京都市交響楽団 東京公演<常任指揮者就任披露>
沖澤のどかと踏み出す次なる旅路への一歩

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京都市交響楽団 東京公演<常任指揮者就任披露>

沖澤のどかと踏み出す次なる旅路への一歩

text by 八木宏之
cover photo ©Felix Broede

沖澤のどかと京都市交響楽団がサントリーホールにやって来る。2023年4月に沖澤を常任指揮者に迎え、京響は新たな時代への一歩を踏み出した。沖澤は東京国際音楽コンクール<指揮>とブザンソン国際指揮者コンクールで優勝を果たし、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で首席指揮者、キリル・ペトレンコのアシスタントとしても研鑽を重ねてきた。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進を続ける沖澤が、最初のプロ・オーケストラでのポジションでどのような成果を生み出すのか、日本中の音楽ファンが注目しているだろう。沖澤と京響の関係はまだ始まったばかりだが、今回の東京公演は、両者のコンビネーションを関東圏の音楽ファンに披露する絶好の機会となる。沖澤が常任指揮者就任以前に京響に客演したのはたった1回のみ。その1度の共演で沖澤はオーケストラの心を掴み、常任指揮者に指名されたという。そうした経緯は、わずか3回の客演でベルリン・フィルの首席指揮者に選ばれた沖澤の師、ペトレンコのストーリーとも重なる。沖澤とペトレンコのふたりに共通しているのは、ひとつひとつの演奏会に対する並外れた集中力だろう。

沖澤が常任指揮者としての最初の東京公演に選んだのは、ベートーヴェンの交響曲第4番とフランスの作曲家、ギヨーム・コネソンの《コスミック・トリロジー》だ。ベートーヴェンとコンテンポラリー・ミュージックというプログラムには、沖澤のどんな想いが込められているのだろうか。今回が日本初演となる《コスミック・トリロジー》とはいったいどんな作品なのか。それらを明らかにするべく、沖澤とコネソンにそれぞれ話を聞いた。

最先端のレパートリーがもたらす新しい風

京響は広上淳一が2008年から2022年まで14年にわたり常任指揮者(2014年から2020年まではミュージック・アドヴァイザーを、2020年から2022年までは芸術顧問を兼任)を務め、広上のもと全国屈指のオーケストラへと飛躍を遂げた。前回(2021年11月)の東京公演では、広上時代の集大成となるマーラーの交響曲第5番の濃密な演奏で、満席のサントリーホールに熱狂を巻き起こした。関西圏のみならず、全国に多くの京響ファンを獲得したことも、広上の大きな功績と言えるだろう。そうした広上との黄金時代を沖澤はどう捉えているのだろうか。

「広上先生の存在は強く意識しています。広上先生には学生時代からマスタークラスなどでお世話になりましたし、リハーサルもたくさん見学させていただきました。とても尊敬しているマエストロです。広上先生との14年で、京都市交響楽団のオーケストラとしての機能、技術的水準は頂点に達したと思います。とりわけマーラーの交響曲のような大編成の作品は、広上先生のもと、京響の十八番となりました。

そうしたオーケストラを若い自分が引き継いで、新たに工夫できることはプログラミングです。日本の外に目を向けて、今、世界で演奏されている最先端のレパートリーに取り組むことで、オーケストラに新しい風を吹き込み、表現の幅を拡げることができるのではないかと考えています。ギヨーム・コネソンの《コスミック・トリロジー》は、まさにそうした「新しい」作品であり、京響の持ち味が存分に引き出される緻密なオーケストレーションで書かれています。そのほかにも、4月の常任指揮者就任披露演奏会で演奏したメンデルスゾーンのような、広上先生の時代にはあまり取り上げてこなかったレパートリーにも力を入れていくつもりです」(沖澤のどか)

沖澤のどか ©Felix Broede

沖澤が掲げる「新しい風」を象徴するコネソンの《コスミック・トリロジー》。この作品を取り上げることは、沖澤が長年あたためてきたアイデアだという。

「2016年に、ドイツのザクセン=アンハルト州のマクデブルクで開催された『インパルス』というコンテンポラリー・ミュージックのフェスティバルに参加した際、コネソンの《コスミック・トリロジー》の中間楽章〈暗黒の時代の一条の光〉を指揮する機会を得て、これまで体験したことのない未知のサウンドに心を奪われました。そして、いつかこの作品の全曲を日本で演奏したいと思うようになりました。

