現代音楽プロジェクト『かぐや』を読み解く Vol.3
ジョセフィーヌ・スティーヴンソンとは何者か?――ポピュラー・ミュージックとの接点を中心に

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現代音楽プロジェクト『かぐや』を読み解く Vol.3

ジョセフィーヌ・スティーヴンソンとは何者か?

ポピュラー・ミュージックとの接点を中心に

 

2024年1月13日(土)に東京文化会館にて開催される現代音楽プロジェクト『かぐや』。公演のメインはジョセフィーヌ・スティーヴンソンの新作《かぐや the daughter tree》の世界初演である。英国王立音楽院に学び、現代音楽のみならず多岐にわたるフィールドで活動するジョセフィーヌ・スティーヴンソンとは、どのような音楽家なのか。ここではポピュラー・ミュージック側から紐解いていきたい。

text by 八木皓平
cover photo by Daragh Soden

ヴォーカリストとしてビッグ・アクトの作品に参加

©︎Marika Kochiashvili

フランス系イギリス人の俊英ジョセフィーヌ・スティーヴンソンは、主に作曲家、編曲家、演奏家、ヴォーカリストとして現代音楽を主戦場にしつつも、時折ポピュラー・ミュージックをはじめとした、様々なジャンルで越境的な活躍をしていることが知られている。いくつか固有名詞を挙げると、レディオヘッド、アークティック・モンキーズ、ブラーのフロントマンであるデーモン・アルバーンなど、洋楽に親しむ人の耳には自然と入ってくるようなアクトの作品のクレジットに、ジョセフィーヌ・スティーヴンソンの名前が記載されている。彼女がサウンドの中に存在することによって、クラシック~現代音楽のフレイヴァーを楽曲にもたらし、各アクトのサウンドに、静かに香水を落とすように、その存在感を知らしめる。本稿では、ジョセフィーヌが参加した具体的な作品について言及することで、彼女が現在の音楽シーンでどのような活躍をしているのかを追っていこうと思う。

ジョセフィーヌはまだ30代前半という若い音楽家であるため、客演歴はそこまで長くないのだが、そのキャリアの初期に彼女がヴォーカリストとしてビッグ・アクトの作品にクレジットされていたことはポイントのひとつだ。例えば現代最高峰のロック・バンドであるレディオヘッドの作品『A Moon Shaped Pool』(2016年)への参加がそれにあたり、アルバムの半数以上の楽曲でヴォーカルを務めている。本作は、レディオヘッドがクラシック~現代音楽の影響を大々的に取り入れた作品として知られており、ジョセフィーヌは合唱団の一人としてその歌声を響かせている。そこでの働きが認められたのか、このバンドのフロントマンであるトム・ヨークのソロ作『ANIMA』(2019年)にも参加している。

さらに、イギリスを代表する先鋭的なエレクトロニック・ミュージシャンのジョン・ホプキンス『Singularity』(2018年)で客演していることは注目すべきだろう。本作に収録されている《Feel First Life》はアルバムの中でもアンビエント色が強い楽曲で、合唱団がフィーチャーされている。この中にジョセフィーヌも混ざっているのだ。英インディー・ロック・バンドのドーターでヴォーカル&ギターを務めるエレナ・トンラのソロ・プロジェクト、Ex:Reの『Ex:Re』(2018年)では、バッキング・ヴォーカルとして歌声を披露しており、ここでは単独のヴォーカリストとして参加している。ジョセフィーヌとドーターの繋がりは重要なので、また後述する。人によってはジョセフィーヌを作曲家・編曲家として認識している人も多いかもしれないが、彼女はひとりのヴォーカリストとしても縁の下の力持ちとして様々なアクトを支えてきたのだ。

ピアニスト、チェリストとして作るサウンド

器楽奏者としてのジョセフィーヌ・スティーヴンソンは、ヴォーカリストとしての彼女よりも目立った形で活躍している。アークティック・モンキーズ『Tranquility Base Hotel + Casino』(2018年)は、主にピアノで作曲された作品だということもあり、ロック・サウンドの中にラウンジ感が漂う独特のアルバムなのだが、本作でピアニストを務めるのがジョセフィーヌであり、バンド・サウンドと並列する形でその音色を奏でている。

