mumyo第2回演奏会「euphoria」
“現代音楽”に浸透したポップカルチャー

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mumyo第2回演奏会「euphoria」

“現代音楽”に浸透したポップカルチャー

text by 小島広之

成田達輝、梅本佑利、山根明季子からなる
アーティスト・コレクティブ

ヴァイオリニストの成田達輝と作曲家の梅本佑利、山根明季子からなるアーティスト・コレクティブ、mumyo(ムミョウ)は新生のグループでありながら、見過ごせない新しい風を音楽シーンに送り込んでいる。2024年9月7日、長久手市文化の家「森のホール」で彼らの音楽を聴くことができる。

mumyoの音楽をあえて分類するならば、「現代音楽」ということになるだろう。けれど彼らは、いわゆる「現代音楽」の規範に固執していない。たしかにmumyoは「新しい音」の探求に余念がない。しかし彼らの「新しい音」は、アカデミズムにおもねるのでもなく、また社会に迎合するのでもなく、ただ自分の欲求に従った結果として産み落とされたものだ。それが偶々たまたまというべきか必然的にというべきか、とにかく「新しい」のであり、それゆえ音楽史の歩みを進める「現代音楽」に相応しいというのが実状である。

梅本と山根による作品の特徴は、彼らが幼少期からリアルタイムで体験した現代カルチャーとの関わりにある。一口に現代カルチャーといっても、山根の観察眼が捉える範囲は広い。パチンコやゲーセンといった商業施設、「カワイイ」礼賛文化、ポップやキッチュ、学校教育とそこで規律化された音楽など……現代日本に氾濫している音やイメージを客体化したうえで、音響の手触りや時間経過に力点を置く芸術音楽的な感覚でそれを作品へとまとめ上げる。たとえば《キッチュマンダラかわいい》(2021)は、街に潜む卑近な音を再配列し、「曼荼羅」を連想させる平板でカラフルな時間の流れを組織した作品。ポップでありながらもどこか不気味さ・毒気を感じさせる。

山根明季子

一方、梅本は、運命交響曲も李禹煥もYMOもシェルブールの雨傘も涼宮ハルヒの憂鬱も想像の牢獄Ⅱも動画投稿サイトなどを通してゴチャ混ぜで受容することができた世代の世界観で、ポップカルチャーから文脈を剥ぎ取り、その質感だけを戯画的に取り上げる。たとえば《萌え²少女》(2022)では、サンプリングされた「萌え声」が西洋楽器によって模倣される。ポップカルチャーへの愛や、それを引用することの意義からではなく、おそらくただ、それを切り刻み音楽の文脈に取り込むことへの芸術的な関心から、冷ややかな手つきで音の組織を構成する。

梅本佑利

この二人の作品を成田が演奏するというのがmumyoの基本的なスタイルである。つまり(基本的に)ヴァイオリン一本という編成であるが、まったく心細くなく、むしろこの編成こそがmumyoの思想と音に迫るために適切であるという説得力が十分にある。とことんキッチュな音に貫かれながらも、甘さを見せない二人の作品が、成田のヴァイオリンを通して虚飾なく生々しく表現される。

成田達輝

「ゴシック・アンド・ロリータ」に続く
第2回演奏会のテーマは「euphoria(多幸感)」

2023年4月に東京で開催された第1回演奏会は「ゴシック・アンド・ロリータ」という明瞭なテーマを持っていた。印象的な演奏会だった(この演奏会の様子の一部はmumyoのYouTubeチャンネルで閲覧可能)。二人が書き下ろした新作では、ゴスロリから連想される漆黒や真紅のドレス・リボン・パニエ、あるいはそれを纏う少女たちとその表象を享受するオタクたちが、J.S.バッハの作品と融合していた。とはいえ、ありがちなバッハ作品の引用、編曲、パロディには陥らないバランス感覚で、バッハの音楽を瓦解させずに、しかし現代文化のエッセンスに浸し切り、新たな装いを与えた。作品はどれも数分程度であり、わたしたち聴衆はグラフィックを楽しむような速度でそれらを聴いた。ポップカルチャーを下敷きにする芸術音楽は、ともすれば浮薄に見られかねないが、そういった批判を跳ね除ける強度をほとんどの作品が持っていた。もっとも、これらの作品は、彼らにとってもはや過去の作品であり、2024年9月に開催される演奏会「euphoria」ではさらなる展開が期待される。

長久手市文化の家 森のホール

今回の演奏会のテーマ「euphoria(多幸感)」は、「ゴシック・アンド・ロリータ」の第1回演奏会と比べて抽象的であり、それゆえどのような音楽が提供されるのか未知数である。厳格にテーマに沿う第1回も魅力的であったが、今回は、解放された創造力の自由な飛躍が観られるのではないだろうか。今回の演奏会では、梅本と山根による作品の他にも、イギリスにバックグラウンドを持つ現代作曲家アレックス・パクストン(Alex Paxton)とベン・ノブト(Ben Nobuto)、さらに14世紀末のフランスで活動したソラージュ(Solage)の作品が演奏される(ベン・ノブトとソラージュはそれぞれ梅本と成田の編曲)。梅本と山根の作品は、その性質上、彼らが生まれ育った地である日本の空気と分かち難く結びついている。ここにあえて異なる文脈を招き入れるというmumyoの意図と、結果として生じる化学変化、あるいは調和に期待したい。そして確かなのは、この日、新しい聴取体験が、わたしたちにもたらされることである。いわゆる「前衛」の響きを持たないが、そういった音楽が21世紀の新しい前衛でありうる。また愛知県出身の筆者にとっては、音楽のフロンティアが東京や欧米の主要都市ではなく長久手であらためられるというのもとても嬉しい。

 

公演情報

mumyo – euphoria
2024年9月7日(土)15:00
長久手市文化の家 森のホール(愛知県)

出演:mumyo
成田達輝(ヴァイオリン)
山根明季子(作曲)
梅本佑利(作曲)

曲目:
山根明季子:《夢の泉》Fountain of dreams、《楽園》PARADISE、《Hyperpopvlar》
梅本佑利:《LOL STREAM》、《Divinely fuckin Gucci bag》、《Rest in my friends, McDonald》、《from Heaven’ NFT》
アレックス・パクストン:《Lurrv U》
ベン・ノブト:《BREAK UP MANTRAS》 梅本佑利・編曲
ソラージュ:《Fumeux fume par fumee》成田達輝・編曲

主催:長久手市

公演詳細:https://bunkanoie.jp/archives/6601

 

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