室内楽での対話を通して、演奏家と聴衆がともに育っていく「場」
Music Dialogue 公開リハーサル体験記

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室内楽での対話を通して、演奏家と聴衆がともに育っていく「場」

Music Dialogue 公開リハーサル体験記

text by 原典子
photo by 平舘平​

初回のリハーサルを公開するディスカバリー・シリーズ

「音楽による対話」という言葉をよく耳にすることがある。では実際に、演奏家はどのように音楽で対話しているのだろう? そんな素朴な問いを、音と言葉で紐解いていく活動が、今回ご紹介するMusic Dialogueである。

「まずは来て、見て、聴いてみて」とお声がけいただき、中目黒GTプラザホールへと出かけた。昨年12月20日にMusic Dialogue ディスカバリー・シリーズの一環として開催された「字幕実況解説付き 公開リハーサル」である。一般社団法人Music Dialogueの多岐にわたる活動内容について、詳しくは公式サイトをご参照いただきたいが、このディスカバリー・シリーズは、若手とベテランの演奏家からなる室内楽アンサンブルによる「公開リハーサル」と「本公演」の2部構成になっている。リハーサルで音楽が作られていく過程を見てから、後日開催される本公演を聴くことで、より深く、立体的に音楽を理解することができる聴衆参加型のプロジェクトだ。

公開リハーサルではモニターに字幕実況解説が映し出される

 

<Music Dialogueとは?>

室内楽を通じてさまざまな「対話(Dialogue)」を創出し、世界を舞台に活躍する演奏家やアート・マネジャー、そして新たな聴衆を育成することを目指す一般社団法人。

公式サイト https://music-dialogue.org

 

この日行なわれたのは、ミヨーの《世界の創造》によるピアノと弦楽四重奏のための演奏会用組曲のリハーサル。アンサンブルのメンバーは、吉見友貴(ピアノ)、石上真由子(ヴァイオリン)、北川千紗(ヴァイオリン)、大山平一郎(ヴィオラ)、金子鈴太郎(チェロ)。Music Dialogueの芸術監督として、2013年の設立時から室内楽を通して演奏家と聴衆の双方へ対話を届けてきた大山のもとに集った気鋭の演奏家たちである。

吉見友貴(ピアノ)、石上真由子(ヴァイオリン)、北川千紗(ヴァイオリン)、大山平一郎(ヴィオラ)、金子鈴太郎(チェロ)

《世界の創造》はもともとバレエ音楽として書かれたものをミヨー自身がピアノ五重奏による組曲に編曲したもので、ジャズのフィーリングがちりばめられた楽しい作品だが、実演の機会はきわめて少ない。アンサンブル・メンバーにとっても、大山以外は「はじめて弾く」作品だという。しかも、これから公開されるのは「初顔合わせ」のリハーサル。公開リハーサルを見る機会は数あれど、ここまでゼロの状態から音楽が作られていくさまを見られる機会は滅多にない。果たしてどんな世界が創造されるのだろうか?

誰ひとり置いてきぼりにしない字幕実況解説

ディスカバリー・シリーズのユニークなポイントはそれだけではない。リハーサルの進行に合わせて、専門家による字幕実況解説がモニターに映し出されるのだ。この日は音楽ライターの小室敬幸と、ヴィオラ奏者の田原綾子が解説を担当した。

「譜面上は難しくないけど、落とし穴がたくさんありそう……」という大山の言葉に続き、第1曲〈前奏曲〉がはじまった。「ここでピアノが弾いている主旋律は、原曲だとサックスが担当します。それをピアノでどう表現するかがカギですね」と小室の字幕解説が入る。しかし、最初の出だしは失敗。「入り損ないました!」「え、音合ってた?」と交わされる演奏家たちのやり取りも、普段は決して見ることのできない光景だ。Music Dialogueでも、これほどまっさらな状態の作品を取り上げるのは今回が初とのこと。

