オーケストラが奏でる音楽による再生のメッセージ
NHK交響楽団6月公演

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オーケストラが奏でる音楽による再生のメッセージ

NHK交響楽団6月公演

text by 八木宏之

長い歴史を誇るNHK交響楽団の定期公演も、新型コロナウイルスの猛威という戦後最大の危機のなかで休止を余儀なくされた。定期公演の休止という非常事態の中でも、N響は毎月3つのプログラムの特別演奏会を開催してきた。若い才能の発掘や、これまで共演機会のなかった巨匠との出会い、そしてN響の名手たちに改めてスポットをあてるなど、趣向を凝らしてバラエティに富んだプログラムを組み、困難の中でもオーケストラの可能性を模索し続けた。この1年間、伝統の灯火は決して途絶えることはなかった。そして今、秋の定期公演再開を前に、N響は音楽による再生のメッセージを高く掲げる。

変革の交響曲

6月公演最初のプログラムには巨匠井上道義が登場し、シベリウスの交響曲第7ベートーヴェンの交響曲第3番《英雄》を指揮する。
昨年12月の公演でもN響の指揮台に上がり、得意の伊福部昭やロシア音楽で充実した演奏を聴かせてくれた井上道義。とりわけチャイコフスキーの交響曲第4番ではとてつもない集中力で圧巻の名演を残し、聴衆を熱狂させた。そんな井上道義が今回選んだのは交響曲2曲の硬派なプログラム。シベリウスの交響曲第7番は彼の最後の交響曲であり、彼はこの交響曲を1924年に完成させたあと、数曲の管弦楽作品を除き、1957年に亡くなるまで作品を残さずに30年の沈黙を貫いた。交響曲でありながら単一楽章で書かれており、謎の多いシベリウスの後半生を表すかのように、ドラマよりも精神的な静謐さを際立たせた作品となっている。

後半に演奏されるベートーヴェンの交響曲第3番《英雄》は、ベートーヴェンの人生の転機となった作品であると同時に、交響曲の歴史、さらには音楽史をも変えた作品と言えるだろう。ベートーヴェンは啓蒙主義の理念を象徴する存在としてのナポレオンに強く触発されてこの交響曲を作曲し、その後ナポレオンが皇帝に即位すると大いに失望して、「ボナパルト」というタイトルを「英雄」に改めたというエピソードはよく知られている。この交響曲でベートーヴェンはそれまでの古典派交響曲の歴史に終止符を打ち、新たにロマン派交響曲の歴史の扉を開けた。この交響曲以降マーラーに至るまで、交響曲はその規模を拡大し続けていく。交響曲というジャンルが作曲家にとって特別なものとなっていくのも、この《英雄交響曲》以降のことである。

謎と静けさに満ちたシベリウスの交響曲第7番と、音楽史を変えたベートーヴェンの交響曲第3番《英雄》。このふたつの交響曲を通して、井上道義はどんなメッセージを私たちに届けてくれるのだろうか。それはきっと、新しい変革の時代へと向かうポジティブなメッセージだろう。

井上道義 © Yuriko Takagi

今再び聴かれる幻の鎮魂交響曲

新型コロナウイルスが音楽家たちの国際的な往来を妨げるようになってから、日本人の名指揮者たちに再び大きな注目が集まっている。下野竜也もそのひとりだ。幅広いレパートリーと豊富な経験を誇る下野竜也は、N響と深い信頼関係を築き、昨年9月、今年2月に引き続いての登場となる。
ありきたりなプログラムを決して組まないのが下野竜也の魅力のひとつであるが、フィンジの《前奏曲》ブリテンの《シンフォニア・ダ・レクイエム》ブルックナーの交響曲第0という今回のプログラムも、強いこだわりを感じさせる。とりわけブリテンの《シンフォニア・ダ・レクイエム》に注目したい。この作品は、1940年(昭和15年)の紀元2600年を祝う作品として日本政府がブリテンに委嘱し、作曲されたものだ。紀元2600年記念事業として、日本政府はブリテンのほかにも、R. シュトラウス、イベールなど当時の国際的な作曲家たちに同様の奉祝曲を委嘱している。しかし、その委嘱に対してブリテンが作曲したのは、《シンフォニア・ダ・レクイエム》(鎮魂交響曲)というタイトルをもつ、管弦楽によるレクイエムであった。国家をあげての祝賀に相応しくないと判断され、結局この作品は演奏されなかった。この作品の日本初演は、戦後の1956年になってから、ブリテン自身の指揮するNHK交響楽団による演奏であった(下野竜也は2010年5月にもこの作品をN響と演奏している)。

