山本哲也:オーケストラのための《In the circle…》
日本初演に寄せて

山本哲也:オーケストラのための《In the circle…》

日本初演に寄せて

text by 八木宏之

注目作フランスより来たる

2021年7月25日、東京のティアラこうとうにて、1曲の管弦楽作品が日本初演される。山本哲也の《イン・ザ・サークル In the circle…》である。「Yaffleと考えるクラシック現在進行形」にも登場したので、FREUDE読者の方には見覚えがある作品かもしれない。《イン・ザ・サークル》は2018年2月に本選が行われたイル=ド=フランス国立管弦楽団主催の作曲コンクール第6回「 イル・ド・クレアシオン Île de créations」の優勝作品であり、イル=ド=フランス国立管により本拠地アルフォールヴィル(パリ郊外)で初演されたのち、フィルハーモニー・ド・パリでも演奏された。筆者はYaffleと共に、2018年4月10日のパリ初演に参加し、パリの聴衆がこの作品に熱狂するのを目の当たりにした。Yaffleも《イン・ザ・サークル》に感激して、そのスコアを作曲家から贈られていたのを思い出す。
ラジオ・フランスの同時代音楽番組「クレアシオン・モンディアル Création Mondiale」でも《イン・ザ・サークル》は特集され(同番組はこのコンクールのオフィシャル・パートナーである)、フィルハーモニー・ド・パリでの演奏がフランス全土に放送された。さらにそのスコアはフランスの名門楽譜出版社デュラン(デュランもまたイル・ド・クレアシオンのオフィシャル・パートナー)より出版されている。

このコンクールの優勝作品は前述のようにラジオ・フランスの「クレアシオン・モンディアル」での放送を前提としている。放送時間5分の平日帯番組である「クレアシオン・モンディアル」で一週間をかけて1楽章ずつ放送するため、作曲家は1楽章2分、全5楽章10分の形式で作曲しなくてはならない。2018年のコンクールの作曲テーマは「オリンピック」。山本哲也は五輪旗のイメージから《イン・ザ・サークル》を作曲した。5つの楽章にはそれぞれ「アテネからのファンファーレ」「夏 –持続 2004」「より速く、より高く、より強く」「冬 –静止1924」「来るべき未来のためのイルミネーション」というオリンピックに関連するタイトルが添えられているが、山本はタイトルを完成後に考えたという。

「この作品はリヨン国立高等音楽院での研究の集大成という位置づけで取り組みました。「オリンピック」をテーマに作曲するにあたり、私は具体的なスポーツを想起させるようなものではなく、その思想や概念からインスピレーションを得ようと考えました。
2分のなかで起承転結を作るのは難しいので、オーケストレーションでコントラストをつけています。奇数楽章は大きな管弦楽、偶数楽章は少ない楽器による抑制された響きを特徴としていて、それらが交互に配置されています。「回す楽器」にスポットを当てた第4楽章では打楽器を中心に視覚的にも楽しむことができると思います。
具体的なスポーツを描いたわけではないですし、各楽章のタイトルも作品が完成してからつけたものですので標題音楽とは少し違うかもしれません。とはいえ自分が小学生の時に体験した長野オリンピックの記憶(山本は長野県出身)はこの作品に取り組む上でのモチベーションになりました。」(山本哲也)

《イン・ザ・サークル》をリハーサルする坂入健司郎と東京ユヴェントス・フィルハーモニー

《イン・ザ・サークル》の日本初演を担うのは坂入健司郎と東京ユヴェントス・フィルハーモニーである。多くの同時代音楽初演を成功させてきたこのコンビによる演奏に大きな期待がかかる。坂入と東京ユヴェントスによる《イン・ザ・サークル》の日本初演は、当初は2020年7月に予定されていたが、新型コロナウイルスの影響により2021年3月に延期され、さらに2021年7月25日へと再延期された。坂入たちは、この作品を日本初演し、日本の音楽ファンへ届けることを決して諦めず、1年以上にわたって入念な準備を重ねてきた。

「初めて《イン・ザ・サークル》の音源を聴いた時、音楽がスーっと自分のなかに入ってきたのを覚えています。かつての日本のクラシック音楽の聴き方には、教養のため修行のように聴くという文化がありましたが、今はそのような聴き方ではなく、音楽の持つ魅力をダイレクトに素直に楽しむ時代です。《イン・ザ・サークル》はまさにそうした時代の音楽ですし、その響きの美しさやリズムの面白さをシンプルに楽しんでいただきたいですね。入ってくる響きはシンプルなのに、聴き手が多様な感想を持ち得る広がりを持っていることがこの作品の素晴らしいところだと思います。」(坂入健司郎)