そこで「はじまりは宇宙の感じ。ビッグバンみたいな、大変なことが起こっているんだよ」と大山が声をかける。するとどうだろう、曖昧だったイメージがひとつの像を結んでいくようにクリアになり、2度目の合わせからはみるみるアンサンブルとしてのまとまりが出てきた。「チェロが低音を弾かず、かわりにピアノが低音を支えているので、このぐらいピアノが立ってよかったのでしょうね」(小室)、「ピアノ→ヴァイオリン→ヴィオラの旋律の受け渡しがスムーズになりましたね」(田原)と字幕解説も実況する。

こうして第5曲〈終曲〉までひととおりの合わせを進めていく。「演奏家たちが今、どういうことを考えて音楽を作っているのか」を逐一言葉にして伝える字幕解説はとても分かりやすい。音楽用語や曲の構成といった基本的なことから解説してくれるので、楽譜が読めなくてもついて行ける。正直なところ、ここに見学に来る前はもっとマニアックな雰囲気のイベントを想像していたが、まったく違った。誰ひとり置いてきぼりにしない、誰に対してもオープンな対話の場が、そこにはあった。

字幕実況解説を担当した小室敬幸

演奏家と聴衆が対話する「Dialogue」の時間

リハーサルの後には「Dialogue」の時間が設けられ、演奏家と聴衆の対話はさらに深められる。コロナ禍以前はその場で質疑応答が行なわれていたそうだが、現在はリハーサル中に参加者がスマホから質問や感想を送り、それに対して演奏家が答えるスタイルとなっている。

「ジャズっぽいフィーリングを出すコツは?」という質問に対しては、「シンコペーションのリズムをちょっとだけ枠からはみ出してとってみたり、音程を揺らしてみたり」(石上)、「ポルタメントを思いっきりかけて弾いたら楽しかった」(北川)、「ボストンに留学していたときキャンパスから聞こえていたジャズを思い出しながら、あまり深く考えずフィーリングで」(吉見)、「原曲ではコントラバスが弾くところを、チェロで弾くとクラシックっぽくなりがちなので、そうならないよう意識した」(金子)とそれぞれが回答。そうかと思えば、「将棋の対局では体重が減るそうですが、演奏でも減りますか?」といったくだけた質問も。ちなみに「3日前にステージでものすごい汗をかいたのに、まったく痩せていませんでした」(金子)、「コンクールを受けているときは、体力をつけるために食べていたので痩せなかったです」(吉見)とのこと。

公開リハーサルを終えての感想は、とにかく「これが本番でどうなるのか? 絶対に聴いてみたい!」に尽きる。

リハーサルで「聴きどころ」を掴んでから本番を聴く

それから3日後の12月23日、加賀町ホールにて本番の演奏会が開催された(リハーサルと本番、どちらかだけ聴くことも可能)。この日はミヨーの《世界の創造》のほかにもう1曲、ブルックナーの《弦楽五重奏曲 ヘ長調》がプログラムされている。タイプのまったく異なる2作品を、いかに「演じ分けるか」も大山が若い演奏家たちに課した課題なのだという。

そしてはじまった《世界の創造》の第1曲〈前奏曲〉。リハーサルのときはぼんやりとしていた輪郭がくっきりし、宇宙のビッグバンのイメージが浮かび上がってくる。小室いわく、原曲は宇宙をテーマに書かれたわけではないそうだが、大山は「演奏家自身がイメージを持って追求しないと、音楽がお客さんに伝わらない」と話す。たしかに大山の「宇宙」という言葉から、演奏がガラリと変わっていったのだった。

