『ケルティック・クリスマス』4年ぶりの開催!
アイルランドからダーヴィッシュとルナサが来日
text by 松山晋也
年の瀬を締めくくる風物詩が復活!
『ケルティック・クリスマス』が帰ってくる! とは言っても、本サイトの読者の中には『ケルティック・クリスマス』なんて聞いてこともないという方が少なからずいらっしゃると思うので、まずはその説明から。以下、ケルクリの省略形で。
ケルクリは、プランクトンという音楽プロモーターが主催するケルト音楽のコンサート・シリーズで、1997年の第1回からほぼ毎年、年末に開催されてきた。ケルト音楽とはつまり、アイルランドやスコットランド、フランスのブルターニュ、スペインのガリシア、更にアメリカやカナダなどのケルト民族の血を受け継ぐ音楽家たちによる伝統音楽(トラディショナル・フォーク)及びその発展形のことで、90年代以降、その人気は世界中に広まってきた。ケルト音楽特有の郷愁を誘うメロディが琴線に触れるのか、日本にもファンが多く、東京藝術大学などには専門のサークルがあり、多くの演奏家を輩出している。
ケルクリではこれまでにアイルランドのチーフタンズやアルタン、ガリシアのカルロス・ヌニェスなどケルト音楽のトップ・プレイヤーたちを数多く招聘してきた。毎回2~3組のグループ/音楽家でプログラムが組まれるが、そのステージ・クオリティの高さには定評があり、どの会場でも大変な盛り上がりを見せる。日本のワールド・ミュージック・ファンにとっては年の瀬を締めくくる風物詩として、すっかり定着してきた感もある。コロナ禍の2020~22年の3年間は休止していたので、4年ぶりの開催となる今回の公演にはファンの間で一段と大きな快哉の声が上がっているようだ。
今回来日するのはアイルランドの2つのグループ、ダーヴィッシュとルナサ。そして、現在アイルランドNo.1と謳われるアイリッシュ・ダンサー、デイヴィッド・ギーニー。ダーヴィシュとルナサさはいずれも長いキャリアを誇る世界的人気バンドで、過去にも数回ずつ来日している。
アイリッシュ・トラッドの神髄、ダーヴィッシュ
伝統音楽が盛んなアイルランド西部スライゴー州で1989年に結成されたダーヴィッシュは、リーダーのマンドーラ/マンドリン奏者ブライアン・マクドノー以下、フィドル(ヴァイオリン)、フルート、アコーディオン、ギター、ブズーキ(ギリシャの複弦の撥弦楽器)、バウロン(アイルランドの片面太鼓)のアコースティック楽器6人編成で、紅一点のパウロン奏者キャシー・ジョーダンはすぐれたシンガーでもある。
彼らの演奏は、70年代に確立されたアイリッシュ・トラッド・フォークのフォーマットを踏襲した、いわば王道スタイルだが、マンドーラとブズーキという2つの複弦楽器の並走がもたらす迫力満点の重量感の上でフィドル、フルート、アコーディオンが自在に舞うことによってアンサンブルに豊かな広がりと多層性を生み出す。スライゴー特有のゴツゴツした土臭さを前面に押し出しつつも、アンサンブル全体はモダンな感覚で貫かれている。アイリッシュ・トラッドの神髄をここまでダイレクトに味わわせてくれるバンドはなかなかいないだろう。また伝承歌だけでなくボブ・ディランやスザンヌ・ヴェガといったロック/フォーク系の作品などもカヴァーするキャシー・ジョーダンの歌声に横溢するこってりとした滋味もケルト系ならではだ。
ポップ・ミュージック的なセンス抜群のルナサ
もうひとつのルナサは1997年に結成されたインストゥルメンタル5人組。若くしてフィドルとホイッスルの両部門でオール・アイルランド・チャンピオンに輝いたリーダー格のショーン・スミスは、なんと現役の医者でもある。フィドル、フルート、ギター、イリアン・パイプス(アイリッシュ・バグパイプ)にウッドベイスという編成もユニークだ。ケルティック・フォークの世界でウッドベイスを使うバンドはおそらく彼らだけだろう。そして、そのウッドベイスこそが彼らのアンサンブルの独自性の要にもなっている。
ルナサはとにかく音の組み立て方が上手い、というかセンスがいい。ケルティック・フォーク・シーンには演奏の上手い音楽家やグループは星の数ほどいるが、アレンジが一本調子というか紋切型の場合が実は多い。しかしルナサのアンサンブルは極めて立体的であり、ポップ・ミュージックとしての聴かせ方を心得ている。全員で愚直に突っ走るのではなく、ひとつひとつの楽器を有機的に絡ませつつ、楽曲としてどのように展開すればカッコイイのかがわかっているのだ。
