現代音楽プロジェクト『かぐや』を読み解く Vol.2
横山未央子、毛利文香、田原綾子が語り合う――サーリアホの音楽と新作《地上から》

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現代音楽プロジェクト『かぐや』を読み解く Vol.2

横山未央子、毛利文香、田原綾子が語り合う

新作《地上から》とサーリアホの音楽

text by 加藤綾子

2024年1月13日(土)東京文化会館(小ホール)にて開催される、現代音楽プロジェクト『かぐや』。第1部では、2023年6月に亡くなったフィンランドの作曲家、カイヤ・サーリアホの弦楽四重奏曲《テッラ・メモリア》が演奏されるほか、彼女とゆかりある作曲家たちによる新作が世界初演される。

そのうちのひとり、弦楽四重奏曲《地上から》を書き下ろした横山未央子は、日本からフィンランドのシベリウス音楽院に留学し、サーリアホが期待を寄せた若手作曲家だ。《地上から》という作品について、そしてサーリアホの音楽について、今回演奏にあたる毛利文香(ヴァイオリン)と田原綾子(ヴィオラ)、そして横山の3名で語り合ってもらった。

サーリアホの音楽に宿る力強さ

横山未央子

──横山さんはフィンランドに渡って9年になるとのことですが、これまでの経緯をお聞かせいただけますか。

横山 日本の大学院を卒業したとき、もう少し勉強したいと思ったんです。英語で授業を受けられること、学費が無料であること、ヴェリ=マッティ・プーマラ先生の作品が好きだったことから、シベリウス音楽院を選びました。

フィンランドは、新作初演の機会がたくさんあるんです。音楽院の学位申請リサイタルでも、新作を初演するのがカッコいいみたいな風潮があって(笑)。日本にいたころは、委嘱を受けて作曲をするときも「これが最後の機会かもしれないから」と、全部詰め込みすぎるところがあったのですが、こちらでは肩の力が抜けたというか……。冷静にアイデアを絞って、相手の望む長さでまとめられるようになりました。

──今回作曲した《地上から》も、演奏時間は約5分とコンパクトですね。

横山 はい。じつは《地上から》にはもう1曲、対になる作品を構想しています。まだ書き始めていませんが、どんな2曲目にしようかと、楽しみです。

──サーリアホが東京文化会館に横山さんを紹介したことがきっかけで委嘱につながったそうですね。《地上から》を作曲するうえで、サーリアホの作品は意識しましたか?

横山 カイヤの作風にもっと寄せることもできましたが、それはカイヤ自身が喜ばないと思いました。「私はあなたにチャンスをあげたくて紹介したの。私の真似をしてほしいわけじゃないのよ!」って。

ですから《テッラ・メモリア》の構成やモチーフの使い方を、自分なりに分析して書きました。たとえば、ベースラインのだんだん上昇していく動きや、チェロからヴィオラ、ヴァイオリンへと駆け上がっていく動き。なにか力強いものが、彼女の音楽にはあるんです。

毛利 サーリアホの作品には初めて取り組むのですが、横山さんがおっしゃる力強さは、楽譜を見ていても感じます。

田原 私も初めてなんですが、《テッラ・メモリア》の楽譜を見てまず、難しそうだなと(笑)。

横山 カイヤの音楽はすごく綺麗で、やわらかい響きがするけれど、モチーフがパワフルに継続されているんですよね。

若手を応援するフィンランドの作曲家たち

カイヤ・サーリアホ ©︎Maarit Kytoharju

──横山さんはサーリアホとどのように知り合ったのですか?

横山 カイヤのお嬢さんが、私に作品を委嘱してくれたのがきっかけです。その初演を、彼女のパパ、ママ、お兄ちゃんなど家族みんなが聴きに来てくれて、ママがカイヤだったんです。そのときからカイヤは、私のことを応援してくれていました。個人的なレッスンは受けていないけれど、「今度一緒にお話しましょうね」と言ってくださったのですが、私の方から連絡する勇気がなくて……。

ですから、カイヤが私を東京文化会館につないでくれたと聞いたときは驚きました。カイヤはいろいろな団体に「若い子のことも応援してね」と働きかけていたそうです。彼女がそんなふうに気にかけてくださっていたことを、亡くなってから知ったんです。

──サーリアホや、フィンランドの作曲家たちとの関わりで印象に残っていることはありますか。

横山 フィンランド語には敬語がなくて、目上の人ともファーストネームで呼び合うし、ベテランの人も若者を応援する雰囲気があります。カイヤも本当にいい人で、優しくて、まったく上から目線じゃないんです。いつも「頑張ってね」「あなたの音楽、よかったわよ」って声をかけてくださった。あと、彼女はとても背が高くて、写真でしか見たことがなかったので、はじめてお会いしたときは意外でした。

先日、フィンランドの作曲協議会の選挙があって、若い世代のメンバーをいいポジションに入れることに成功したんです。そういった面でも、若い作曲家にとってはチャンスがたくさんある国だと思います。

《地上から》での試み
つねに挑戦し、進化していくために

毛利文香 ©︎Sihoo Kim

──《地上から》の話に戻りますが、洗濯バサミで弦を挟むといった特殊奏法が登場しますね。「木製でおおよそ3.5cmのもの」という指定もあります。

横山 自分でもいろいろ試したんですが、洗濯バサミが小さすぎると振動で弾け飛ぶし、大きすぎると緩い、ということで中くらいのサイズを選びました。これで弦を挟むと金属っぽくて、音程のはっきりしない響きになるんです。

毛利 たしかに、サイズや材質でだいぶ音は変わりそうですね。一般的なミュートでも、いろいろな材質のものがありますし。

田原 横山さんは、今回どうして洗濯バサミを使おうと思われたんですか?

