フランス期待の指揮者、クロエ・デュフレーヌ
鮮烈な印象を残した東京フィルとの日本デビュー公演

<Review>
フランス期待の指揮者、クロエ・デュフレーヌ

鮮烈な印象を残した東京フィルとの日本デビュー公演

text by 山下実紗
photo ©︎Takafumi Ueno

東京フィルハーモニー交響楽団
第157回東京オペラシティ定期シリーズ
2023年10月18日(水)19:00
東京オペラシティ コンサートホール

リリ・ブーランジェ:春の朝に
サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番*
ベルリオーズ:幻想交響曲

クロエ・デュフレーヌ指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
中野りな(ヴァイオリン)*

女性音楽家を知る演奏会

2023年10月18日、東京オペラシティ コンサートホールで、フランスの若手指揮者、クロエ・デュフレーヌが東京フィルハーモニー交響楽団(以下、東京フィル)の指揮台に立ち、日本デビューを果たした。2021年のブザンソン国際指揮者コンクールで最高位入賞、併せて聴衆賞とオーケストラ賞を受賞し、東京五輪閉会式で上映されたパリ大会へ向けたPR映像では、フランス国立管弦楽団を指揮して注目を集めたデュフレーヌ。今回の東京フィルとの共演は、スタイリッシュな指揮者というこれまでのイメージに留まらず、彼女の思い描く音楽を日本の音楽ファンに聴いてもらうまたとない機会となった。

この日の公演はすべてフランス音楽によって構成されていた。20世紀初頭に作曲されたリリ・ブーランジェの《春の朝に》にはじまり、サン=サーンスの《ヴァイオリン協奏曲第3番》、そして1830年に完成したベルリオーズの《幻想交響曲》と、音楽を通して過去へ遡る体験ができるプログラムだった。交響曲の分野で活躍したベルリオーズや、協奏曲や室内楽を数多く作曲したサン=サーンスは、フランスの器楽曲の基礎を作り上げた人物として歴史に名を残している。

この2人と並んでブーランジェの作品が組み込まれていたのが、今回の演奏会のとても意義深い点だ。ブーランジェは2023年に生誕130年を迎えたフランスの女性作曲家である。彼女は女性で初めて「ローマ賞」を受賞するという快挙を成し遂げ、声楽作品を中心に多くの作品を残している。しかし、そうした実績にもかかわらず、20世紀初頭の作曲家といえば連想されるのはドビュッシーやラヴェルであり、ブーランジェは頻繁に名前を聞く存在ではない。このような状況のなか、今回のフランス音楽史を辿っていくプログラムで、有名な男性作曲家とともに、ブーランジェの作品が取り上げられたことは重要なことだ。

またこの演奏会は、女性作曲家だけでなく、女性の指揮者や演奏家を知るきっかけにもなった。2021年に日本音楽コンクールで優勝し、2022年には最年少の17歳で仙台国際音楽コンクール優勝を果たした新進気鋭のヴァイオリニスト、中野りなが、サン=サーンスの《ヴァイオリン協奏曲第3番》のソリストとして登場し、多様な表現で聴衆を魅了した。デュフレーヌと中野、そしてブーランジェは、作品を作り、演奏するという音楽の営みに多くの女性が貢献していることを実感させてくれた。

デュフレーヌの丁寧な音楽作り、中野の力強く豊かな熱演

デュフレーヌの指揮はフレーズを丁寧に聴かせることで、それぞれの音楽が持つ表情の違いを存分に際立たせるスタイルだった。ヴァイオリンとヴィオラのスタッカートに乗せ、フルートをはじめとする木管楽器が、かわるがわる主題を奏していくブーランジェの《春の朝に》。ブーランジェが参考にしたか定かではないが、主題が受け渡されていき、音楽が一ヶ所にとどまることなく変わっていく様子や、さまざまな要素が複雑に絡み合った伴奏などは、ドビュッシーのバレエ音楽《遊戯》に通じるところがある。デュフレーヌは主題を引き立たせ、丁寧にこの作品をまとめあげていた。一方、伴奏楽器たちの音量バランスによるものだろうか、響きが不明瞭になってしまう箇所もあった。こうした作品は構造がより立体的に聴こえるようになると、さらに魅力的な演奏になるだろう。

