[メイプルホール対談シリーズ]
古橋果林×加藤綾子
ひとりのアーティストとして向き合う音楽ワークショップ
text by 加藤綾子
昨今、各地で需要が高まりつつある音楽ワークショップ。そこでは、ファシリテーターが個性豊かな方法で、大人から子どもまで、さまざまな人が参加できる音楽の場を実践している。筆者もたびたび、作曲家と協働のワークショップを実践したことがあるけれど、やり方は見様見真似で、誰かに教わったわけでもない。どうしたらワークショップに苦手意識を持たず、向き合えるのだろう?
悩んでいた折、大阪の公益財団法人箕面市メイプル文化財団が、音楽家・古橋果林による音楽ワークショップ「じゆうなおと♪」を開催していることを知った。彼女のワークショップでは、たくさんの楽器とともに踊ったり歌ったり、ときには掃除をすることも!? 「日々の暮らしの中で誰もが気軽に音楽を楽しめる場作り」を目指し、東京文化会館のワークショップ・リーダーとして多数のワークショップを企画・出演してきた古橋は、進行役としてだけでなく、ひとりのアーティストとしてワークショップを作っているという。
古橋はどんなことを考えてワークショップを行なっているのか? 現場でぶつかる悩みへの解決策は? 思いきって聞いてみた。
「遊び」をテーマに、多様さが面白さを生む
加藤綾子 きょうは初めてお会いするということで、前もって古橋さんのWebサイトを拝見しました。カラフルでワクワクする、アーティストとしてのコンセプトが伝わってくるようなデザインですよね。
古橋果林 あのデザインは、大学時代の友人にお願いしました。ワークショップに興味を持った人が気軽に参加できる雰囲気であること、それから、音や音楽で遊ぶ、いろんな楽器が入ったおもちゃ箱みたいなイメージを伝えました。「遊び」は、わたしにとってひとつのテーマです。わたし自身、楽器が好きで、いろんな種類を集めてワークショップで使っています。
コンサートで「聴く」以外のこと──お客さんが実際に声を出したり、身体を動かしたり、もっと面白いことができないか考えていたときに、東京文化会館のワークショップ・リーダー育成プログラムで、ポルトガルの音楽施設「カーザ・ダ・ムジカ」での派遣研修に参加して、ものすごく衝撃を受けました。それが音楽ワークショップを始めた出発点です。

加藤 ワークショップには「遊び」を求める人もいれば、「学び」を求める人もいますよね。古橋さんは、ワークショップにおいて一定のゴールや目標を決めていますか?
古橋 アイデアの引き出しは用意しておくけれど、目標や細かい道筋はあまり決めていません。参加者とファシリテーターがお互いに反応し合って、想定とまったく違うところに発展していく、そういうときのほうが面白いですよね。アーティストや参加者によって変わる、ワークショップの多様さが好きです。
自分が参加者だとしたら、どんな場が居心地良いか? 「まずはやってみよう」という精神を大事にしつつ、ワークショップで遊びながら探求していきたいです。

参加者に委ねて、応えるのがファシリテーターの役目
加藤 ワークショップの場に来たはいいものの、なかなか積極的に参加できない人がいたら、どう接していますか?
古橋 基本的に、どんな参加の仕方でもOKというスタンスでいます。「みんなで一緒にやろう!」と声がけはしますが、ただその場にいるだけでもいいし、途中で退出してもかまいません。過去には、最後まで楽器を演奏せず、スタッフと一緒に写真撮影係にまわった子どももいました(笑)。消極的に見える人でも、内心、ひそかに楽しんでくれていることもあります。
加藤 わたしが参加しているコレクティブ「やまびこラボ」のワークショップでも、似たような経験があります。公園で聞こえた音を図形楽譜におこして、最後はいろんな楽器で、ファシリテーターと一緒に演奏する……というものでしたが、ある子どもがずっとラジオをいじっていたんです。当初の目的なんてどうでもよくて、ただひたすらラジオの音を聴き込んで、ああでもない、こうでもない、と考えている。その光景が忘れられません。もう、ずっとやっていてほしかった(笑)。

