<Review>
濱田芳通&アントネッロ
人間の感情的営みとしてのモーツァルト
text by 有馬慶
cover photo by 松尾淳一郎
濱田芳通&アントネッロ 第21回定期公演「レクイエム」
2026年3月28日(土)14:00
第一生命ホール濱田芳通(指揮)
アントネッロ(声楽・管弦楽)モーツァルト:《天の元后》ハ長調 K.108より〈我らのために祈り給え〉
モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 K.551《ジュピター》
モーツァルト:《レクイエム》ニ短調 K.626
ほか
これはオペラ・ブッファですよ
以前インタビューをさせていただいた濱田芳通とアントネッロによる、モーツァルトの《レクイエム》をメインとした公演を聴いた。バロック以前を中心とする彼らの演奏活動においては、モーツァルトは新しいレパートリーとなる。
まず、プログラム構成からして並々ならぬ意欲を感じる。前半はモーツァルトの交響曲第41番 ハ長調 K.551《ジュピター》であるが、なんと楽章間に同じ作曲家によるアリアを挟むのである。こうした試みはすでにヨーロッパで行われているが、日本ではまだまだ珍しい。その意図するところは一体どんなものなのか。彼らのことであるから、単なるアイディア勝負や真新しさにとどまるはずがない。これはぜひとも聴かねばなるまい。
1曲目はアリエッタ《手に口づけ》K.541。知らない曲である。ところが、途中でハッとした。《ジュピター》第1楽章提示部後半の主題とそっくりなのである。なるほど、これが元になって《ジュピター》になったというわけね。続けて演奏される《ジュピター》第1楽章は冒頭から大げさにフェルマータをかけたり、ルバートやポルタメントを多用したりするなど、デフォルメされたものであった。「これはオペラ・ブッファですよ」と言わんばかりである。つまり、具体的な歌詞を持ったアリアが抽象的な純器楽による交響曲の注釈となっているのである。
第2楽章の前には聖母マリアの祈りの歌(《天の元后》K.108より〈我らのために祈り給え〉)、第3楽章の前にはモテット《踊れ喜べ幸いなる魂よ》K.165の〈アレルヤ〉、第4楽章の前には神に慈悲を乞う歌(オラトリオ《解放されたべトゥーリア》K.118より〈お怒りでしたら、慈悲をください〉)が演奏される。このようにアリアが続く楽章の性格を予告するわけであるが、こうして演奏されてみると、モーツァルトは器楽曲を書いていても本質的にはオペラの人だったことがよくわかる。現代では「絶対音楽」として扱われている交響曲も、潜在的にはドラマを内在する芸術の一形態であると捉え直す試みであったとも言える。少なくとも、モーツァルトにおいてはその意味が強いのではないか。

古典派の均衡を超えて
さて、後半の《レクイエム》は、オッフェルトリウムとサンクトゥスの間に《ミゼレーレ》イ短調 K.85の一節を挟むものの、伝統的なジュスマイヤー版を用い、カットやアレンジは行わない。だからと言って、彼らが常識的な演奏をするわけはない。
冒頭の木管の重い足取りからして、葬列を思わせる明確なイメージを伴っており、「これしかない」という強い説得力を感じる。セクエンツィアの〈恐るべき王よ〉冒頭で繰り返される「Rex」というフレーズは、はじめは鋭く短めに、次はレガートで長く伸ばし、その次はニュートラルにというように毎回細かく表情を変える。絶筆となったと言われる〈涙の日よ〉はかなりの弱音による前奏で始まるが、合唱が入ると堰を切ったようにフォルテとなる。これほどまでに細部まで考え抜かれた濃い表現の《レクイエム》は他に知らない。

最後の〈コムーニオ〉は「Cum sanctis」以降(〈キリエ〉の再現部分)で《ジュピター》のコーダとの類似を見出すことができた。たしかにフレーズや曲想はまったく異なり、フーガであることくらいしか共通点はない。だが、《ジュピター》においては喜びや楽しみ、《レクイエム》においては怒りや悲しみといった人間の持つ感情的な営みが描かれている点は共通している。そして、最終的に天上へ至るというプロセスに近いものがあると感じたのである。このように捉えると、前半と後半のプログラムはモーツァルト晩年の作品を並べただけではなく、人間的感情の発露から超越へと至る一つの大きな流れを描いていたとも考えられる。モーツァルトが最終的にたどり着いたのは古典派の均衡を超えて、人間的内面が前面に現れる方向性であり、結果としてベートーヴェンの精神性を先取りしているように感じられた。
常に挑戦を続け、新たな音楽の可能性を聴かせてくれる濱田芳通とアントネッロ。今回取り上げたモーツァルトは単なるレパートリーの拡張ではなく、作品そのもののあり方を問い直す営みであった。過去の様式にさかのぼることで現在を切り拓く――そのような彼らの姿勢は、今後どのような時代の作品に向かうにせよ、極めて刺激的な成果をもたらすに違いない。

濱田芳通&アントネッロ 第21回定期公演「レクイエム」