芸劇オーケストラ・アカデミー・フォー・ウインド
(GOA)が若手音楽家に託したいもの
――ミュージック・アドヴァイザー福川伸陽に聞く
text by 東ゆか
「芸劇オーケストラ・アカデミー・フォー・ウインド(GOA)」は、プロのオーケストラ奏者を目指す若手管楽器奏者を対象に、東京芸術劇場が開講しているアカデミー。音楽表現とセルフプロデュース力の向上をミッションに掲げ、前身の吹奏楽アカデミーを含めて約10年にわたり80名以上の音楽家を輩出してきた。
アカデミー生はレッスンや合奏で演奏技術を磨きながら、ソロや室内楽のコンサート、東京芸術劇場関連の公演やイベントにも出演する。さらにはセルフマネジメント、法律、お金のことなど、音楽家が知っておくべきことも学ぶことができる。
GOAのミュージック・アドヴァイザーを務めるのは、現在フリーのホルン奏者として幅広く活躍する福川伸陽。「アカデミーの卒団生と演奏現場で再会することがなによりもうれしい」と語る福川に、GOAが若手音楽家に託したいものはなにかを尋ねた。

僕が学びたかったこと、そして学んできたことを伝えるGOA
――アカデミー生は音楽大学を卒業し、音楽家としてのキャリアを踏み出そうとしている若手奏者たちです。レッスンのほか、キャリアアップゼミやコンサートの機会など、豊富なカリキュラムが魅力ですが、どのような理念のもと、どんなことを教えたいとお考えですか?
まず、GOAは音楽大学では学べないことを学べる場所にしたい、そして僕自身が学んできたことをアカデミー生に伝えたいという想いが出発点です。そのために、演奏以外のことを教えるキャリアアップゼミと、楽器の垣根を超えたレッスンや合奏を組み合わせたカリキュラムを設けました。
僕は大学2年生を終えて日本フィルに入団したので、プロの音楽家として活動するにあたって、はじめは知らないことだらけでした。演奏以外のことはもちろん、肝心の演奏も大学のオーケストラの授業で僕が吹いていたのはウィンナー・ワルツの裏打ちぐらいだったので、オーケストラでどんな音を出したらいいのかわかるはずもありません。
自分で考え、先輩からもアドバイスをいただきながら、オーケストラの中で、ほかの楽器と共に演奏した経験が、僕のテクニックや表現力を広げてくれました。アカデミー生たちも、なるべく早い時期から多くの楽器と関わることで、さまざまな角度から刺激を受けてほしいと思っています。

音楽家に求められるセルフプロデュース力
――福川さんの駆け出しの頃と比べて、今の音楽家にはどんな力が求められていると感じますか?
最近はセルフプロデュースやセルフプロモーションをSNS上で発信することがとても重要になっています。最終的には演奏そのものが人の心を掴むと信じていますが、仕事を得るためには演奏技術の高さと並んで、SNSなどでの自己アピール力も必要です。
では、どうやって自己アピール力を身につけるのかというと、まずはその曲を演奏する意味や、オリジナリティのある演奏とはなにかを知ることです。その確信が自己アピール力につながると考えています。卒団前に、30分のリサイタル・プログラムを企画から制作まで自身で手がける「ショーケース」は、そういったことを考えるきっかけになるのではないでしょうか。
さらに、より多くの人に演奏を聴いてもらうためには、コンサートの資金集めや運営など、事務的な知識や能力も必要です。やりたいことをどう実現させるかを考えることは、絶対に演奏にも生きるはずです。プロデューサー的な視点を持つことが、今の音楽家には欠かせないのです。GOAでは、その力を育むためのキャリアアップゼミも設けています。

