東京交響楽団&サントリーホール こども定期演奏会「新曲チャレンジ・プロジェクト 2022」
2度目の挑戦で掴んだ夢の舞台

東京交響楽団&サントリーホール こども定期演奏会「新曲チャレンジ・プロジェクト 2022」

2度目の挑戦で掴んだ夢の舞台

text by 八木宏之
cover photo ©サクマリョウ

1年間のキャリア・サポート

東京交響楽団とサントリーホールが主催する『こども定期演奏会』の20周年を記念して2021年に始まった「新曲チャレンジ・プロジェクト」は、こどもたちが作ったメロディを公募し、30歳以下の若手作曲家を対象に、そのメロディを用いた作品を募るというユニークな企画だ。「冬」をテーマにした2022年の第2回「新曲チャレンジ・プロジェクト」には、第1回に引き続き多くのメロディの応募があり、企画発案者の原田慶太楼や東京交響楽団、サントリーホールのスタッフ、そして第1回の受賞者小田実結子らがそのなかから6つのメロディを選定した。メロディを用いた作品の公募では、上田素生の《雪だ!》が選ばれ、12月11日の第84回『こども定期演奏会』で、原田と東京交響楽団によって世界初演される。

選ばれた作曲家のキャリアを原田がサポートするのも「新曲チャレンジ・プロジェクト」の大きな特徴のひとつだ。原田は受賞者の作品を演奏するだけでなく、キャリア・プランニング全般にアドバイスを贈り、新たなチャンスを積極的に創出する。第1回受賞者の小田も「新曲チャレンジ・プロジェクト」をきっかけに東京交響楽団山形交響楽団から新曲委嘱を受けるなど、「次」のチャンスを手にした。また上田もすでに山形交響楽団からの新曲委嘱が決まっている。昨年原田に話を聞いた際、若手作曲家のキャリアをサポートすることも「新曲チャレンジ・プロジェクト」の重要なミッションのひとつだと話していたが、受賞者たちがこれほどのスピードで次々とチャンスを掴むとは思わなかった。

「小田さんは最初の受賞者だったので、そのサポートも長男長女の子育てのように手探りでした。『新曲チャレンジ・プロジェクト』のイメージを背負った小田さんにも“結果を出さなくてはいけない”というプレッシャーがあったと思います。『新曲チャレンジ・プロジェクト』では6月に受賞者が決まり、そこから12月の『こども定期演奏会』までの半年は、作品初演に向けての準備期間となります。作品のブラッシュアップのためのディスカッションはもちろん、プレス対応やインタビューの受け答えから、アーティスト写真、SNSの活用方法まで、たくさんのことをアドバイスします。
作品が初演されてから次の受賞者が決まるまでの半年間は、楽譜出版社や全国のオーケストラなどにその才能を紹介して、新しいチャンスを掴めるようにできる限りサポートします。そのなかで、小田さんは東京交響楽団、山形交響楽団からの新曲委嘱や、さまざまなオーケストラからのアレンジの依頼などのチャンスを得ました。そして6月に新しい受賞者が決まるタイミングで、独り立ちしてもらいます。今は第2回の受賞者、上田素生さんの新曲初演へ向けて、準備を進めているところです。小田さんと上田さんは作曲語法もパーソナリティも異なりますから、小田さんのときとは違ったやり方、上田さんに適したかたちでサポートしていくつもりです」(原田慶太楼)

若手作曲家にとっては至れり尽くせりのサポートだが、原田がこれほどまで作曲家のキャリア支援に力を入れるのはなぜなのだろうか。

「若い作曲家がオーケストラ作品に取り組む機会をつくることも指揮者の大切な仕事ですが、彼らのキャリアのスタートのお手伝いをすることも同じくらい意義のあることだと思っています。
アーティストは芸術にだけ集中していれば良い、PRはマネージャーに任せておけば良い、という考え方もあると思います。でも、マネージャーが付くようなステップに至るまでは、それを全て自分でしなくてはいけません。私も最初は全て自分でやっていました。音楽家はもちろん音楽によって評価されるべきですが、その人がどんな人か知りたいときに、誰もがSNSやWebページを見るでしょう。それがファースト・インプレッションになりますし、キャリアをスタートしたばかりの若いアーティストにとって、そこでの印象はとても重要なのです。キャリアの初期に私自身が経験したことを、若い作曲家にアドバイスすることは、意味のあることだと思っています」(原田)