古橋 わかります。そのお話を聞いて鈴木潤さんの「音の砂場」というワークショップを思い出しました。鈴木さんは楽器を文字通り砂場みたいに広げて、始まりの挨拶をしたら、あとは放置します。ほとんどなにもしないんです。初めて参加したときは「なにかしなくては」と焦ってしまいましたが、1年後くらいに、寝不足で疲れた状態で参加してみたら、とても楽しかった。鈴木さんのワークショップはわたしとはまったく違うやり方ですが、あの経験から生まれた感覚は、今でも大事にしています。
加藤 時間や場所といった条件でも、ずいぶん様子が変わりますよね。
古橋 単発のワークショップなら、この45分間をどう楽しく過ごすかという方向に持っていったり、長期で行なう場合は参加者が自由に探求できる時間を設けたり。同じ小学校でやっても、1組と2組の生徒さんではまるで違う。ファシリテーター側が必死にがんばって参加者を変えるというより、参加者のみなさんに場を委ねて、こちらはそれに全力で応えるかたちです。
「音楽の力」を過信してしまう怖さ
加藤 このところ、分野を問わず各地でワークショップの需要が高まっていますよね。公共事業としても、ファシリテーターの養成講座が開講されています。
古橋 実際、音楽ワークショップは広まっているように感じます。私自身、ファシリテーターの養成講座を担当させていただく機会も増えました。
加藤 先ほど参加者の話をしましたが、実はわたし自身も、ファシリテーター養成講座を受けたときに苦い経験をしました。受講生として、とあるワークショップに参加したら、身体が固まってしまって。ファシリテーターが上手に歌って演奏すると、みんな楽しく歌って踊れてしまうのに、自分だけがその空気に乗れない人間だということが炙り出される。そういう状況を作り出せる音楽が怖かったし、「音楽って本当にそれでいいのかな」とも思ってしまいました。
古橋 なるほど……わたしは、その音楽の勢いに助けられる人間なので、そういう感覚は新鮮ですね。確かに、ワークショップをする機会が増えてくると、いわゆる「音楽の力」を過信してしまう怖さがあります。すこし乱暴な言い方をすると、音楽が鳴っていて、みんなで身体を動かせば、なにをやっても盛り上がりはする。
では音楽家として、自分はワークショップでなにをしたいのだろう? そう考えたとき、実は演奏するときと変わらないということに気づきました。ワークショップをやる、というより、自分の音楽を作る。楽しんでもらう工夫はするけれど、あくまでアーティストとしてのこだわりを貫くことも大事ではないでしょうか。
加藤 ひとりの音楽家としてワークショップに取り組む……すごく腑に落ちる言葉です。そういえば「やまびこラボ」では、広い公園を歩いて、石や木、自然の音など、普通なら音楽だと気づかないものを楽譜にして、作曲します。なぜその方法になるかというと、結局、ラボのメンバーがそういう音楽を求めているからなのかもしれません。
アーティストとしてこだわりを持って
古橋 音楽ワークショップのファシリテーターは、とても楽しい、幸せな職業ですし、その面白さを共有できる音楽家が増えてくれたらうれしいです。一方で、ファシリテーター養成講座を担当するようになってからは、ノウハウが最終目的にならないように気をつけています。
子どもたちが注目してくれる方法や、集中力を持続させる方法もあるけれど、あくまでそれは手段のひとつ。大事なことは、その手段を使って、なにをするのか。ワークショップの場が広まるにつれて、手法だけではなく、アーティストのオリジナリティが育って、さまざまなワークショップが生まれたらいいですね。

加藤 ファシリテーターは「先生」とか「講師」という、「教える」人になりがちで、「アーティスト」という前提が抜け落ちてしまいがちですよね。アーティストとしてコンセプトを持って、実践していることを、事前に参加者とも共有できたらいいかもしれません。
古橋 まずは、自分で自分のワークショップを楽しめるかどうか。わたし自身、子どもが対象のワークショップでも、「子ども向け」の内容を作っているつもりはありません。お子さんだけ参加させるつもりでいらっしゃった保護者のかたも、「あなたも一緒にやるんですよ」と言って巻き込んでしまう。大人と子どものあいだにはなんの差もないという気持ちです。
ワークショップであっても、アーティストは、ある程度自分のこだわりを押し通していいのではないでしょうか。とくに子ども相手だと、アーティスト側が遠慮してしまったり、譲ってしまうケースを見るけれど、対等にコミュニケーションするほうがいい。まずは、自分がどういう音楽をしたいのか、きちんと考えることが大事ではないでしょうか。
加藤 私も同感です。ありがとうございました!
講座情報
《こどもプロジェクト》
こどものための音楽ワークショップ
「じゆうなおと♪」幼児編
9月28日(日)10:30〜11:15
箕面市立西南生涯学習センター小学生編
9月28日(日)14:30~15:15
箕面市立東生涯学習センター 2階 ホール講師:古橋果林(音楽ワークショップ・リーダー/ファシリテーター)、新崎洋実(ピアノ)
主催:公益財団法人箕面市メイプル文化財団
助成:一般財団法人地域創造
https://www.minoh-bunka.com古橋果林 Karin Furuhashi
音楽ワークショップ・リーダー/ファシリテーター。乳幼児から大人まで幅広い層を対象に音楽ワークショップや参加型コンサートを実施し、子ども食堂やろう者を対象とした音楽ワークショップ実施にも力を入れる。カーザ・ダ・ムジカをはじめさまざまなトレーニングを受講し、音楽ワークショップの実践を学ぶ。https://lit.link/karinfuruhashi加藤綾子 Ayako Kato
クラシック〜現代音楽作品を実演するリサイタルや、パフォーマンスの創作・上演などを行うヴァイオリニスト。これまでにKAAT「カイハツ」、豊岡演劇祭フリンジ・ショーケース、金沢21世紀美術館 芸術交流共催事業「&21+」などに企画が採択される。パフォーマンス・ユニット「レジャー・タイム」、信州を拠点にする音楽コレクティブ「やまびこラボ」メンバー。