ジョゼフ・フィブス 自然に芽吹くイギリス音楽
――ミューザ川崎ホールアドバイザー小川典子の「孤独と情熱」公演

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ジョゼフ・フィブス 自然に芽吹くイギリス音楽

――ミューザ川崎ホールアドバイザー小川典子の

孤独と情熱」公演

text by 鉢村優
cover photo by Malcolm Crowthers

古いものへの愛着
民謡や土着のものへの親近感

英国の作曲家ジョゼフ・フィブスをテーマとした演奏会が2024年2月23日(金・祝)にミューザ川崎シンフォニーホールで開催される。

1974年ロンドン生まれのフィブスはパーセル音楽院で学び、のちにバートウィスルに師事した。「この世代で最も成功した作曲家のひとり」と評される彼の作品は、サカリ・オラモやレナード・スラットキンといった世界的指揮者とロンドン交響楽団やBBC交響楽団などによって英国を中心に演奏されている。団体・個人をとわず委嘱作品も多い。楽器の可能性を駆使するような音楽作りに加え、簡潔な楽章の中で、非常に幅広い情感の表現を求められる点が魅力的なのだという。フィルハーモニア管弦楽団の委嘱で作曲された《Rivers to the Sea》は2012年にエサ=ペッカ・サロネン指揮で初演され、英国作曲家賞の管弦楽部門を受賞した。2023年10月には室内楽の殿堂ウィグモアホールで個展が開催され注目を集めた。

 「イギリスの作曲家」という形容は意味のないものだと思う、個々の作曲家の音楽的DNAをたどることはできないし、「英国風」の音楽なんて定義できないのだから……とフィブスはいう。しかし彼の音楽そのものは、血脈を体現してやまない。

ジョゼフ・フィブス ©︎Malcolm Crowthers

まず、フィブスには往年の作曲家や楽曲に取材した作品群がある。古いものへの愛着・参照といった新古典主義的傾向は、2023年10月の個展でも演奏され好評を博した《Cantus, After Bach》、バロック時代の組曲を下敷きにした《Partita》、ヘンデルのシンフォニアを編曲した《Veloce, After Handel》など多くの作例で見られる。言葉の輪郭がはっきりと聞こえ、イギリス英語の響きが素直に届く声楽曲も特筆すべきものである。テューダー朝時代の歌による独唱曲集《Three Tudor Songs》より〈As the Holly Groweth Green〉と〈Pastime with Good Company〉や、合唱曲《Moon Is Silver, Moon Is Bright》は話し言葉のように自然でありながら、音楽の豊かな陰影を背にして独自の響きを作り出す。こうした英語の扱いにはブリテンの影響が感じられ、特に後者の、子音がガラス細工のように重ねられていく響きにブリテン愛が滲む。「イギリスらしくないからこそ、20世紀イギリスの作曲家でブリテンが一番好き」と語る晦渋さもまた、いわば英国的気質であろう。ブリテンの影響は最新作《弦楽五重奏曲》(2023年10月の個展で初演)を含め多くの作例で指摘されている。

もうひとつ特徴的なのは、民謡や土着のものへの親近感である。フィブスは好きな作曲家として他にバッハ、シューベルト、ラヴェル、バルトーク、ルトスワフスキを挙げているが、ここで注目したいのはバルトークである。バルトークは故郷ハンガリーや東欧、そして南スラヴの人々に伝わる音楽を研究し、その成果を自身の音楽に反映させた。《15のハンガリーの農民の歌》や《44のヴァイオリン二重奏曲》のような編曲はバルトークの代表作の一つである。こうしたフォークロアへの関心は英国クラシック音楽にも深く根を張る。イギリスの民謡や民俗舞踊の収集研究で知られるR.ヴォーン=ウィリアムズを筆頭に、《春初めてのカッコウを聴いて》のディーリアス、そして日本では近年爆発的な人気を集めたG.フィンジとも強いつながりを感じさせる。かれらイギリス系の作曲家に共通する抒情性は、自然や民謡から生まれ、作曲家の個性を通じて匂い立つのである。

フィブスとの出会いの提案としてweb上にプレイリストを公開した。代表作をなるべく広くカバーし、関連作品を前後に置くことでフィブスの音楽像が立体的に立ち上がるよう工夫している。