横山 私はパーカッシブな音が好きなんです。楽器に道具を取り付けること自体は、特段新しい奏法ではありません。でも私自身、こういう奏法による音をはじめて聴いたときにいい意味で驚いて、その気持ちを大事にしたいと思いました。

作風としては、1月11日(木)のレクチャーで演奏していただく独奏チェロのための《Circular Spell》(2018年)あたりの作品が転機になりました。以前は邦楽の唄みたいに、ひとつの音を長くつなげていくスタイルが書きやすかった。でも、自分にとって作りやすい音楽ばかりではなく、どんどん成長していかなければいけないと思っています。

ですから、以前書いた弦楽四重奏曲《Folklore》(2017年)で使った奏法は、《地上から》には登場しません。挑戦して、進化していくために、同じことはしませんでした。

作曲家と演奏家が協働する喜び

──先ほど、サーリアホの音楽について「力強さ」という言葉が出てきましたが、弦楽四重奏における「力強さ」は、どのように作られると思いますか?

毛利 単純な音量以外だと、音程の取り方でしょうか。これは弦楽四重奏に限らず、どんな室内楽でも大きな課題だと思います。音程の感覚って、人によって違うんですね。ちょっと高めの人がいたり、低めの人がいたり。そこがはまらないと、心に迫る、強度みたいなものが弱まってしまうんです。

田原 とくに弦楽四重奏はシビアですよね。4人それぞれの音程を持っているから、倍音が出にくくて、はまりづらい。

毛利 現代曲の、音程がはっきりしていないような作品でも、音の始まりや終わり、呼吸みたいなものが一緒にならないと、100%以上の力強さは出にくいですよね。

──公演に向けたリハーサルはこれからですが、どのように進行しそうですか?

田原 まずは弾いてみて、縦の線を合わせて、どんなふうに作られているのか、大事なところを見極めていく。現代曲でもどんな曲でも、こういう音楽の作り方は変えないようにしています。

毛利 とくに新曲では、全員が同じ地点から始めるので、いろんなことを試していくと思います。

田原 4人で音を並べることがまず大変。さらに、曲の立体的な響きや構造、パッションを出していく……。リハーサルを重ねないとそこまで到達できないので、がんばります(笑)。

──横山さんもリハーサルに立ち会われるのですね。

横山 はい、初合わせはオンラインで参加して、1月8日から現場に立ち会います。

毛利 こうして作曲家の方とお話しながら進められるのは、本当に勉強になります。現代曲の醍醐味ですね。

田原 昨年、『B→C バッハからコンテンポラリーへ』というコンサートのために友人たちに新曲を書いてもらって。公演前には友人たちからアドバイスしてもらったり、西村朗先生のレッスンも受けました。「なぜこの音をここに書いたのか」「なぜここに強弱記号があるのか」、作曲家本人の言葉で説明していただけると、自信になりますね。

田原綾子 ©︎Taira Tairadate

毛利 やっぱり、作曲家と直接話せるのは大きいです。疑問があったらすぐ聞けるし、意外とそこまで細かくやらなくてもよかったのか……なんてこともあったり。実際に作曲した本人の前で弾くのは、めちゃくちゃ緊張するんですけど。

田原 そう。「なんでこんなことになっちゃったの!」て思われたらどうしよう、みたいな(笑)。

横山 あの、《地上から》は響きの面白さと上昇するモチーフを伝えてもらえたら、あまり気にしなくて大丈夫です。

演奏者やアンサンブルによって、化学反応も情報の汲み取り方も違います。あくまでも人が演奏してくれるから、いろんな揺らぎがある。書いているときは音しか追っていなかった自分の作品が、生の演奏家を通すと、ずっとずっと深く聞こえてくる。それがすごく嬉しいです。

――本番の演奏を楽しみにしています! ありがとうございました。

公演情報

舞台芸術創造事業
現代音楽プロジェクト「かぐや」
2024113日(土)15:00
東京文化会館 小ホール

 【第1部】
ユハ・T・コスキネン:イザナミの涙[箏独奏](世界初演)
カイヤ・サーリアホ:テッラ・メモリア[弦楽四重奏]
横山未央子:地上から[弦楽四重奏](委嘱作品/世界初演)

【第2部】
かぐや the daughter tree(委嘱作品/世界初演)
原語(英語)上演/日本語字幕付き

原作:『竹取物語』及び与謝野晶子の詩に基づく
作曲:ジョセフィーヌ・スティーヴンソン
作詞:ベン・オズボーン
振付:森山開次

【出演】
ジョセフィーヌ・スティーヴンソン(ヴォーカル)*
森山開次(ダンス)*
*第2部のみ出演

山根一仁、毛利文香(ヴァイオリン)
田原綾子(ヴィオラ)
森田啓介(チェロ)
吉澤延隆(箏)

【公演詳細】
https://www.t-bunka.jp/stage/19084/

現代音楽プロジェクト
ジョセフィーヌ・スティーヴンソン レクチャー
2024年1月11日(木)19:00
東京文化会館 小ホール

【作曲家によるトーク】
ジョセフィーヌ・スティーヴンソン(作曲家)
横山未央子(作曲家)
聞き手:八木宏之/日本語通訳付き

【演奏】
ジョセフィーヌ・スティーヴンソン:《Anamnesis》
横山未央子:《Circular Spell》より
演奏:森田啓介(チェロ)

【イベント詳細】
https://www.t-bunka.jp/stage/19724/

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