そうしたコンストラクションを土台で支え、時にタメを作りつつ柔軟なグルーヴを主導しているのがこのウッドベイスである。ボウイングも多用するベイシストのトレヴァー・ハッチンソンは80年代にはウォーターボーイズという英国のフォーク・ロック・バンドで活躍し、プロデューサー/エンジニアとしてもキャリアを積んできたが、そういった経験が彼の演奏センスを育んできたのだろう。ツボを心得たスピード感と絶妙な立体感に貫かれたルナサのアンサンブルの清冽さは、ケルティック・フォーク・シーンにおいて唯一無二と言っていい。
ルナサはこれまでに9枚のアルバムを発表してきたが、そのうちの1枚はオーケストラとの共演ライヴ盤だ。そして10枚目のアルバムは、今回、日本で制作されることになっている。ケルクリ出演とは別に、京都のライヴハウスで3日間の公演をおこない、そこでの音源が『ライヴ・イン・ジャパン』(仮題)としてリリースされるのだ。熱心な日本のファンに支えられたそのアルバム、きっと名盤になることだろう。
◾️ルナサ『ライヴ・イン・ジャパン(仮)』制作プロジェクト
https://camp-fire.jp/projects/view/692893
ヨーロッパの庶民の室内楽
ケルト音楽は、「エアー」と呼ばれる哀感たっぷりの歌ものは別にして、ジグやリール、ホーンパイプといったインスト曲はほとんどすべてダンスのための音楽であり、モーダルなメロディと反復/旋回するリズムは、ミニマル・ミュージックとの親近性が強い。また、ヴァイオリン、バグパイプ、木製フルートなど生楽器の土臭い響きは古楽と地続きだし、パブでのセッションの様は、まんま庶民の室内楽だとも言える。つまり、スティーヴ・ライヒやトマス・ビンクレーのファン、あるいはベートーヴェンやバルトークの弦楽四重奏曲が好きな人の耳にはすんなり入ってゆくはずだ。
ちなみに、ケルト系ではないがデンマークを代表するトラッド・フォーク・バンド、ドリーマーズ・サーカスのヴァイオリン奏者ルネ・トンスガード・ソレンセンは、デンマーク弦楽四重奏団のリーダーでもあり、ステージではバッハ作品とトラッド・フォークをミックスしたりもする。それほど、ヨーロッパの伝統音楽とクラシック音楽の垣根は元々低いのだ。ケルクリを通して、日本のクラシック・ファンの間に少しでもケルト音楽が浸透することを期待したい。国際的なアイリッシュ・ダンスのコンテストを総なめにしたデイヴィッド・ギーニー(初来日)の華麗なステップもステージを更に盛り上げてくれるはずだ。
公演情報
ケルティック・クリスマス 2023
出演:ダーヴィッシュ、ルナサ、デイヴィッド・ギーニー2023年11月26日(日)16:00開演(15:15開場)
東海市芸術劇場 大ホール2023年12月1日(金)18:00開演(17:30開場)
兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール2023年12月2日(土)17:15開演(16:30開場)
すみだトリフォニーホール2023年12月3日(日)16:00開演(15:15開場)
所沢市民文化センター ミューズ アークホール
スペシャルゲスト:ハンバート ハンバート※所沢公演チケットお持ちの方を対象に
アークホール(大ホール)・ロビーにてイベント有り12:50〜終演後
ケルト市(アイルランドやケルト圏の物産展)13:00〜13:40
ルナサのアイルランド音楽のワークショップ @大ホール・ロビー
参加費:各500円 ワークショップ申し込み https://www.muse-tokorozawa.or.jp
見学自由13:45〜14:15
デイヴィッド・ギーニーのアイリッシュ・ダンスのワークショップ
参加費:各500円 ワークショップ申し込み https://www.muse-tokorozawa.or.jp
見学自由終演後
ダーヴィッシュ+豊田耕三のセッション・パーティ
ルナサもデイヴィッド・ギーニーの参加
どんな楽器でも持ってくれば、誰でもセッション参加OK
参加・見学自由公演詳細・総合問い合わせ
https://plankton.co.jp/xmas23/