神奈川フィルハーモニー管弦楽団 リヒャルト・シュトラウス《サロメ》
沼尻竜典の新たなオペラ・シリーズが横浜で始動

<Review>
神奈川フィルハーモニー管弦楽団 リヒャルト・シュトラウス《サロメ》

沼尻竜典の新たなオペラ・シリーズが横浜で始動

text by 八木宏之
写真提供:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

動よりも静に光を当てた《サロメ》

2022年4月にスタートした沼尻竜典と神奈川フィルハーモニー管弦楽団の新体制も1年以上が過ぎ、両者の共同作業の成果がさまざまな公演に現れるようになった。2023年6月24日に横浜みなとみらいホールで行われたリヒャルト・シュトラウスの歌劇《サロメ》の演奏会形式上演も、そんな沼尻と神奈川フィルの飛躍を象徴する公演として記憶されるであろう演奏会だった(沼尻は神奈川フィルのほか、京都市交響楽団と九州交響楽団でも《サロメ》の演奏会形式上演を指揮し、各地で高い評価を獲得した)。この演奏会について、長かった夏の間にあれこれ考えたことを書いてみようと思う。

沼尻と神奈川フィルのシュトラウスに対する注力は、横浜みなとみらいホールのリニューアル・オープンを記念した、2022年10月の公演での《アルプス交響曲》で始まった。《アルプス交響曲》ではオーケストラの性能の極限に挑みながらの登山であったが、今回の《サロメ》においては、神奈川フィルはシュトラウスの複雑なスコアを完全に手の内に収め、はるかにデリケートな音楽表現を実現していた。《アルプス交響曲》での経験が、《サロメ》の演奏に活かされていたことは明らかだった(その後、2023年8月のフェスタサマーミューザでは《英雄の生涯》を取り上げた沼尻と神奈川フィルだが、こちらの演奏は残念ながら聴き逃してしまった)。川瀬賢太郎が常任指揮者を務めていた時代から、アクティブでテンションの高い演奏を聴かせていた神奈川フィルだが、沼尻が音楽監督に就任して以来、より解像度の高いアンサンブルを志向するようになっている。

《サロメ》第4場の〈7つのヴェールの踊り〉からサロメの死に至るまでのクライマックスでは、神奈川フィルらしい瑞々しくフレッシュなサウンドが、血生臭いオペラに不思議な清涼感を与えていたのが印象的だった。劇中でもっとも名高い〈7つのヴェールの踊り〉は、この日の上演でもハイライトのひとつであったが、それ以上に、ヨカナーンの首を手にしたサロメの恍惚としたモノローグにおける、精緻を極めた表現にこそ、いまの神奈川フィルの持ち味が発揮されていたように思う。

第3場のサロメがヨカナーンの躰と髪と唇を褒め称える場面において、神奈川フィルから引き出された響きは、作曲家円熟期の《ばらの騎士》や《アラベラ》を強く思い起こさせた。グロテスクなエロティシズムにばかり重点を置かない優れたバランス感覚は、名オペラ指揮者、沼尻竜典ならではのものだろう。動よりも静に光を当てた《サロメ》を聴いて、沼尻と神奈川フィルには今後もシュトラウスのオペラを、とりわけ《カプリッチョ》を取り上げて欲しいと思った。このコンビに《カプリッチョ》ほどふさわしいオペラはないのではないだろうか。オペラに限らず、《メタモルフォーゼン》や《4つの最後の歌》など、作曲家最晩年の作品群はいずれもいまの神奈川フィルの美質にぴたりと重なるはずだ。

沼尻と深い信頼で結ばれた歌手たち

実のところ、シュトラウスのオペラのなかで《サロメ》は私のお気に入りの作品ではない。ワーグナーの遺産を受け継いだシュトラウスが、己の持てる力を全て注ぎ、声とオーケストラによる表現の限界に挑んだ《サロメ》は傑作に違いないが、作曲家の「聴き手を圧倒してやろう」という気持ちが音楽の奥に見え隠れして、作品世界に上手く入り込めないのだ。《エレクトラ》にもやはり同じことを感じてしまう。一方、《ばらの騎士》以降に書かれたオペラにはそうした作曲家のエゴは感じられず、とりわけ《ばらの騎士》《影のない女》《アラベラ》の3作は私の宝物である。《影のない女》のホフマンスタールによる台本は、家父長制的で現代の価値観に馴染まないが、それを差し引いても余りあるほどに、シュトラウスの音楽は輝きを放っている。そして《カプリッチョ》である。音楽史上、これほどまでに力の抜けたオペラを私はほかに知らない。そこでは、シュトラウスが愛し、守り続けてきたヨーロッパの言語、文化、芸術が、黄金色の枯葉のような音楽によって大切に包まれている。

しかし、沼尻と神奈川フィルの演奏を聴いて、そうした後年のシュトラウスのオペラに聴かれる「柔らかさ」や「あたたかみ」が、《サロメ》のスコアにも含まれていることに気付かされた。これまでは官能的な大音響ばかりが耳に残り、シュトラウスが生涯にわたって保ち続けたアポロン的精神を《サロメ》のなかに見つけられていなかったのだ。今回の上演に接して、《サロメ》から《カプリッチョ》に至る35年の歳月が、私の頭のなかでひと続きに繋がった。

サロメの田崎尚美、ヘロデの高橋淳、ヘロディアスの谷口睦美、ナラボートの清水徹太郎、ヨカナーンの大沼徹、小姓の山下裕賀など、歌手陣も分厚いオーケストラの響きに埋もれることなく躍動した。演奏会形式での上演では、歌手の真後ろに同じ高さでオーケストラが配置されるため、歌劇場での上演よりも歌手の負担は大きいが、主要キャストが皆、そうした懸念を感じさせない歌唱を聴かせてくれたことは、賞賛すべきだろう。とりわけ体調不良で降板した福井敬の代役として、急遽出演した高橋のヘロデには、最大級の賛辞を贈りたい。言葉も多く、感情の起伏を多彩に歌い分けることが求められる難役ヘロデを、限られた時間で準備し、ドラマのクライマックスに抜群の立体感を与えた高橋は真のプロフェッショナルであった。ちなみに高橋は、15年前に沼尻が初めて《サロメ》を指揮した際(2008年10月12日、びわ湖ホール、管弦楽は大阪センチュリー交響楽団)にもヘロデを歌っている。

高橋をはじめ、今回のキャストの多くは、沼尻の指揮のもと、びわ湖ホールで活躍してきた歌手たちである。田崎はびわ湖ホールのワーグナー上演に欠かすことのできない存在であったし、清水もまた、沼尻とびわ湖ホールのグランドフィナーレとなった2023年3月の《ニュルンベルクのマイスタージンガー》における、ダフィトの熱演が記憶に新しい。第2場でサロメがナラボートを籠絡する場面での、田崎と清水の迫真の歌唱が、ドラマの緊張感を一段と高めたことは間違いない。びわ湖ホールを離れても、沼尻が歌手たちと築いてきた信頼関係は、横浜の地で新たな実を結んだのである。沼尻と神奈川フィルによる演奏会形式のオペラ上演は『ドラマティック・シリーズ』として今後も継続するようなので、次のプロダクションを楽しみに待ちたい。

【神奈川フィルハーモニー管弦楽団公演Webページ】
https://www.kanaphil.or.jp/concert/2515/

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