と語りかけたかと思うと、魚を夢中で追いかけるシーンでは自然と歌になる。ヤーコプとその両親、魚という登場人物をすべてひとりで演じながら、語り、歌い、舞台上を所狭しと駆け回る柳原。そうやって語りと歌とがシームレスにつながっていくのが印象的だった。子ども向けのクラシック・コンサートなどではすぐに飽きてしまう注意散漫な娘も、今回はずっと舞台に釘づけ。やはり子どもは「言葉」にヴィヴィッドに反応するのだ。「一目散ってなに?」と知らない言葉の意味をそっと私に聞いてくるほど、一語一語をしっかりとキャッチしていた。
池上のマルチ・パーカッションも音楽や音響を超えて演劇的だった(実際、役者として演技をするシーンも)。魚にお願いをするたびに激しさを増す海辺の風の音、だんだんと欲が膨らんでいく音……目に見えるもの、見えないもの、すべてを音化していくことで、ミニマムな世界に無限の広がりが出る。音響にも工夫が凝らされており、たとえば「おーい」と呼ぶ声にエコーをかけることで、そこが広大な石造りのお城であることをイメージさせていた。CGで細部まで具現化された映像を見慣れている子どもにとって、こうして自分の頭のなかで想像力をフルに発揮しながら物語に没入できる体験は貴重だ。
休憩なしの60分の舞台は子どもにとっては長いものだが、絶妙なタイミングで「波の音」の足踏みをするシーンが出てくるので、飽きずに集中力を保つことができた。そういうところも、じつによく考えられている。そしてなにより、極限までシンプルに削ぎ落されたステージによって、「オペラというのは、本来こういうものなのか」と気づいたことが、大人にとっても大きな収穫だった。物語を紡ぐための言葉であり、それを伝えるための歌。有名なアリアだけがオペラではない。絵本の延長線上にあるオペラを、子どもたちに伝える意義は大きいと思った。
【サラダ音楽祭 webサイト】
https://salad-music-fes.com/program03/