<Review>
上岡敏之×大阪交響楽団
シューマン交響曲全曲演奏会[Vol.1]
若々しい抒情、豊かな「歌」
text by 増田良介
photo ©︎樋川智昭
上岡敏之指揮 大阪交響楽団
シューマン交響曲全曲演奏会[Vol.1]2026年6月18日(木)19:00
大阪・箕面市立メイプルホール 大ホールシューマン:交響曲第1番《春》
シューマン:交響曲第4番
迷いながら、あたりを窺いつつ出てくる《春》
箕面はいい街だ。市街地のすぐ北に、有名な大滝のある箕面国定公園があり、北摂山地の山麓には閑静な高級住宅地が広がる。飲食店もいい店がたくさんあって街歩きも楽しい。さて、そんな箕面が、このところ音楽でも注目を集めている。遠くからでも聴きに行きたくなるような魅力的な演奏会がいろいろと企画されているのだ。
その中心的な会場が、1988年にできた箕面市立メイプルホールだ。阪急箕面駅から徒歩10分のところにある、いわゆる多目的ホールで、筆者も、桂米朝一門会などで何度か行ったことがあったが、オーケストラの演奏会は、最近になるまで聴いたことがなかった。
ところが近年のメイプルホールは違う。大きな話題となった、坂入健司郎指揮大阪交響楽団によるブラームス交響曲全曲演奏会(2022~2024年)あたりから、魅力的な演奏会の企画が立て続けに行なわれているのだ。2025年11月には大阪フィルが公演を行なったのだが、指揮は、なんと今をときめくカーチュン・ウォンだった。そして今年からは、上岡敏之が大阪交響楽団を指揮してシューマンの交響曲全曲演奏会をやる! これは聴き逃せない。
ということで、6月18日(木)に行なわれた第1回の演奏会を聴いてきた。曲目はシューマンの交響曲第1番と第4番。番号は離れているが、実は1番目と2番目に書かれた交響曲だ。曲線の美しいホワイエを通り抜けてホールに入ると、あらためて舞台と客席の近さを感じる。それもそのはず、このホール、大ホールでも客席は501席しかないのだ。それに対して、舞台の間口(横幅)は初台の東京オペラシティ コンサートホールとほぼ同じ、奥行きは初台よりさらに長い、と、奥田佳道さんがプレトークで言っていた。そんなホールにオーケストラを呼ぶのは採算的には大変なのだろうが、聴く方にとってはぜいたくな体験だ。

肝心の演奏はどうだったか。わくわくしながら交響曲第1番《春》の最初の音を待つ。始まって驚いた。あのファンファーレが、勢いよく飛び出す感じではなく、柔らかく控えめ、あえて言えば弱々しいのだ。「ドイツは日本と違って、寒い冬からある日一気に春になる、この曲の冒頭はそれを表わしているのだろう……」というような説明をときどき見るが、ドイツに長く暮らす上岡の演奏は、まったく一気ではない。むしろ、迷いながら、あたりを窺いつつ出てくる。
この変ロ長調のファンファーレは、和声が付いてもう一度繰り返されるが、これも晴れきらない。だが、このファンファーレを受けるのが、ラーーソファーミーレーというニ短調のフレーズであることを思えば腑に落ちる。そもそも、この時点ではまだ、春は完全に目を覚まし切っていないのだ。なるほど、と思う。もうこれで完全に上岡マエストロの掌の上だ。
さて、序奏が終わってアレグロ・モルト・ヴィヴァーチェの主部に入る。ここはさすがに完全に明るく力強い春の音楽になっているのだが、聴き慣れた演奏とはどうも様子が違う。第1主題の最初の部分の音符には全部スタッカートが付いているのだが、上岡はこれらの音を短く切るのではなく、テヌート気味に個々の音をしっかり伸ばして弾かせる。スタッカートとテヌートの扱いは上岡がどの曲でもこだわっているポイントだが、個人的には、思いもよらなかったところから、豊かな「歌」が聴こえてきて、とても新鮮だった。

先入観にとらわれず、緻密に作り上げていく
さて、後半は第4番だ。オーケストラの一体感や呼吸感は第1番よりもさらに強まっている。こちらもテヌートを利かせ、個々の音が後を引くような歌い方が耳に残るが、作品の性格の違いか、第1番のように耳慣れない感じではない。だが、ときどきテンポの扱いが独特で、特に、第3楽章のトリオ、第2楽章の主題が出てくるところで、かなり速めのテンポを取っていたのは印象的だった。ここは第2楽章に合わせてやや遅くする演奏もあるが、テンポの指示はないからスケルツォ主部のテンポでそのまま行くのが筋なわけだ。
個人的な趣味で細かい話ばかり書いてしまったが、そういうことを気にせずとも、両曲ともシューマンの魅力を存分に引き出した、若々しい抒情がたっぷり伝わってくるすばらしい演奏だったことは強調しておこう。きっとそれは、先入観にとらわれず、細部までていねいに楽譜を読み直し、緻密に演奏を作り上げていく上岡の姿勢が、熱い情感のこもった演奏を持ち味とする大阪交響楽団と呼応して実現したものだろう。演奏時間は短かったが、大満足でホールを後にした演奏会だった。

ところで最初に書いたように、箕面は山に近い自然豊かな街だ。もしかすると、土地勘のない人には、大阪の中心部からかなり遠い場所という印象を持たれるかもしれない。しかし実際には、箕面駅から大阪梅田駅まで、阪急で30分もかからない。便利な場所なのだが、これはつまり、関西の音楽文化の中心であるザ・シンフォニーホールやフェスティバルホールや兵庫県立芸術文化センターにも1時間以内で行けるということを意味する。クラシック音楽好きが多いと言われる箕面市だが、メイプルホールはこれらの一流ホールと競わなければならないわけだ。しかし6月18日の客席には、地元の人たちはもちろん、大阪市内のホールでよく見かけるコンサート・ゴーアーの人たち、さらには東京など遠くから来た人たちも見受けられた。新企画の第1回、まずは大成功だったと言ってよいだろう。
なお、このシリーズ、第2回は2027年6月にシューマンの第2番とメンデルスゾーンの《スコットランド》、最終回は同年12月にシューマンの《ライン》とマーラーの交響曲第10番~《アダージョ》(!)と、強力な二の矢、三の矢が控えている。メイプルホールの快進撃はまだまだ続きそうだ。
公演情報
《身近なホールのクラシック》
上岡敏之指揮 大阪交響楽団
シューマン交響曲全曲演奏会[Vol.2]
2027年6月4日(金)19:00
箕面市立メイプルホール 大ホールメンデルスゾーン:交響曲第3番《スコットランド》
シューマン:交響曲第2番[Vol.3]
2027年12月3日(金)19:00
箕面市立メイプルホール 大ホール
マーラー:交響曲第10番〜《アダージョ》
シューマン:交響曲第3番《ライン》主催:公益財団法人箕面市メイプル文化財団
後援:箕面市/箕面市教育委員会/タッキー816みのおエフエム
協賛:大和ハウス工業株式会社
助成:一般財団法人地域創造
上岡敏之指揮 大阪交響楽団