音楽の喜びを知っていることが自信につながる
――最近の音大生を見ていると、素晴らしい実力を持っているのにとても謙虚というか、ちょっと自信がない面があるのではと感じることもありますが、そういったマインド面についてはどう思いますか?
アカデミー生の皆さんも、大学時代はきっと自信にあふれていたと思うんです。ところが大学を出て自分よりもはるかに上手な人と出会ったり、オーディションに落ちたりすることで自己評価が下がってしまいます。そういった刺激は向上心を呼び覚ます作用もありますが、自信を奪ってしまうこともあります。でも、そこに打ち勝ってほしいのです。
自信を持ち続けるには自分の好きなもの、つまり、音楽の本質的な魅力や感動を知っているかどうかが鍵になります。たとえばオーディションで頻繁に演奏する曲は、どうしても作品を演奏する喜びが失われてしまいがちです。初めて聴いたときの喜びや感動を忘れないでいてほしい。そして僕やほかの講師の言葉が、そのための助けになればと願いながらレッスンをしています。
――自分の楽器はもちろん、別の楽器や弦楽器、ピアノ、声楽の講師からもレッスンが受けられることがGOAの魅力です。アカデミー生の専攻とは違う楽器を指導する講師には、どのような視点でのレッスンをお願いしていますか? また、アカデミー生の反応はいかがですか?
たとえば、木管楽器のアカデミー生がバッハの《無伴奏チェロ組曲》をレッスンに持ってきたら、チェロの講師には「ボウイングの視点でアドバイスをしてほしい」、声楽の講師には「フレーズとブレスの関係を見てください」とお願いしたり。でも、基本的には自由に思ったことを伝えてくださいとお願いしています。
講師によってアプローチの仕方は異なりますが、最終的には楽器の制約にとらわれず、「なにを表現したいのか?」という音楽の本質を突き詰めるようなレッスンをされています。アカデミー生たちは毎回「音楽ってなんだろう?」という新鮮な気持ちになり、次の演奏に活かそうとしているのではないでしょうか。

音楽家としての命題を問い続けるGOAでの3年間
――福川さんがホルンのアカデミー生に指導される際は、どのようなことを伝えていますか?
演奏については皆、基礎はできているので音楽の味付け的な部分と、オーケストラのオーディションでの自分の見せ方をアドバイスすることが多いです。「もっとこんなふうに演奏したら、自分の技量を見せることができるのではないか」ということを、オーディションを聴く側だった立場からアドバイスしています。
しかし、本当の理想は、自分が好きなように演奏して受かることだと思うんです。だって自分とまったく違ったスタイルの演奏をして合格したところで、後々苦しくなるだけですから。本当に自分のスタイルを貫きたいのなら、それに合ったオーケストラに入ったほうがいいという話もします。
そうすると、本当に入りたいのはどの団体なのか、もしかしたらオーケストラではないのかもしれない。オーケストラだけにこだわらない広い視野で、アカデミー生に合った活躍の場所はどこなんだろう? ということを一緒に考えることもあります。
――オーケストラ入団だけが管打楽器奏者のキャリアのゴールではないのですね。
もし、オーケストラに入れたとしても、その後も音楽家人生は続きます。オーケストラは固定メンバーで音楽を作り上げられる魅力がある一方で、音楽家としてのインスピレーションが枯渇してしまうこともあります。オーケストラに入っても入らなくても、この後自分はどのような音楽家、芸術家になりたいのか、そんな命題をアカデミー生の皆さんに3年間投げかけたいと思っています。その問いに向き合う時間こそが、GOAでのかけがえのない学びになると信じています。

福川伸陽 Nobuaki Fukukawa
世界的に活躍している音楽家の一人。NHK交響楽団首席奏者としてオーケストラ界にも貢献した。ソリストとして、 NHK交響楽団、パドヴァ・ヴェネト管弦楽団、京都市交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、大阪交響楽団他と共演。
ロンドンのウィグモアホールをはじめ、ロサンゼルスやブラジル、アジア各国でリサイタルをするなど、世界各地から数多く招かれている。
東京音楽大学准教授、国際ホルン協会評議員。
公演情報
芸劇オーケストラ・アカデミー・フォー・ウインド(GOA)
第1回 ライジングスターズ・コンサート
2026年1月16日(金)14:00
東京芸術劇場 コンサートホール公演詳細:https://www.geigeki.jp/performance/concert325/
芸劇オーケストラ・アカデミー・フォー・ウインド(GOA)webサイト:https://www.geigeki.jp/special/goa/