私が留学したベルリンのハンス・アイスラー音楽大学大学院のオーケストラ指揮専攻では、シンフォニーとオペラのほかに、コンテンポラリー・ミュージックのレッスンがあって、そこでたくさんの新しい作品に触れ、コンテンポラリー・ミュージックに対しても目を向けるようになりました。もちろんコンテンポラリー・ミュージックのなかにも傑作と呼べるものとそうでないものがあって、演奏会で取り上げたいと思う作品は限られています。私はいつも、自分と共鳴し、身体の奥底から自然にインスピレーションが湧き上がってくる作品だけを演奏したいと思っていますが、コネソンの《コスミック・トリロジー》はまさにそうした作品でした」(沖澤)

沖澤のどかと京都市交響楽団 ©井上写真事務所 井上嘉和

オーケストラが描き出す宇宙の始まり

沖澤をそれほど強く魅了した《コスミック・トリロジー》とは、一体どんな作品なのだろう。作曲者のギヨーム・コネソンは、1970年にパリ郊外のブローニュ=ビヤンクールに生まれ、ブローニュ=ビヤンクール国立地方音楽院とパリ国立高等音楽院で作曲や楽曲分析を学んだ。コネソンの作品は、フランスやヨーロッパのみならず、世界各地で演奏されており、フランス国立管弦楽団、リヨン国立管弦楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、シカゴ交響楽団、フィラデルフィア管弦楽団などの名門オーケストラがコネソンに作品を委嘱している。

コネソンの代表作のひとつである《コスミック・トリロジー》は、その名の通り3つの楽章からなり、宇宙の始まりをテーマにしている。作品を構成する3つの楽章のうち、〈スーパーノヴァ〉はモンペリエ・フィルハーモニー管弦楽団からの、〈暗黒の時代の一条の光〉と〈アレフ〉はロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団からの委嘱で書かれた。この3部作がどのようにして生み出されたのか、コネソン自身に語ってもらった。

「全ての始まりはハッブル宇宙望遠鏡(1990年から地球の軌道を周回している宇宙望遠鏡で、星の一生の撮影に成功するなど高精度な天体観測が可能)によって撮影された宇宙の写真を見たことでした。その写真は、私に美的な衝撃を与えました。ちょうど同じ頃、私はワシリー・カンディンスキーの『いくつかのサークル』(1926)という絵画にも出会い、このふたつの視覚的イメージが私に〈スーパーノヴァ〉を書かせたのです。1997年に作曲された〈スーパーノヴァ〉はとても活発な作品で、私が宇宙から受けた印象をオーケストラのテクスチャによって表現しています。そこでは知的なアプローチよりも、感覚的な方法で、繊細な音色の組み合わせを追求しました。

〈スーパーノヴァ〉に一息つくような、静かな中間部を置こうとしたのですが、上手くいかず、そのアイデアは音楽のダイナミズムを壊してしまいました。そこで私は、〈スーパーノヴァ〉と対になる、穏やかで夢見心地な作品を新たに書くことにしたのです。2005年に完成した〈暗黒の時代の一条の光〉では、〈スーパーノヴァ〉の永続的半音階とは対照的な、全音階的和音を用いることで、“宇宙のパストラール”を創り出そうとしました。

それから私は、ごく自然な流れで〈暗黒の時代の一条の光〉と〈スーパーノヴァ〉に先立つ楽章、〈アレフ〉を書きました。2007年に作曲された〈アレフ〉は、速く、楽しく、爆発的な“オーケストラによるビッグバン”と言うべきものです。こうして《コスミック・トリロジー》が完成しました。〈アレフ〉ではビックバンによる巨大なエネルギーの爆発が、〈暗黒の時代の一条の光〉では星と光の誕生が、そして〈スーパーノヴァ〉では星の死が描かれています。

このように、《コスミック・トリロジー》は10年の歳月をかけて作曲されましたが、当初はそれが3部作になるとは想像もしていませんでした。この作品はしばしば楽章ごとにばらばらに演奏されますが、日本初演では3部作としてまとめて演奏されるのでとても嬉しいです」(ギヨーム・コネソン)

ギヨーム・コネソン ©Christophe Peus

《コスミック・トリロジー》の従来の曲順は、宇宙のなりたちに沿った〈アレフ〉〈暗黒の時代の一条の光〉〈スーパーノヴァ〉であるが、今回の日本初演では、作品の成立史に沿って〈スーパーノヴァ〉〈暗黒の時代の一条の光〉〈アレフ〉の順に演奏される。沖澤は《コスミック・トリロジー》を、コンサートホールで聴いてこそ、その真髄を味わうことができる作品だと語る。

「コネソンのスコアは、コンサートホールで演奏されたときに最大限効果を発揮するように書かれています。私は武満徹の作品を演奏するときにも同じことを感じます。コネソンも武満も、天才的な楽器法によって作り出される、浮遊するようなサウンドがなによりの魅力です。そうした特徴は〈暗黒の時代の一条の光〉にとりわけ顕著です。ミニマル・ミュージックの影響を受けた〈アレフ〉は、演奏が極めて難しい楽章ですが、その演奏効果は圧巻の一言で、凄まじいクライマックスが待っています。途中、ドビュッシーを思わせる旋律的なモチーフが現れるなど、音色とテクスチャの自然な移り変わりも実に見事です。

