広上淳一 オーケストラ・アンサンブル金沢 アーティスティック・リーダー就任インタビュー
街の誇りとなるオーケストラを目指して

広上淳一 オーケストラ・アンサンブル金沢 アーティステック・リーダー就任インタビュー

街の誇りとなるオーケストラを目指して

text by 八木宏之
写真提供:オーケストラ・アンサンブル金沢

日本初のプロの室内オーケストラ

広上淳一がオーケストラ・アンサンブル金沢(以下OEK)のアーティスティック・リーダーに就任するというニュースを聞いたとき、私は少し驚いた。というのも、京都市交響楽団の常任指揮者を2022年3月で退任したあとは、自由な立場で全国のオーケストラに客演すると広上自身が語っていたからだ。しかし京響を日本屈指のオーケストラに育て上げたその手腕には、全国のオーケストラからオファーが絶えなかった。広上はなぜ、OEKのシェフを引き受けたのか。なぜ音楽監督や常任指揮者ではなく「アーティスティック・リーダー」なのか。広上は金沢の地で、来年創設35年を迎える名門室内オーケストラとどんなことを成し遂げようとしているのか。就任披露公演を直前に控えた広上に話を聞くべく、まだ夏の暑さが残る金沢へと出かけ、『岩城宏之メモリアルコンサート』で両者の共演を聴いた。

OEKは指揮者の岩城宏之のもと、日本初のプロの室内オーケストラとして1988年に創設された。設立当初から多くの外国人メンバーが加わり、国際色豊かなオーケストラであることも特徴であった。今でこそ、全国のオーケストラに外国人プレイヤーの姿が見られるようになったが、そうしたグローバルなオーケストラは当時の日本ではまだ珍しかった。岩城は2006年に惜しくもこの世を去るが、その後も井上道義とマルク・ミンコフスキが岩城の意志を継いで、このオーケストラのアンサンブルに磨きをかけてきた。

『岩城宏之メモリアルコンサート』は、創設者岩城の功績を讃えて毎年行われているもので、今年は9月10日に石川県立音楽堂で開催された。この公演は北陸に縁を持つ優れた音楽家を表彰する「岩城宏之音楽賞」の受賞コンサートも兼ねている。2022年度はソプラノ歌手の竹多倫子が受賞者に選ばれ、広上とOEKをバックに力強い熱唱の数々を聴かせた。とりわけコルンゴルトの《死の都》のマリエッタのアリア〈私に残された幸せ〉では、多彩な音色をフレーズごとに巧みに使い分けた繊細な音楽表現が光り、金沢の音楽ファンから熱狂的な拍手を受けていた。

写真提供:オーケストラ・アンサンブル金沢

人生最後の大仕事

岩城はOEKにとって今日まで重要な精神的支柱であり続けているが、広上がこの度アーティスティック・リーダーを引き受けたのも、岩城の存在が大きかったという。

「京都での仕事をやり遂げたら、悠々自適に過ごすつもりだったんですが、夢枕に岩城先生が立って、おい広上!OEKの元気がないぞ、なんとかしろ!とおっしゃったんです。岩城先生は私の師匠である外山雄三先生の盟友でもあります。岩城先生にそう言われたら、やるしかありません。それで、人生最後の大仕事としてOEKのポストをお引き受けすることにしました。とはいえ、これまでいろいろなオファーを断ってきた経緯もあるので、ポストの名称は音楽監督や常任指揮者ではなく“アーティスティック・リーダー”にしてもらいました」(広上淳一、以下同)

広上がOEKの指揮台に初めて立ったのは2003年のこと。以来、『いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭』を含め、20回以上の共演を重ねてきた。『岩城宏之メモリアルコンサート』でも、尾高惇忠の《音の旅》(オーケストラ版全曲初演、尾高は広上の恩師)では広上らしい深い呼吸と豊かな「うた」をオーケストラから引き出す一方、モーツァルトの交響曲第36番《リンツ》ではところどころアンサンブルをオーケストラに委ねるなど、演奏から互いによく知る旧知の間柄であることをうかがわせた。モーツァルトの《リンツ》は、OEKが最も得意とするレパートリーであり、その流暢な語り口はオーケストラの35年の蓄積が可能にしたものだが、広上はそうしたOEKの伝統を尊重しながらも、第4楽章ではよりダイナミックな音楽表現に踏み込み、今後両者がつくりあげていく新時代を予感させた。

「OEKとは長い付き合いです。これまでポストはなかったけれど、互いに成長を見守ってきた仲なので、ドキドキしながら探り合う関係ではありませんし、相手がどんな音楽をしたいのか、ある程度はわかっていると思います。OEKのメンバーひとりひとりのレベルが高いことはよく知っているし、そこは心配していないんです。護るべきものは大切にしながら、新しいことにもチャレンジする。岩城先生、井上先生、ミンコフスキ先生のレガシーを受け継いで、それを花開かせたいと思っています」

