辻彩奈の今を聴く自主公演
エマニュエル・シュトロッセと描く
イザイ、フランク、ルクー

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辻彩奈の今を聴く自主公演

エマニュエル・シュトロッセと描く

イザイ、フランク、ルクー

text by 小田島久恵
photo ©︎Makoto Kamiya

イザイに捧げられたふたつのソナタ

2017年のデビュー・リサイタル以来、2年に一度、定期的に紀尾井ホールで自主公演を行なっているヴァイオリニストの辻彩奈。これまでにピアノとのデュオのほか、バッハの《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ》全曲や室内楽など多彩な試みを成功させてきたが、2025年はピアニストのエマニュエル・シュトロッセとともにイザイ《悲劇的な詩 Op.12》、フランク《ヴァイオリン・ソナタ イ長調》、ルクー《ヴァイオリン・ソナタ ト長調》を弾く。シュトロッセとの共演は6年ぶり。

「2019年にナントのラ・フォル・ジュルネで初めて共演して、そのときフランクのソナタを弾いたんです。すぐに彼の音に惚れ込んでしまって、なんて素晴らしいんだろうって感動しました。必ずまた一緒に弾きたいと思っていたら、翌年のナントで今度はベートーヴェンのソナタを共演することになって。それも本当に素晴らしかったので、私から“一緒に日本でリサイタルをしてくれませんか? ”って申し込んだのです。すごく素敵な方で、喜んで引き受けてくださいました」(辻彩奈、以下同)

シュトロッセとフランクのソナタを日本で共演するのは初めて。お互いに以前とは違うフランクになっているはず、と再会を楽しみにしている様子。イザイの《悲劇的な詩》は演奏機会は比較的少ないものの、劇的要素の強い楽想が聴き手の心を釘付けにする引力をもつ濃厚な曲だ。冒頭にこの曲を持ってきた意図をたずねてみた。

「留学先のパリで習っていたレジス・パスキエ先生が、私に絶対向いているから弾いたほうがいいよとずっと言ってくださって。今回採り上げるのはピアノとのデュオ版ですが、オーケストラとの版もあって、ショーソンの《詩曲》のもとになったと言われています。14〜5分ある曲で、G線をFに下げるんですよ。そのこともあって、ちょっと仄暗い感じでリサイタルが始まるんですけど……。私はどちらかというと技巧的で華やかなコンチェルトが好きなのですが、《悲劇的な詩》のように共感しながら没入できる曲も向いているのかなと思いました」

ルクーのソナタは、24歳で夭折した作曲家がイザイに捧げた作品で、フランクのソナタと同じ芸術家に捧げられているという共通点をもつ。

「ルクーのソナタはずっと弾いてみたかった曲で、彼が22歳のときの作品ですが、フランクと似ているのかと思いきや、同じヴァイオリン・ソナタでもフランクは内向的な情熱と幸福感に溢れていて、ルクーは若さからくる情熱! といったようにまったく違う性格を持っています。

特に第1楽章の最後の方と、第3楽章にパッションを感じますね。技巧的な部分もあって、それも魅力的ですが……なんといっても第2楽章です。なぜ若くしてあんな人生の晩年のような楽想を書けたのか。ずっと長く連れ添ってきた夫婦が晩年になって人生を思い出しながらゆっくり歩いているみたいなイメージですが、それが8分の7拍子という独特すぎる拍子で書かれているんです。変拍子がときどき出てくるならわかるのですが、ずっと8分の7拍子で、だけどそれが本当に自然な音楽なんですね。初めて聴いたときは電車の中だったんですが、自然と泣けてしまいました。それくらい感銘を受けましたね」

アルゲリッチとの共演から得たもの

ピアノとのデュオでは共演者に絶大な信頼を置いているという。

「私は、ピアニストが音楽の核を作ってくれていると思っています。ピアニストによって音楽が変わるんです。こうしたいという自分の核はありますが、ピアノは音数も多いし、ピアニストの音楽性がふたりの作り出す音楽の元になっていると思っています。

マルタ・アルゲリッチさんとはこれまで3回共演しましたが、1回目のときは圧倒されすぎて、彼女の凄いオーラにビクビクしてしまいました。優しくてあったかい人なんですが、“本当にいる! 実在するんだ!”という感じで(笑)。“どう弾きたいの、あなたは? ”と聞いてくださっても、パッパッと答えられるわけがなく、彼女の音楽に飲み込まれてしまいました。

2回目の共演では自分の主張をはっきりさせたいと思い、イヴリー・ギトリスさんへのオマージュの公演だったんですが、彼女がギトリスさんとよく弾いていたというフランクの録音を事前に聴いたんです。それが“えっ?”ていうくらい自由で、本当にその舞台の、その瞬間を楽しんでいることが伝わってきました。“アルゲリッチさんはこういう自由な音楽のキャッチボールを楽しいと思うんだ”と、自分なりに考えて本番で色々やってみたら“よかった”と言ってくださって。それからコンサートでは、緊張はしますが、ものすごく純粋に音楽を楽しめるようなりました。ぽーんと投げたボールが、必ずぽーんと返ってくる面白さ……彼女からはその“会話”の楽しさを学んだと思います」

代役で味わった、追い込んだ先の達成感

子どもの頃は練習が好きではなかったけれど、人前で弾くことが好きだったと語る。

「これまで習った先生も厳しい方はほとんどいらっしゃらなくて、パスキエ先生も細かいことは言わず、なんてことないボウイングだったりフィンガリングだったり、音楽のスパイスみたいなものを与えてくれる方でした。パスキエ先生は温厚を絵に描いたような方で、たぶん天才すぎて手に入るものが入りすぎちゃったんだと思います。コンクールを受けなさいと言うタイプでもないし、ジャズを弾いてくれたり、レッスンも自分のペースで楽しみながら弾かせてくれました」

それでも、コロナ禍では海外アーティストの代役としてブリテンのヴァイオリン協奏曲を筆頭に多くの難曲を演奏した。

「コロナ禍での代役は、いい経験でした。ありがたかったですね。ブリテン、シマノフスキ……けっこうギリギリのタイミングで依頼をいただくんです。本番まで1ヶ月を切っていたりとか。なかでもブリテンは特殊で、技巧的にも難しかったんですが、大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会でオーケストラの重厚なサウンドを聴いた瞬間“こういう曲だったんだ!”と火がつきました。また演奏したいなと思います。だって、楽しくないですか? 追い込んだ先に達成感があるって。昔から負けず嫌いなのかもしれません」

愛用のヴァイオリンは1748年製のジョヴァンニ・バティスタ・ガダニーニ

「2017年2月からNPO法人イエローエンジェルの宗次德二オーナーからお借りしているガダニーニを弾いています。手元に来たときは男性ヴァイオリニストの力で鳴るようになっていて、今とはだいぶ違う質感でした。楽器の大きさは標準的で、やっと自分の思う音を出してくれるようになりました」

演奏する姿からは考えられないが「本番前は極度に緊張するタイプ」とのこと。そのプレッシャーさえも糧にして、舞台では火花を散らすサウンドを放つ。どんなときも、底なしの才能が彼女を守っている。

 

公演情報

辻彩奈 ヴァイオリン・リサイタル
2025年3月18日(火)19:00開演
紀尾井ホール

辻彩奈(ヴァイオリン)
エマニュエル・シュトロッセ(ピアノ)

イザイ:悲劇的な詩 Op.12
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
ルクー:ヴァイオリン・ソナタ ト長調

公演詳細:https://www.kajimotomusic.com/concerts/ayana-tsuji-violin-recital2025/

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