なぜブリテンは祝賀に水を指すような鎮魂曲を書いたのか、この作品には謎が多い。はっきりと言えることは、 ブリテンが暴力と戦争を憎む反戦平和主義者であったということだ。晩年には第二次世界大戦の全ての死者を弔う《戦争レクイエム》を作曲している。この《シンフォニア・ダ・レクイエム》もブリテンのそうした強い信念が結晶化したものであろう。今再びこの作品がNHK交響楽団によって演奏されるとき、私たちは何を思うだろうか。その答えはひとつではないはずだ。この演奏会に集うすべてのひとが、この鎮魂交響曲にブリテンが込めたメッセージを受け取り、自分なりの答えを探す時間となる。

下野竜也 © Naoya Yamaguchi / Studio Diva

パーヴォの帰還

6月公演最後のプログラムでは、首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィがついにN響の指揮台に帰ってくる。オーケストラもN響ファンも、そしてパーヴォ自身もこの時を待ち望んでいたに違いない。パーヴォと同じくエストニア生まれの作曲家アルヴォ・ペルトの《スンマ》、名門ミュンヘン・フィルのコンサートミストレスに就任して注目を集める若き俊英、青木尚佳を迎えてシベリウスのヴァイオリン協奏曲、そしてニールセンの最高傑作交響曲第4番《不滅》というパーヴォの全てが凝縮されたようなプログラムである。

デンマークの作曲家ニールセンは、同時代に活躍したフィンランドのシベリウスとともに、北欧の交響曲のひとつの頂点を形作った。第一次世界大戦が始まる1914年から1916年にかけて作曲された交響曲第4番《不滅》は、シベリウスの交響曲第7番と同じく単一楽章で書かれており、2組のティンパニに導かれる壮大なクライマックスで名高い。第一次世界大戦という苦難のなかで、ニールセン自身も精神的に追い詰められながら作曲したこの交響曲は、「不滅」というタイトルの通り、不屈の精神で危機を乗り越えていくエネルギーに満たされている。長くこの交響曲は「不滅」のタイトルで親しまれてきたが、原題の「Det Undslukkelige」を直訳すると「滅ぼし得ざるもの=滅ぼすことのできないもの」となる。いかなる危機や困難のなかにあっても決して消し去ることのできないものとはいったいなんだろうか。音楽の灯火もそのひとつかもしれない。2組のティンパニの生み出す力強い響きは、未知のウイルスに立ち向かい、手を取り合って新しい時代を作り出そうとしている今の私たちに勇気を与えてくれるに違いない。

パーヴォ・ヤルヴィ © Kaupo Kikkas

NHK交響楽団 6月公演

■2021年6月5日(土)18:00/6日(日)14:00
サントリーホール
(5日)  https://www.nhkso.or.jp/concert/20210605.html?freude2104
(6日)  https://www.nhkso.or.jp/concert/20210606.html?freude2104

井上道義[指揮]

シベリウス:交響曲 第7番 ハ長調 作品105
ベートーヴェン:交響曲 第3番 変ホ長調 作品55《英雄》

■2021年6月11日(金)18:30/12日(土)14:00
東京芸術劇場 コンサートホール
(11日)  https://www.nhkso.or.jp/concert/20210611_2.html?freude2104
(12日)  https://www.nhkso.or.jp/concert/20210612_2.html?freude2104

下野竜也[指揮]

フィンジ:前奏曲 作品25
ブリテン:シンフォニア・ダ・レクイエム 作品20
ブルックナー:交響曲 第0番 ニ短調

■2021年6月16日(水)19:00/17日(木)19:00
サントリーホール
(16日)  https://www.nhkso.or.jp/concert/20210616_2.html?freude2104
(17日)  https://www.nhkso.or.jp/concert/20210617_2.html?freude2104

パーヴォ・ヤルヴィ[指揮]
青木尚佳[ヴァイオリン]

ペルト:スンマ(弦楽合奏版)
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47
ニールセン:交響曲 第4番 作品29《不滅》

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