ジョゼフ・フィブスを知るためのプレイリスト
Selected by 鉢村優

※各トラックについてのコメントはミューザ川崎シンフォニーホールのブログをご覧ください。
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/blog/?p=24051

素直さ、素朴さにひそむ
都会的な洗練と現代的なきしみ

本公演を企画したミューザ川崎ホールアドバイザーでピアニストの小川典子は、武満徹の「僕は作曲家のツリーの一部になりたい」という言葉に触れる。「現代音楽というとバッハやベートーヴェンのいるツリーとは別枠だと思われがちですが(中略)、今の作曲家たちもツリーの葉っぱの一枚」。その信念が新作の委嘱・初演、そして今を生きる作曲家そのひとの紹介活動につながっている。

小川典子 ©︎Patrick Allen operaomnia.co.uk

フィブスは自然に芽吹いたような音楽が好きなのだという。もちろんその背景に沢山の努力と労苦はあるのだけれど、それが美しさのうちにまったく隠されてしまった音楽を好む。知的好奇心で聴くのではなく、ただただ美しい、素晴らしいと思うのだと。もちろん作品が知的に面白くあることは可能だけど、そうでなくてもいいはずだ、とフィブスはいう。漁のかたわらに、畑のただなかに民謡があったように、心と頭を、身を浸すことのできる素直さ、素朴さ、それがフィブスの音楽である。そこに都会的な洗練と現代的なきしみがひそんでいる。

彼の音楽には匂いがある。日没につれて濃くなる夜風の匂い、冷気で色を失う真夜中、夜明けには真っ白な霧が立ち上り、薄陽に照らされて鳥たちが目覚める朝の匂い……その微かだが確かなうつろいは、ホールの音響解像度でこそ体験されるものだろう。特に、世界的奏者、須川展也を迎えて演奏される《Night Paths》では、音の精妙な移り変わりが得意なサクソフォンらしく繊細な音楽が期待される。ヴィンヤード型を活かして包み込むような音響のミューザ川崎も格別の環境である。

須川展也 ©︎Toru Hasumi

公演の2日前にはフィブス本人を迎えてトーク&レクチャーも行なわれる。いまを生きる作曲家との出会いや接点を作る仕事は、小川典子が自身の使命として取り組んでいる活動である。大ホールで行われる本公演とは異なり、手を伸ばせば届く距離感で作曲家自身の言葉と作品に触れる。聞き手役を務める作曲家、菅野由弘氏によってクリエイターの視点からもフィブス音楽の新たな横顔が彫り出されるだろう。

聴いて 路傍の響き
ひとりは寂しく、ひとりは燃えて
思い、感じて、行き交う人ら

《Night Paths》のイメージとしてフィブスは夭逝詩人ニコラス・ハイニー(Nicholas Heiney /1982-2006)の詩を挙げた。短い詩句の中に、時間の流れや、言葉に把捉できないたくさんの情感が凝縮され、フィブスの音楽世界そのものを示唆するようである。

公演情報

ホールアドバイザー小川典子企画
孤独と情熱

2024年2月23日(金・祝)14:00開演
13:00開場 13:20~13:40プレトーク
ミューザ川崎シンフォニーホール

小川典子(ピアノ)
須川展也(サクソフォン)★

ジョゼフ・フィブス:NORIKOのためのセレナータ(2018年小川典子委嘱作品)
ジョゼフ・フィブス:5つのやさしい小品
シューマン:3つのロマンス Op.94 ★
ラヴェル:ソナチネ 嬰ヘ短調
ジョゼフ・フィブス:ソナチネ(小川典子委嘱作品/世界初演)
ジョゼフ・フィブス:Night Paths(日本初演) ★
シューマン:交響的練習曲 Op.13

公演詳細:https://www.kawasaki-sym-hall.jp/events/calendar/detail.php?id=3306

【関連企画】
ジョゼフ・フィブス トーク&レクチャー
~作曲家は生きている~

2024年2月21日(水)14:00開演
ミューザ川崎シンフォニーホール 市民交流室

出演:ジョゼフ・フィブス
菅野由弘(日本作曲家協議会会長)
小川典子
※日本語通訳あり

企画詳細:https://www.kawasaki-sym-hall.jp/events/calendar/detail.php?id=3661

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