続く第2曲〈フーガ〉では、リハーサルのときに大山が「チェロのボウイングをダウンにしてみて」と金子に提案した箇所に注目して耳を傾けた。たしかに、平坦な旋律がジャズっぽくバウンスしている。第3曲〈ロマンス〉では、「この音、合ってるのかな??」と全員が首を傾げた箇所もクリアになり、小室の解説どおり「わざと音をぶつけ合っている」ことがわかる。原曲のバレエでは男性と女性の誕生を描いた第4曲〈スケルツォ〉では、「DNAの螺旋が見えるよう」という田原の解説を思い出した。第5曲〈終曲〉は弦楽器全員が3和音をはじいているので大変な難所。なかでも、ヴィオラがほかとまったく違う動きをするラストでの大山の演奏は圧巻だった。

このように、公開リハーサルでインプットした情報があると、本番で「どこに着目して聴けばいいのか」がよくわかる。そうすると、ただ受け身で聴いているよりずっと能動的に音楽に入っていくことができるのだ。これは楽しい。

本番の後も「Dialogue」の時間が設けられる。「どんなところが演奏していて楽しかったですか?」という質問には、「曲のイメージがわいてくると、音色がみるみる変わってくる。そういうとき、本番でもニヤニヤしちゃうんですよね。リハーサルとは違うことをやってみたり」(金子)、「リハーサルでやっちゃうと皆を驚かすことができないので、本番でだけやるんですよね」(吉見)。また、「人間として成長するためになにが必要だと思いますか?」という問いには、「大山先生とアンサンブルするMusic Dialogueという場が、今の僕にとっての成長の場。40代半ばですが、この歳になってアドバイスをいただけることって、なかなかないですからね。自分のなかの引き出しが増えていくのを感じています」という金子の答えが印象的だった。

室内楽での対話を通して、演奏家と聴衆がともに育っていく「場」。誰にでも開かれたこの場を、ぜひ一度、体験してみてほしい。

 

<Music Dialogue ディスカバリー・シリーズ>

■2023年3月3日(金)19:00 築地本願寺 講堂
[公開リハーサル]2月28日(火)19:00 中目黒GTプラザホール
[曲目]モーツァルト:弦楽五重奏曲第5番 ニ長調 K.593
ブラームス:弦楽六重奏曲第2番 ト長調 作品36
[出演]篠原悠那(ヴァイオリン)、枝並千花(ヴァイオリン)、山本周(ヴィオラ)、大山平一郎(ヴィオラ)、矢部優典(チェロ)、加藤文枝(チェロ)

■2023年6月25日(日)16:00 築地本願寺 講堂
[公開リハーサル]6月21日(水)19:00 中目黒GTプラザホール
[曲目]シューベルト:弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 D.810《死と乙女》
ブラームス:弦楽五重奏曲第2番 ト長調 Op.111
[出演]レグルス・カルテット<吉江美桜(ヴァイオリン)、東條太河(ヴァイオリン)、山本周(ヴィオラ)、矢部優典(チェロ)>、大山平一郎(ヴィオラ)

■2023年9月15日(金)19:00 めぐろパーシモンホール 小ホール
[公開リハーサル]9月12日(火)19:00 中目黒GTプラザホール
[曲目]ブラームス:ピアノ三重奏曲第3番 ハ短調 Op.101
フォーレ:ピアノ四重奏曲第2番 ト短調 Op.45
[出演]太田糸音(ピアノ)、矢野玲子(ヴァイオリン)、大山平一郎(ヴィオラ)、柴田花音(チェロ)

■2024年2月17日(土)16:00 築地本願寺 講堂
[公開リハーサル]2月14日(水)19:00 中目黒GTプラザホール
[曲目]ベートーヴェン:弦楽五重奏曲 ハ短調 Op.104
シェーンベルク:弦楽六重奏曲 《浄夜》 Op.4
[出演]前田妃奈(ヴァイオリン)、北田千尋(ヴァイオリン)、川本嘉子(ヴィオラ)、大山平一郎(ヴィオラ)、矢部優典(チェロ)、金子鈴太郎(チェロ)

公式サイト https://music-dialogue.org

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