サン=サーンスの《ヴァイオリン協奏曲第3番》は、中野の技巧と、ソリストの独壇場にならないオーケストラの主体性とのバランスが見事であった。弦楽器の静かで緊張感のあるトレモロのなか、中野が力強く豊かな音で主題を奏で、冒頭から聴衆の心をとらえた。終始穏やかな第2楽章の最も有名な聴きどころである、ソリストのフラジオレットとクラリネットによるアルペジオは乱れのない調和が素晴らしく、弦楽器を中心とした伴奏の弱音の表現も見事だ。また、第3楽章でも中野は深みのある低音と透明感のある高音を巧みに使いわけ、輝かしいフィナーレを弾き切った。ソリスト・アンコールとしてJ.S.バッハの《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番》よりアレグロが演奏され、非常に速いパッセージも滑らかに、繊細で豊かに響かせた。力強さ、繊細さ、軽快さ、重厚さと多くの表現を使い分ける必要があるサン=サーンスの《ヴァイオリン協奏曲第3番》を、若くして弾き切る中野の今後の活躍がとても楽しみである。

緩急巧みにパワーあふれる演奏で驚かせた《幻想交響曲》

メインのベルリオーズの《幻想交響曲》、とりわけ第4楽章と第5楽章は、前半の2曲と第3楽章までの美しくまとめ上げられた音楽性から飛び出していくような、情熱と力強さにあふれる演奏だった。それは決して力で押し切るような演奏ではなく、それぞれの楽章の性格を引き出す、デュフレーヌの丁寧な音楽作りを土台としたものであった。第2楽章の優雅さや、第3楽章の空虚で静謐な、緊張感を伴う空気は、金管楽器を中心に華々しく展開する第4楽章の行進曲と見事なコントラストをなしていた。断頭台で主人公の首が切り落とされ、転がっていった後、絶大なパワーと壮大さをもって演奏されるファンファーレは、主人公の歪んだ愛の幻想を皮肉るように響いていた。第5楽章は、サバトの音楽から荘厳な鐘と〈怒りの日〉の旋律を経て、最後に金管楽器に導かれたオーケストラの総奏が威風堂々と真っ直ぐ体に飛んできた。第4楽章ラストの力強さをも超えて、今までに感じたことのない高揚感を得られる《幻想交響曲》となった。この凄まじいエネルギーを巧みにコントロールしたデュフレーヌの手腕とオーケストラの演奏技術は素晴らしい。

終演後の熱狂的な拍手は、丁寧さと力強さを併せ持つ演奏で聴衆を魅了したデュフレーヌへの祝福であったに違いない。この才能あふれる指揮者と東京フィルのタッグでまた演奏会を楽しみたいものだ。そして女性作曲家の作品のクオリティの高い演奏をアニバーサリー・イヤーという特別なタイミングだけでなく、日頃のコンサートのレパートリーとしてもっと聴きたいと思う一夜であった。

※この記事は、これからの時代に活躍してほしい音楽評論家やライターを広くご紹介する、FREUDEの「執筆者応援プロジェクト」の一環として、一般社団法人ビトゥイン・ミュージック・タイズの助成を受けて制作されています。

執筆者:山下実紗
1998年生まれ。青山学院大学大学院文学研究科比較芸術学専攻博士前期課程修了。専門はドビュッシーを中心とした近代フランス音楽。修士論文では、ドビュッシーのオペラ《ペレアスとメリザンド》の主人公メリザンドが、当時の文化からどのように形成されたのかを研究。より多様な音楽作品を楽しめる機会を増やす試みのひとつとして、女性作曲家の作品について調べることをライフワークにしている。在学中よりMusic Dialogueのライティング・インターンに参加し、インタビュー、コラム、プログラムノート等の執筆を中心に活動中。

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