上野星矢さんに聞く「音楽家としての生き方」
サントリーホール室内楽アカデミー フェロー座談会

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上野星矢さんに聞く「音楽家としての生き方」

サントリーホール室内楽アカデミー フェロー座談会

text by 原典子
cover photo 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール

プロを目指す若手を対象に、世界の第一線で活躍する音楽家をファカルティに迎え、2010年から開講されている「サントリーホール室内楽アカデミー」。修了生には葵トリオのメンバー3人や、クァルテット・インテグラ、ほのカルテットなど、近年活況を呈す室内楽シーンを牽引する面々が名を連ねる。

今年6月の「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)」では、2日間にわたるフェロー演奏会でアカデミー生たちが研鑽の成果を発表した。特別ゲストとして出演したフルート奏者の上野星矢は、第8期フェローの「カルテット・ルーチェ」の3人のメンバー(渡辺紗蘭、中嶋美月、原田佳也)とモーツァルトのフルート四重奏曲第1番を共演。FREUDEではこの本番に向けたリハーサルの後に、上野とカルテット・ルーチェの3人で、音楽との向き合い方や、音楽家としての生き方について語り合ってもらった。

カルテット・ルーチェの3人と
モーツァルトのフルート四重奏曲を共演

――はじめにカルテット・ルーチェについて教えてください。2021年に東京音楽大学付属高等学校に在学する4人で結成された弦楽四重奏団ということですね。

渡辺紗蘭 とはいえ、カルテットでの活動を本格化させてからまだ1年ぐらいで。サントリーホール室内楽アカデミーのオーディションを受けようと決めたあたりから、個々人の活動と並行して取り組んできました。アカデミーで学ぶようになってからは、月1〜2回のレッスン以外にも、だいたい2日に1回ぐらいは集まって合わせをしています。

原田佳也 アカデミーがはじまってからの生活は、思っていたより忙しかったですね。大学で授業を受けて、カルテットで集まって、それぞれの練習をする毎日は慣れるまで大変でした。けれど、その緊張感が楽しくもあり。

2025年6月14日、CMGにて上野星矢と共演したカルテット・ルーチェのメンバー3人 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール

――カルテットでは渡辺さんと中嶋さんがヴァイオリン、原田さんがチェロですが、今回の上野さんとの共演では中嶋さんがヴィオラを担当されています。

渡辺 カルテットの結成当初は、原田くん以外のメンバーが全員ヴァイオリニストだったんです。そこで、原田幸一郎先生からご提案いただき、3人で1stヴァイオリン、2ndヴァイオリン、ヴィオラを交代しながら練習していました。

中嶋美月 ひさしぶりにヴィオラを弾いたんですが、モーツァルトだから音数は少ないかなと思ったら、かなり大変でした。

上野星矢 モーツァルトのフルート四重奏曲第1番は、ヴィオラがヴィルトゥオーゾ的なんですよね。もっとこれみよがしに「ここ難しいんだよ!」ってアピールしていいのに、中嶋さんはすごく簡単そうに弾いてましたね(笑)。

――今日が上野さんとの初顔合わせとのことですが、リハーサルを終えていかがでしたか?

原田 管楽器と室内楽を演奏するのがはじめてだったので少し緊張していましたが、やってみたらすぐになじんで楽しかったです。これは上野さんにお伺いしてみたかったことなのですが、「モーツァルトらしさ」って多くの人がもつ共通したイメージがありますよね。そのなかで、「上野さんらしさ」をどのように出していらっしゃいますか?

上野 僕のなかでモーツァルトの、とくにフルートの作品は、とにかく軽やかで、和音の移り変わる尺が短く、音楽が次々とドラマティックに展開していくイメージ。それが一般的な「モーツァルトらしさ」と一致するかはわからないけれど、僕自身はモーツァルトを演奏するのが大好きで、僕が思うモーツァルトらしさと、自分らしい演奏というのは、けっこう近いかなと思っています。

僕はいつも演奏するときに、できるだけ歌に近づけたい、できるだけしゃべっているように聞かせたいと思っていて、厳格なスタイルやマナーを守ろうとしても、メロディの美しさを引き出すために歌いたいという気持ちがわりと強く出てしまうタイプ。そういった気質がモーツァルトの音楽だと、活かされるのかなとも思います。