ブラーのフロントマン、デーモン・アルバーンがアイルランドの風景に影響をうけた作品『The Nearer The Fountain, More Pure The Stream Flows』(2021年)では、チェリストとして参加している。本作は当初、オーケストラ作品として想定されていたものだったこともあり、ストリングスやホーンが重要な役割を果たしている作品だ。ここでジョセフィーヌはロマンティックな調べを弾いたかと思えば、不協和音を響かせてみせたり、様々な表情の演奏をもって本作のサウンドのムードを形作っている。チェリストとしては先述したEx:Reの『Ex:Re』でも、その腕前を披露している。こちらはデーモン・アルバーンの作品とは異なりアンサンブル編成ではなく、ストリングスは彼女のチェロがあるのみだ。ポップ・ミュージックの中でジョセフィーヌのチェロがどのように響いているのかを堪能したければ、本作が最も適しているかもしれない。

編曲家としてバンドとコラボレーション

最後に、編曲家としてのジョセフィーヌ・スティーヴンソンを紹介するが、ここは本稿で再三登場してきたドーター~Ex:Reとの仕事にフォーカスしたい。Ex:Re『Ex:Re』にチェロとバッキング・ヴォーカルとして参加した後、Ex:Reはジョセフィーヌを編曲家として再度招き入れ、ロンドンを拠点に活動する12アンサンブルとともに、『Ex:Re』をアレンジした『Ex:Re with 12 Ensemble』(2021年)を完成させた。ドライかつクールなサウンドが目立っていた『Ex:Re』が、アンサンブルが加わることにより、一定のカラーを繊細に保ちながらも、スケール感が大きくなった。これは元の作品の世界観を理解していたジョセフィーヌだから可能だった見事な仕事と言えるだろう。

そしてドーターの新作『Stereo Mind Game』(2023年)で編曲とオーケストレーションを担当したジョセフィーヌの働きも素晴らしいものだった。近年だとオーウェン・パレットやニコ・ミューリーのようなクラシック~現代音楽のボキャブラリーを持った作曲家が、インディー・ミュージックの音楽家やバンドとコラボレーションし、目覚ましい効果をあげることがしばしば見られたが、本作におけるジョセフィーヌもその系譜に連なるものといえるだろう。

ジョセフィーヌ・スティーヴンソンの越境的な活動を駆け足で概観したが、まず言えることは、彼女はまだ若く、ここからさらに羽ばたいていく音楽家だということだ。特にドーター~Ex:Reでの編曲~オーケストレーションの仕事を起点に、今後も様々な形でバンドや音楽家とコラボレーションを展開するようになると、音楽シーンとの相乗効果が起こり、面白くなってくるのではないかと期待している。クラシック~現代音楽が、最先端の音楽シーンと化学反応を起こし、時代の流れの一つになってゆくような、そんな夢を我々に見せてくれる音楽家が彼女なのかもしれない。

公演情報

舞台芸術創造事業
現代音楽プロジェクト「かぐや」
2024113日(土)15:00
東京文化会館 小ホール

 【第1部】
ユハ・T・コスキネン:イザナミの涙[箏独奏](世界初演)
カイヤ・サーリアホ:テッラ・メモリア[弦楽四重奏]
横山未央子:地上から[弦楽四重奏](委嘱作品/世界初演)

【第2部】
かぐや the daughter tree(委嘱作品/世界初演)
原語(英語)上演/日本語字幕付き

原作:『竹取物語』及び与謝野晶子の詩に基づく
作曲:ジョセフィーヌ・スティーヴンソン
作詞:ベン・オズボーン
振付:森山開次

【出演】
ジョセフィーヌ・スティーヴンソン(ヴォーカル)*
森山開次(ダンス)*
*第2部のみ出演

山根一仁、毛利文香(ヴァイオリン)
田原綾子(ヴィオラ)
森田啓介(チェロ)
吉澤延隆(箏)

【公演詳細】
https://www.t-bunka.jp/stage/19084/

現代音楽プロジェクト
ジョセフィーヌ・スティーヴンソン レクチャー
2024年1月11日(木)19:00
東京文化会館 小ホール

【作曲家によるトーク】
ジョセフィーヌ・スティーヴンソン(作曲家)
横山未央子(作曲家)
聞き手:八木宏之/日本語通訳付き

【演奏】
ジョセフィーヌ・スティーヴンソン:《Anamnesis》
横山未央子:《Circular Spell》より
演奏:森田啓介(チェロ)

【イベント詳細】
https://www.t-bunka.jp/stage/19724/

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