原田慶太楼©Shin Yamagishi

上田さんの成長が第1回から第2回への繋がり、ストーリーを作ってくれた

「新曲チャレンジ・プロジェクト」の第2回受賞者に選ばれた上田は、実は昨年の第1回にも作品を応募していた。上田がもう一度「新曲チャレンジ・プロジェクト」に挑戦しようとした背景にはなにがあったのだろうか。

「『新曲チャレンジ・プロジェクト』を最初に知ったのは、大学の掲示板に貼られた作品募集のチラシを見たときでした。私はベートーヴェンの主題労作から強い影響を受けているので、こどもたちのメロディを用いて作品を作り上げることは自分のスタイルに合っていると思い、挑戦してみることにしたんです。昨年は受賞することはできませんでしたが、原田さんから丁寧にフォローしていただき、良かった点を褒めていただけたことはとても自信になりましたし、小田さんの受賞作《La danse des enfants 子供たちの踊り》を聴いて感激したことも、再挑戦するモチベーションになりました。第1回では、私はこどもたちの書いた6つのメロディのうち4つを使って作曲したのですが、小田さんの作品では6つ全てが使われていました(規定ではふたつ以上のメロディを使わなければならない)。小田さんは、ただ単に全てのメロディを使ったのではなく、それらが全て使われる意義を音楽から感じさせてくれたのです。メロディが多いと主題労作は難しいのですが、小田さんの作品に刺激されて、今年は6つのメロディ全てを用いて曲を書き上げました」(上田素生)

「上田さんは第1回のときから印象に残っていました。作品も非常に優れていて、最終候補に残りましたし、応募時に提出してもらう自己PRビデオも強い個性を放っていました。第1回の受賞者には小田さんが選ばれましたが、上田さんには直接電話をして、いろいろなアドバイスをしました。そうしたこともあって、上田さんが第2回にも応募してくれたこと、そして《雪だ!》に前回のアドバイスが活かされていたことがとても嬉しかったです。上田さんの長所のひとつは、アドバイスを受けたらすぐに行動に移すことです。作曲だけでなく、SNSやWebに対するアドバイスにもスピーディーに取り組んでいましたし、そういう点は素晴らしい長所だと思います。上田さんの成長が『新曲チャレンジ・プロジェクト』の第1回から第2回への繋がり、ストーリーを作ってくれました。このプロジェクトの核となるのは、こどもたちのメロディであり、それがDNAです。上田さんの《雪だ!》はそうしたDNAを大切にしています。複雑な作品を書く才能があるように、お客さんが楽しめる作品を書くこともまた才能なのです。上田さんにはアーティスティックな部分とお客さんを楽しませるエンタテイナーとしての側面の両方を大切にして欲しいと思っています」(原田)

上田素生©サクマリョウ

理論的に説明できる美しさのうえに、理論では説明できない美しさがある

上田が作品に付けた《雪だ!》というタイトルは、童心を思い出させてくれるような優しい響きを持っている。上田がこの作品に込めた想いはどんなものだったのだろうか。

「こどもたちのメロディのひとつひとつが、私のなかにある少年時代への憧れを引き出してくれました。書いている時間は苦しいこともありますが、作品が演奏されて音になることを想像すると、どんな苦しみも乗り越えることができます。自分の書いた楽譜が演奏されるときのなにものにも代え難い喜びがあるからこそ、人生を削って作品を創り出すことができるのだと思います。《雪だ!》は何回も書き直して完成させました。6つのメロディ全てがはっきりと聴き取れるように書いたので、メロディのひとつひとつがどのように活かされて大きな音楽へと変容していくのか、そのプロセスをぜひ楽しんでください」(上田)

12月11日の演奏会は、上田にとっての晴れ舞台であるだけでなく、メロディを書いたこどもたちにとっても忘れられない時間となるだろう。昨年小田がそうしたように、上田もメロディ作者のこどもたちひとりひとりにメッセージを送ったという。上田がこどもたちに伝えたいことを聞いた。