原田 そのモーツァルトの軽やかさを、機動力の低いチェロという楽器で表現するのが難しいというのが僕にとっての課題で。同じアカデミーで学ぶチェリストにはフットワークの軽い演奏をされる方もいるので、いつも見て勉強しています。

本番に向けたリハーサルより 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール

どんな編成でも室内楽を意識して
まず人の音を聴くことが大切

――ここからは、上野さんに聞いてみたいことを皆さんから質問していただこうと思います。上野さんは大阪音楽大学で准教授として後進の指導にあたるほか、アマチュアも参加できるフルートのイベントや合宿、コンクールなど、さまざまな企画をご自身でなさっています。若い人から相談を受けることも多いのでは?

上野 大学の教え子たちからは「日本一教授らしくないですね」と言われています(笑)。一緒にご飯を食べながら話をすることも多いですね。

上野星矢(フルート) 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール

渡辺 上野さんはソロで演奏するときと、室内楽やオーケストラで演奏するときとで、意識を切り替えたりはしていますか?

上野 ソロといっても、完全にひとりで演奏する無伴奏か、ピアニストとのデュオか、オーケストラの協奏曲でのソリストか、いろいろあると思うのですが、基本的に僕は、自分以外に誰か共演者がいる状態でのソロの場合は、室内楽と同じ感覚で演奏しています。どんな場面でも、より室内楽として成り立つようにしたいと思っているので、あまり意識は切り替えていないかな。もちろんアンサンブルの編成やホールの大きさによっては、より際立って聞こえるようにアーティキュレーションを工夫したりはしますが。

渡辺 私はソロも室内楽もオールマイティにできるようになりたいと思っています。たとえばカルテットで弾いた次の日に、ソリストとしてオーケストラと協奏曲を弾く本番があったりするときは、「今日はソリストなんだ」と意識を切り替えることはあって。

上野 マインドセットを変えるということだよね。「今は率先して引っ張っていかなきゃいけない場面だ」という自分の役割を認識して、そのために必要な技術を想定していくことは、たしかに大事かもしれません。最初に技術的なところから、「今日はソロだから大きく弾こう」とか考えてしまうのは、ちょっと危ないかなと思うけど。

渡辺紗蘭(ヴァイオリン) 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール

中嶋 室内楽では「聴く力が大事」と言われますが、「聴く力」を養うために、どんなことが必要だと思いますか?

上野 僕は演奏しているとき、人の音にどうやって乗るかということを、いつも考えているんですよね。自分ひとりで音楽をドライブするよりも、人と一緒に演奏するのが好き。だから人の音をまず先に聴いて、そこに自分の吹いている音を乗せていく感覚です。

人の音を聴く、そして演奏するという順序を見失わなければ絶対にうまくいくと思います。まず自分の音を聴こうとしてしまうと、まわりの音が増えてきたときに、自分の音が聞こえづらいという状態になって、すごく無理のある演奏になってしまう。自分の音が聞こえないということは、アンサンブルに完璧に溶け込んでいるんだというぐらいの気持ちでいるといいかもしれません。

そうは言っても非常に難しいことで、プロでもそう簡単にできるようにはなりません。とにかく経験を積んでいくうちに、人の音を聴きながら、自分の音楽がしゃべれるようになると思います。

中嶋美月(ヴィオラ) 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール

プロになっても音楽を楽しむ
マインドを保ち続けることの難しさ

――演奏以外のことでも、上野さんに聞いてみたいことがありましたらどうぞ。

渡辺 室内楽のアンサンブルにおいて、メンバー同士の相性って大事なものですか?