写真提供:オーケストラ・アンサンブル金沢

岩城先生の夢を叶えたい

インタビューのなかで広上は「岩城先生の夢」という言葉を繰り返し語っていた。広上が岩城から受け継ぐ夢とはなんなのか。そして広上はその夢をどう実現しようと考えているのだろうか。

「金沢市は人口46万人の中規模都市ですが、ヨーロッパのこの規模の都市にはだいたい2管編成のオーケストラがあって、そこに住む人々の誇りとなっています。そうしたオーケストラを金沢に作るのが岩城先生の夢だったのではないでしょうか。1980年代にはヨーロッパを中心に室内オーケストラがひとつのブームとなっていましたから、そうした背景もあってOEKは日本で最初のプロの室内オーケストラとしてスタートしたのです。私は、OEKを岩城先生の夢だった“街の誇りとなるオーケストラ”にしたいと思っています。クラシック音楽は難しくて敷居が高いというイメージを取り除き、お客さんを増やしてホールを満席にすることが私の使命です。世界レベルのポテンシャルを持つオーケストラと、JR金沢駅に隣接した立地も音響も素晴らしいホールがあるのですから、それを活かしてまずは地域との結びつきを強め、金沢の人々にファンになってもらう。そして北陸地方にお客さんの輪を広げて、いずれは東京から聴きに来てもらえるようなオーケストラを目指します。そうしたことが金沢に住む人々の誇りとなり、オーケストラの発展を促していくのです」

プレトークに臨む広上淳一と池辺晋一郎 写真提供:オーケストラ・アンサンブル金沢

前日のリハーサル終了後には地元テレビ局に駆けつけ情報番組に生出演。本番当日も、公演前には野外ステージで作曲家の池辺晋一郎(石川県立音楽堂洋楽監督、OEK顧問)とのプレトークに臨み、公演後は地域誌の取材に応じて地元金沢のご当地グルメ「ハントンライス」の食レポにも挑戦するなど、広上はオーケストラの顔として、地元のファンを増やす活動に就任披露公演前から精力的に取り組んでいた。地元のメディアも広上のアーティスティック・リーダー就任を積極的にとりあげて、OEKの新時代を盛り上げる。
いよいよ9月18日に就任披露公演を迎えるが、その門出に広上が選んだのはベートーヴェンの交響曲第3番《英雄》であった。

「ベートーヴェン先生の《英雄》は、モーツァルト先生の《リンツ》と同じく王道中の王道であり、岩城先生の作った室内オーケストラのサイズでも、無理なく哲学を語ることができる作品です。岩城先生とOEKのレガシーに敬意を表して、ベートーヴェンの《英雄》でスタートすることにしました。神尾真由子さんがお客さんと一緒に音楽を楽しみたいと選んだピアソラの《ブエノスアイレスの四季》もあります。ぜひ私たちの新たな門出をホールで見届けていただきたいと思っています。
またこれからの演奏会には旬の若手指揮者北陸地方の才能溢れるソリストがたくさん登場するので、どうかアーティスティック・リーダーの公演だけでなく、年間を通してOEKの活動に注目していただきたいですね」

自由気ままな巨匠生活を捨て、もうひと仕事やり遂げると覚悟を決めた広上淳一のOEK新時代からしばらく目が離せない。

公演後には地元金沢のご当地グルメ「ハントンライス」の食レポも。
広上は地域とオーケストラの結びつきをなにより重視している。
写真提供:オーケストラ・アンサンブル金沢

公演情報

オーケストラ・アンサンブル金沢
第458回定期公演フィルハーモニー・シリーズ

広上淳一 アーティスティック・リーダー就任披露公演
2022年9月18日(日)
14:00開演(13:00開場)
石川県立音楽堂コンサートホール

広上淳一(指揮)
神尾真由子(ヴァイオリン)
オーケストラ・アンサンブル金沢(管弦楽)

コダーイ:《ガランタ舞曲》
ピアソラ:《ブエノスアイレスの四季》
ベートーヴェン:交響曲第3番《英雄》

公演詳細:https://www.oek.jp/event/4565-2

9月18日と同じ内容で以下の公演あり

第46回名古屋定期公演
2022年9月21日(水)19:00開演 三井住友海上しらかわホール
公演詳細:https://www.oek.jp/event/4749-2

大阪定期公演
2022年9月23日(金祝)14:00開演 ザ・シンフォニーホール
公演詳細:https://www.oek.jp/event/4747

東広島公演
2022年9月24日(土)14:00開演 東広島芸術文化ホール
公演詳細:https://www.oek.jp/event/4761

境港公演
2022年9月25日(日)14時開演 境港市民交流センター「みなとテラス」
公演詳細:https://www.oek.jp/event/4791

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