オープン・リハーサル見学のすすめ
「おんがくの寺子屋みのお」体験記

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オープン・リハーサル見学のすすめ

「おんがくの寺子屋みのお」体験記

text by 原典子

音楽について「もっと知りたい」「理解したい」と思ったとき、コンサートに行ったり、音楽書を読んだり、アルバムを聴いたり、インターネットで情報を集めたり……より深く知る方法はいろいろあるだろう。でも探求すればするほど、わからないことが増えていくのがクラシック音楽沼というもの。そこでおすすめしたいのが「オープン・リハーサル」だ。

練習の様子を一般に公開するオープン・リハーサルは、昨今あちこちのオーケストラやアンサンブルで行なわれている。多くの場合は無料で、情報さえ入手できれば気軽にアクセス可能。この記事では、FREUDEでもおなじみ大阪の箕面市メイプル文化財団が《身近なホールのクラシック》シリーズの一環として今年5月に主催した「おんがくの寺子屋みのお」のオープン・リハーサルと室内楽演奏会の様子をお届けする。

好きな時間に、思いおもいのスタイルで

大阪梅田から阪急電鉄に乗り、石橋阪大前駅で箕面線に乗り換え、箕面市立メイプルホールのある箕面駅の2つ前の桜井駅で下車、閑静な住宅街を10分ほど歩いたところに「箕面市立西南生涯学習センター」がある。2018年に新築されたばかりの建物は小ぶりながら洗練されていて、古びた公民館のような薄暗い雰囲気は皆無。入ってすぐのロビーには自由に飲食できるテーブルと椅子が並べられ、子どもたちのプレイルームも完備されている。近隣住民が自然に集まってくる場であることがすぐにわかった。

箕面市立西南生涯学習センター

ここの1階奥にあるホールで、「おんがくの寺子屋みのお」のオープン・リハーサルが行なわれていた。4日間にわたる期間中、午前11時から午後8時まで、4組のアンサンブルが2時間ずつリハーサルをしていく。私が見学したのはその4日目、翌日にメイプルホールでの室内楽演奏会の本番を控えたリハーサルだった。

「おんがくの寺子屋」は、座長であるNHK交響楽団首席ヴィオラ奏者の村上淳一郎のもとに、プロの演奏家として活動する有志のメンバーが集まり、アンサンブルのオープン・リハーサルを通して聴き手と一緒に音楽をつくり上げていく、いわば勉強会のようなもの。年に2〜3回、関西を中心に各地で開催されていて、箕面での開催は2回目となる。「寺子屋とマスタークラスはまったく違うものです。寺子屋は基本的には僕がリードしますが、演奏家自身が頭の中にあるイメージやアイデアを、どう表現していくかを学び合う場」だと村上は語る。

村上淳一郎

オープン・リハーサルでは、平土間のホールの中央にアンサンブルが座り、そのまわりを一般の見学者たちが囲む。私が訪れた日は金曜とあって、昼間は近隣住民と思しき高齢の方々、夕方から夜にかけては学校や会社帰りの若い方々が見学に来ていて、じつに老若男女さまざま。好きな時間にふらっと入ってきては、思いおもいのスタイルで音楽を受け取り、ふらっと出ていく。

なかでも「こういう楽しみ方はいいなあ!」と思ったのは、スコアを持参して見学するスタイル。コンサート会場では手元が暗く、ページをめくる音の問題などもあって、スコアを見ながら演奏を聴くことは難しいが、オープン・リハーサルでは堂々とそれができる。演奏家と同じ譜面を追うことで、どこでなにが起こっているのかが手にとるようにわかり、作品に対する解像度が格段に上がるに違いない。

そうかと思えば、眠っている赤ちゃんを抱っこしながら演奏に耳を傾けている方も。おそらくプレイルームでお子さんを遊ばせていて、疲れて寝たので、ホールに入ってこられたのだろう。ほんの束の間ではあるけれど、子育て中はなかなか触れられない生演奏の響きに、赤ちゃんと一緒に気持ちよさそうに浸っていらっしゃる姿が印象的だった。

平面のスコアから音楽が立ち上がってくる

その日のリハーサルは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第9番からスタートし、ボッケリーニの弦楽五重奏曲 ホ長調 作品11-5、J.S.バッハのブランデンブルク協奏曲第6番より(ヴィオラ四重奏版)、ブラームスの弦楽五重奏曲第2番と続いていく。4組のアンサンブルはそれぞれメンバーが違うが、村上はすべてのアンサンブルにヴィオラ奏者として参加しているため、2時間×4組で8時間ほとんど弾き通し。それでも「音楽しているから疲れはまったくありません。作品がエネルギーをくれるので」と言って精力的に動き回る。一緒に弾きながら、問いを投げかけたり、提案したり。ときには見学者も含めてみんなで考えたり。それは決して「指導」ではなく、村上の立場はまさに「座長」という名にふさわしい。

そして座長は、作品の魅力と演者たちの表現が最大限に引き立つ効果を考える「演出家」でもある。たとえばベートーヴェンでは、ヴィオラが刻みはじめ、次に2ndヴァイオリンが入り、チェロが入り、最後に1stヴァイオリンが入って、全員がクレッシェンドしていく部分のドラマを意識するよう村上がアドバイスすると、演奏にみるみる躍動感が出てくる。ボッケリーニでも、「ここでチェロが入ってきたとき、ほかの楽器はどういう音色で弾くのがいいと思う?」「繰り返しの部分はどういう表現をすると効果的かな?」と問いかける。

こうした村上のアドバイスや問いかけは、難しい話ではまったくない。演奏の解釈といった理論的な話ではなく、人間の生理に即した演奏効果の話である。いかに聴き手をハッとさせられるか、時間の感覚にマジックをかけられるか、イマジネーションを広げられるか――スコアから作曲家のアイデアを汲み取り、演奏効果を考える。すると平面に書かれたスコアから、立体的な音楽が立ち上がってくる。

音楽は完成したら、死んだも同然

4日間にわたるリハーサルを終え、5日目はいよいよメイプルホールでの本番。オープン・リハーサルを見学していた方も多く聴きに来ていたが、リハーサルでじっくり作品と向き合ってから本番を聴くと、受け取れる情報も格段に多い。

ブランデンブルク協奏曲はヴィオラ四重奏版ということで、音域が近いため音が混ざってしまわないよう、本番直前のステージ上でのリハーサルでも、椅子の位置を調整しながら入念に響きをつくっていた。ブラームスでは、力感に満ちた輝かしいフォルテ、アンサンブルが一体となって生み出される大きなうねりが掉尾を飾る。

「本番を迎えたからそこで終わりというわけではありません。さあ仕上がった、この曲はこれで完成だなんて言った瞬間に、それはもう躍動しない、死んだも同然。音楽はいつまでも生き続け、我々はずっと探求し続けなければなりません。たまたま今日という日が本番で、現時点での演奏を皆さんと共有するのであって。作曲家の魂と、ここにいる皆さんの魂がひとつになって、偉大なる作品の世界を追体験していただければと思います」

村上がトークでそう語ったように、「おんがくの寺子屋」の果てなき探求の旅は、演奏家と聴衆の境界を溶かしながら、これからも続いていくのだろう。オープン・リハーサルは、音楽の本質に触れたいと思う人すべてに開かれた場である。

 

主催:公益財団法人箕面市メイプル文化財団
助成:一般財団法人地域創造
https://www.minoh-bunka.com

※次年度は、2027年1月~2月にオープン・リハーサルを開催予定
https://minoh-bunka.com/2025/11/01/classic2026lineup/

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