「自分の作品がサントリーホールで東京交響楽団によって演奏される『新曲チャレンジ・プロジェクト』は、私のような若い作曲家にとって夢のような機会ですが、それはメロディを書いてくれたこどもたちにとっても同じだと思います。自分の書いた音楽がオーケストラによって演奏される喜びは、本当に大きいものです。
クラシック音楽は理論的に説明できる美しさのうえに、理論では説明できない美しさがあります。こどもたちには、この説明できない美しさに対する感性を育てていって欲しいと思います。私が音楽の道を志したときには、音楽の世界がここまで広く深いものだとは想像もつきませんでした。自分の創り上げた音楽世界を誰かに聴いてもらえることは幸せなことです。聴きに来てくれるこどもたちにも自分たちの音楽世界を広げていって欲しいですね」(上田)

原田慶太楼と上田素生

東京交響楽団&サントリーホール こども定期演奏会 第84回「冬の遊び」
2022年12月11日(日) 11:00 開演
サントリーホール

原田慶太楼(指揮)
東京交響楽団

チャイコフスキー:オペラ《エフゲニー・オネーギン》より〈ポロネーズ〉
ワルトトイフェル:スケーターズ・ワルツ
ヴィヴァルディ:《四季》〈冬〉より第2楽章
プロコフィエフ:組曲《キージェ中尉》より〈トロイカ〉
上田素生:《雪だ!》(世界初演)
チャイコフスキー:バレエ組曲《くるみ割り人形》より〈花のワルツ〉(こども奏者と共演)

公演詳細:http://www.codomoteiki.net/schedule2022/

「新曲チャレンジ・プロジェクト」の詳細はこちら
http://www.codomoteiki.net/challenge2022/

上田素生 Motoki Ueda
1998年神奈川県生。神奈川県立弥栄高等学校芸術科音楽専攻(作曲専修)を経て、東京音楽大学 作曲/芸術音楽コースを卒業。東京音楽大学同コースの卒業作品(オーケストラ作品)演奏会に、優秀作品として選抜・初演される。2021年、「みんなで卒業式」プロジェクトからの依頼により、合唱曲『旅立ちの日に』『大切なもの』のオーケストラ編曲を提供。プロジェクトは朝日・毎日両紙やNHK「おはようニッポン」に取り上げられるなど、好評を博す。第17回東京音楽大学学長賞受賞。2018年度東京音楽大学奨学生。現在、音楽舎フィールシュパース講師。
これまでに作曲を加藤千晶、伊左治直、植田彰、近江典彦、西村朗の各氏に師事。
オフィシャル・ホームページ:https://motokiueda.com

原田慶太楼 Keitaro Harada
現在、アメリカ、ヨーロッパ、アジアを中心に目覚しい活躍を続けている期待の俊英。
シンシナティ交響楽団およびシンシナティ・ポップス・オーケストラ、アリゾナ・オペラ、リッチモンド交響楽団のアソシエイト・コンダクターを経て、2020年シーズンから、アメリカジョージア州サヴァンナ・フィルハーモニックの音楽&芸術監督に就任。
オペラ指揮者としても実績が多く、アリゾナ・オペラやノースカロライナ・オペラに定期的に出演、シンシナティ・オペラ、ブルガリア国立歌劇場でも活躍。
10年タングルウッド音楽祭で小澤征爾フェロー賞、13年ブルーノ・ワルター指揮者プレビュー賞、14・15・16・20・21・22年米国ショルティ財団キャリア支援賞受賞。
09年ロリン・マゼール主催の音楽祭「キャッソルトン・フェスティバル」にマゼール本人の招待を受けて参加。11年には芸術監督ファビオ・ルイジの招聘によりPMFにも参加。
85年東京生まれ。インターロッケン芸術高校音楽科において、指揮をF.フェネルに師事。
オーケストラやオペラのほか、室内楽、バレエ、ポップスやジャズ、そして教育的プログラムにも積極的に携わっている。
2021年4月東京交響楽団正指揮者に就任。
第29回(2021年度) 渡邉曉雄音楽基金音楽賞受賞。第20回齋藤秀雄メモリアル基金賞受賞。
オフィシャル・ホームページ:kharada.com/ @KHconductor

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