上野 最終的には人間的な相性がいちばん大事だとは思いますが、長く一緒にやっていれば、自然とお互いのことを理解できるようになるから。短期間でいいものを作ろうとしたら、ある程度、最初から気が合う人たちとやるのがいいだろうけど、長く続けていこうという気持ちがあるなら、全然違うタイプの人と組むのも面白いんじゃないかな。

全員が最初から同じ方向を向いているアンサンブルと、まったく気が合いそうもないのに、なぜか調和がとれているアンサンブル、両方のタイプがあるように思います。

渡辺 アカデミーでは東京クヮルテットで活躍されていたファカルティにレッスンしていただくのですが、全員がまったく違うことをおっしゃることもあるので、最初はとてもびっくりしました。「僕はそう思わないな」とか。

原田 僕たちは全員が原田先生の門下生ということもあり、音楽の感じ方が似ているというか、意見が合わないことはあまりないし、あったとしても喧嘩にはなりませんね。

中嶋 今日はいないヴィオラの森(智明)君がムードメーカーで、いつも盛り上げてくれるので(笑)。

原田佳也(チェロ) 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール

――では最後に、皆さんはアカデミーでの学びを通して、どんな音楽家になっていきたいですか?

渡辺 私は小学生のときからずっとベルリン・フィルに入りたいという夢をもっています。最近ではコンサートでお客様に聴いていただく機会も増えて、コンクールのために練習するのとは違う、音楽の本質について考えることも多くなりました。アカデミーでは、カルテットのレッスンだけでなく、こうして上野さんのような素晴らしい音楽家と共演したりお話しさせていただく機会もいただけるので、もっと視野を広げて、いろいろなことを吸収していきたいと思っています。

中嶋 どんなかたちでも、ずっと音楽に関わっていけたらいいなと思っています。たとえ演奏する側でなくても、音楽のまわりで仕事をしていきたいです。

原田 僕はまったく器用なタイプではないのですが、自分で美しいと思った音楽をチェロで歌って、それを人に評価していただけるのは、とてもうれしいです。いつまでも純粋に楽しんで、歌っていたいなと思っています。

上野 皆さん、素晴らしいですね。いつまでもずっとそのマインドでいてください。プロの音楽家をやっていると、それはとても難しいことでもあるので。

つまり、学生の本分は音楽を学ぶこと、研究したり練習したりすることですよね。それがプロになると、音楽が仕事になるわけで。その瞬間に、音楽をするモチベーションが変わってしまったりもする。とは言っても、僕らがやっているのはあくまで音楽ですから、仕事を「こなす」ような精神状態から生まれてくる音楽って、誰にとっても必要ないものですよね。だから僕は、仕事だと思わないで仕事するようにしています。

楽器を触るとき、演奏する音楽が美しいと思えるようなマインドでいることが大切だし、音楽をやっていてよかったと思えることがいちばんの幸せですよね。音楽家が生き残っていくのは大変な時代だと思いますが、やりがいをもって音楽に取り組んでいる姿を見せて、自分たちのやりたい企画を貫くのが、次の時代に行ける鍵なのかなと僕は思っています。皆さんもがんばってください!

座談会の様子。撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール

上野星矢 Seiya Ueno
19歳でJ-P.ランパル国際フルートコンクールで優勝し、世界を舞台に活躍。その後、パリ国立高等音楽院を審査員満場一致の最優秀賞ならびに審査員特別賞を受賞し卒業し、1stアルバム『万華響』でCDデビュー。『デジタルバード組曲』『テレマン:無伴奏フルートのための12の幻想曲』『フルート三大ソナタ』など、これまで計7作のCDをリリース。名古屋フィル、神奈川フィル、札響など、国内外の多数のオーケストラと共演。第25回青山音楽賞新人賞、第17回ホテルオークラ音楽賞受賞。大阪音楽大学准教授。

カルテット・ルーチェ Quartet Luce
2021年に東京音楽大学付属高等学校に在学する4人により結成。現在は東京音楽大学、桐朋学園大学在学の4人で構成する。「ルーチェ」とはイタリア語で“光”。輝かしい音楽を奏でられるようにという意味を込めて名付けた。2021年東京芸術劇場にて開催された、東京音楽大学付属高校チャリティーコンサートに出演。2022~24 年プロジェクト Q・第 20・21・22 章に参加。2025 年東京文化会館主催 アフタヌーン・コンサートに出演。サントリーホール室内楽アカデミー第 8 期 フェロー。これまでに、原田幸一郎、小栗まち絵に師事。

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