コネソンは自らが吸収したさまざまな音楽、書法を自分自身のスタイルに昇華するセンスがずば抜けている作曲家だと思います。《コスミック・トリロジー》はコンテンポラリー・ミュージックですが、クラシック音楽をこれまで聴いたことがない人でも理屈抜きに楽しむことができる作品なのです」(沖澤)

沖澤が言うように、《コスミック・トリロジー》にはドビュッシー、ラヴェルからメシアン、デュティユーに至る20世紀のフランス音楽や、ライヒ、グラス、アダムスらのミニマル・ミュージック、そしてジョン・ウィリアムズのようなハリウッドの映画音楽まで、さまざまな書法が織り交ぜられており、それでいてオーケストラのサウンドは唯一無二の個性を放っている。

「私の作品は、20世紀のさまざまな様式、書法から影響を受けており、そこには武満徹やポップ・ミュージックも含まれます。私はそれらを意図的にではなく、本能的に選び取っているのです。ですから私のスタイルは、私の音楽的感性とこれまでの音楽体験が無意識のうちに統合したものと言えるでしょう」(コネソン)

そんな《コスミック・トリロジー》に組み合わされるのが、ベートーヴェンの交響曲第4番というのは少し意外な気がする。時代も形式も異なるふたつの作品には一見繋がりを見出せないが、沖澤の話を聞いて、ベートーヴェンの交響曲第4番こそ《コスミック・トリロジー》のプレリュードにふさわしい作品だと膝を打った。

「ベートーヴェンの交響曲第4番を選んだのは、第1楽章の序奏部が宇宙のような広がりを持っているからです。変ロ音のロングトーンに始まって、和音がどこへ向かうでもなく漂っていく。暗闇のなか、遠くに光が見えるかのようなこの序奏部は、私にとってまさに宇宙のイメージなのです」(沖澤)

オーケストラとお客さんがチャレンジを共有する貴重な機会

常任指揮者就任から半年を経た沖澤には、今どのようなビジョンが見えているのだろうか。京都の音楽文化を代表するシェフとして、これから取り組みたいことについても聞いてみた。

「初共演では、客演指揮者だったので、オーケストラからどんな反応があるのかワクワクしながら指揮台に立ちました。就任披露演奏会では、初共演よりも良い意味での緊張感があって、1回の演奏会の成功だけでなく、これからの土台を作っていくような手応えを感じました。今回の《コスミック・トリロジー》は、オーケストラにとっても、お客さんにとっても新鮮な体験であり、オーケストラとお客さんがチャレンジを共有する貴重な機会です。これからも王道の名曲だけでなく、新しい発見があるような作品を積極的に取り上げて、オーケストラの演奏会へ行くことの意味を少しずつ変えていけたら良いですね」(沖澤)

沖澤はオーケストラの活動の柱となる定期演奏会だけでなく、若い世代へ向けた公演にも注力していくという。

「常任指揮者として特に大切にしたいのは学校公演です。初めて聴いたオーケストラの演奏会は、その人の記憶に一生残ります。指揮者というと男性のイメージが強いですが、初めて目にする指揮者が女性だったら、指揮者に対するジェンダーのバイアスもよりフラットなものになるはずです。子供たちの最初のオーケストラ体験に携わることは、とても意義のある仕事だと思っています。学校公演だけでなく、『オーケストラ・ディスカバリー 〜こどものためのオーケストラ入門〜』のような子供向けの解説付きコンサートにも力を入れていきたいですし、京都市ジュニアオーケストラとの共演もとても楽しみにしています。今後は0歳から楽しめるコンサートを企画したり、小学生たちをリハーサルに招いたり、とにかく若い世代と一緒にいろいろなことに取り組みたいですね」(沖澤)

若きマエストロとともに、次なる旅路への一歩を踏み出した京都市交響楽団。新たな伝説の始まりをサントリーホールでぜひ目撃して欲しい。

沖澤のどか ©Felix Broede

公演情報

京都市交響楽団 東京公演<常任指揮者就任披露>
2023年9月24日(日)14:00開演(13:20開場)
サントリーホール

沖澤のどか(指揮)
京都市交響楽団

ベートーヴェン:交響曲第4番 変ロ長調 Op.60
コネソン:管弦楽のための《コスミック・トリロジー》(日本初演)

公演詳細:https://www.amati-tokyo.com/performance/2305191220.php

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