デュラン社より出版されている《イン・ザ・サークル》のスコア

《イン・ザ・サークル》がフランスで世界初演されたとき、地球が新型コロナウイルスに覆い尽くされる未来も、東京オリンピックがたどる数奇な運命も、まったく想像できなかった。《イン・ザ・サークル》の日本初演が企画された段階では、東京オリンピックの高揚感のなかで、この作品が日本の音楽ファンへ届けられるはずであった。しかし現実には、東京オリンピックは歴史的な賛否両論のなか、奇妙な静けさのなかで開幕しようとしている。しかし《イン・ザ・サークル》は山本自身が語るように標題音楽ではなく、絶対音楽といえるものであり、坂入が強調するように純粋に音楽として「今」聴くべき作品なのだ。2021年7月25日、山本哲也、坂入健司郎、東京ユヴェントスがオーケストラを今聴くことの意味を問う。

坂入健司郎と山本哲也

 

公演情報
東京ユヴェントス・フィルハーモニー 第21回定期演奏会
2021年7月25日(日)14:00開演
ティアラこうとう 大ホール

坂入健司郎【指揮】
東京ユヴェントス・フィルハーモニー

山本 哲也:オーケストラのための《In the circle…》 (日本初演)
バルトーク:《管弦楽のための協奏曲》
シベリウス:交響曲第5番 変ホ長調 Op.82

【公演情報詳細とチケット購入はこちら】
https://teket.jp/251/4808

山本哲也
1989年長野県生まれ。国立音楽大学大学院修士課程を修了後に渡仏し、マルセイユ地方音楽院上級課程、リヨン国立高等音楽院第2課程を修了。これまでに作曲を川島素晴、北爪道夫、R.カンポ、P.ユレル、M.マタロンの各氏に師事している。 第14回オルレアン国際ピアノコンクールにおいてA.シュヴィロン=Y.ボノー作曲賞 (2020)、第13回F.エスクデロ国際作曲コンクール第1位(2020)、第1回「New Music Generation」国際作曲コンクール第3位(2019)、イル=ド=フランス国立管弦楽団が主催する作曲コンクール「Île de créations 2018」優勝、第4回E.デニソフ国際作曲コンクール第2位(2016)、第6回A.ドヴォルザーク国際作曲コンクール第1位および特別賞(2015)、日本現代音楽協会第27回現音作曲新人賞(2010)など、国内外の多くのコンクールや作品公募において受賞・入選を重ねている。2018年5月にはラジオフランスの番組「Création mondiale」にて、オーケストラ作品《In the circle…》を中心とした30分の特集が放送された。
【公式ホームページ】
http://www.tetsuyayamamoto.net/

坂入健司郎
1988年5月12日生まれ、神奈川県川崎市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。これまで指揮法を井上道義、小林研一郎、三河正典、山本七雄各氏に、チェロを望月直哉氏に師事。また、ウラディーミル・フェドセーエフ氏、井上喜惟氏と親交が深く、指揮のアドバイスを受けている。
13歳ではじめて指揮台に立ち、2008年より東京ユヴェントス・フィルハーモニーを結成。これまで、J.デームス氏、G.プーレ氏、舘野泉氏など世界的なソリストとの共演や、数多くの日本初演・世界初演の指揮を手がける。2015年、マーラー交響曲第2番「復活」を指揮し好評を博したことを機に、かわさき産業親善大使に就任、MOSTLY CLASSIC誌「注目の気鋭指揮者」にも推挙された。2016年、新鋭のプロフェッショナルオーケストラ・川崎室内管弦楽団の音楽監督に就任。その活動は、朝日新聞「旬」にて紹介された。2018年には東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団に初客演しオルフ「カルミナ・ブラーナ」を指揮、成功を収めた。2020年、日本コロムビアの新レーベルOpus Oneよりシェーンベルク「月に憑かれたピエロ」をリリース。2021年1月に愛知室内オーケストラへ客演、ブルックナー:交響曲第3番を指揮し名古屋デビュー。今後、大阪交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団への客演も予定されている。
【コンサートイマジン アーティストページ】
http://www.concert.co.jp/artist/kenshiro_sakairi/

 

 

最新情報をチェックしよう!