ケルティック・クリスマス 2025
アイリッシュ・トラッドの広がりと奥深さに触れる

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ケルティック・クリスマス 2025

アイリッシュ・トラッドの広がりと奥深さに触れる

text by 大谷隆之

1998年にスタートして以来、すっかり冬の風物詩となった『ケルティック・クリスマス』。アイルランド、スコットランドなどの“ケルト文化圏”からトップクラスのミュージシャンを招いて開かれる、毎年恒例のイベントです。主催のプランクトンは長年、彼の地と日本の文化的架け橋となってきた招聘会社。欧州のトラッドシーン全体を見渡し、今もっとも面白い組み合わせをバランスよく提示するキュレーション力には定評があります。長いキャリアを持つベテラン勢から新進気鋭の若手まで、2025年のラインナップも大充実。さっそく見どころ、聴きどころをチェックしてみましょう。

天衣無縫のアコーディオン
シャロン・シャノン

まず1人目はアコーディオン奏者のシャロン・シャノン(1968年、アイルランドのクレア州出身)。テクニシャン揃いのアイリッシュ・トラッド界でも、彼女は誰もが認める天才です。ポジティブで、ちょっと切ないメロディーを即興で紡ぎ出す、泉のようなイマジネーション。その旋律を緩急自在にドライブさせる、内なるリズム感覚。モダントラッドの要所とも言うべき2つの要素がシャロンくらい自然に、分かちがたく結びついた演奏家は他にちょっと思いつきません。類まれな魅力にてっとり早く触れてみたい方は、『Live in Galway』という2002年のアルバムをぜひ聴いてみてください。

継ぎ目というものをまるで感じさせないフレージングは、まさに“天衣無縫”という表現がぴったり。かなり昔の音源で、今回の来日メンバーと編成も異なりますが、演奏のエッセンスは今もまったく変わっていません。ブロードキャスターのピーター・バラカンさんが「しばらくライブを見てないので禁断症状が起きている」とまで激推しする理由が、きっと体感していただけると思います。

アイルランド西部で生まれたシャロンは、幼い頃から伝統音楽に親しんで育ちました。10代半ばから腕利きプレイヤーとして活躍。1990年にはマイク・スコット率いるザ・ウォーターボーイズのメンバーに抜擢され、ロックファンからも広く知られるようになります。その後もダブ/レゲエ、タンゴ、アフリカ音楽などさまざまなジャンルと積極的にコラボ。自らのルーツのトラッドを基調にしつつ、その境界を大胆に広げるアルバムを発表してきました。このフレキシブルな風通しのよさも、彼女の音楽の大きな特徴です。

シャロン・シャノン ©︎石田昌隆

そして(ここが個人的にもっとも強調したい点ですが)底抜けに楽しいスタイルからは、ヒューマニティへの信頼と表現者としての気骨が伝わってくる。つい先日(2025年10月4日)も地元で行われたパレスチナ支援イベント『Gala for Gaza in Galway』に出演。どこか祈りを思わせる、シンプルで懐かしい旋律を響かせていました。今回のステージはジム・マレー(ギター)、キリアン・シャノン(バンジョー)との3人編成です。ジムは名だたる著名ミュージシャンと共演してきた手練れのプレイヤーで、シャロンとも長い付き合い。キリアンはシャロンの甥っ子で、若々しくスピード感のあるプレイが持ち味です。間違いなく切れ味のよい演奏で、シャロンの魔法のメロディーが際立つセッションを披露してくれることでしょう。

アイルランド音楽界きっての野生児
リアム・オ・メンリィ

さて2人目はリアム・オ・メンリィ(1964年、アイルランドのダブリン出身)。世界的な人気を誇るロックバンド、ホットハウス・フラワーズの中心人物として知られるヴォーカリストです。アイルランド音楽界きっての野生児で、破天荒なパフォーマンスはパワフルのひとこと。U2のボノが「世界一の白人ソウルシンガー」と讃えたほどの表現力と強靭な喉で、これまでの来日でもエキサイティングなステージを繰り広げてきました。

ここに挙げたのはホットハウス・フラワーズ最初期の名曲「Give It Up」(1990年)。黒人音楽、わけてもゴスペルの影響を強く感じさせるスタイルで、キャッチーな旋律を熱く歌い上げています。クライマックスに向かってどんどんエモーションが高まっていくこのドラマ性こそが、リアムの真骨頂。アイルランドの風土に根ざした独自のソウルミュージックを確立したという意味で、ヴァン・モリソンの正統的後継者という言い方も可能かもしれません。

リアム・オ・メンリィ©︎石田昌隆

フロントマンとしてバンドを引っ張る一方で、ソロ・アーティストとしても活躍。これまでに2枚のオリジナル・アルバムを発表してきました(2025年10月31日に3枚目の新作ソロ・アルバム『プレイヤー』をプランクトンよりリリース)。そこでは野生児リアムのパーソナルな身体感覚が、より生々しくストレートに表れています。“拍”という概念から解き放たれた、流動的なリズム。内面深くまで降りていき、自分自身と対話するような詠唱スタイル。筆者は2014年の『ケルティック・クリスマス』でリアム単独のライブを見て、その凄まじい集中力に圧倒された記憶があります。

特にアカペラのパートは強烈でした。アイルランドには“シャーンノス”と呼ばれる無伴奏の歌唱スタイルがあり、今も世代を超えて受け継がれています。リアムの独唱はこのシャーンノスのたゆたう美しさと、燃えさかる情熱の波が当たり前のように混じり合った、本当に独自のものでした。あの張り詰めた緊張感は、CDや配信では絶対に感じとれません。それだけでも会場に足を運ぶ価値は十分です。

なお、今回の来日では、12月5日に草月ホールにて、小泉八雲の「青柳」をテーマにした特別公演『〜螺旋の渦〜「青柳」』も開催されるとのこと。

ミュージシャンと完璧にシンクロするダンス
ザ・ステップクルー

ここで少し目先を変え、クリスマスの舞台を華やかに彩る踊り手たちを紹介しましょう。ザ・ステップクルーは2006年、ジョン・ピラツキ、ネイサン・ピラツキの兄弟を中心にカナダのオタワで結成されたダンスチーム。アイリッシュダンスとタップダンスを融合させた独自のスタイルで、ザ・チーフタンズをはじめとする大御所ケルティック・ミュージシャンと共演してきました。上半身を動かさず軽やかに宙を舞う超絶テクニックで、近年のケルクリにはもはや欠かせない存在。今回はピラツキ兄弟とキャラ・バトラーという中心メンバーに、フィドラー兼ダンサーとして数々の賞に輝いたダン・ステイシーを加えた4人編成です。

ザ・ステップクルー©︎石田昌隆

見どころは何と言っても、共演ミュージシャンとの完璧なシンクロ具合いでしょう。彼らのダンスはとにかく、生の楽曲あってのもの。決められた手順をこなすのではなく、その場のアドリブに合わせていかようにも形を変えていきます。演奏が最高に盛り上がった瞬間にクルーがステージに飛び出し、景気よくタップシューズを響かせるお約束の展開は、何度見ても胸が高鳴ります。

ケルト文化圏は、ヨーロッパ西側の周縁部だけではありません。大西洋を隔てたオタワのコミュニティにも、アイルランド由来のダンスカルチャーがしっかり根付いています。思えば今やクリスマスのアンセムとなったザ・ポーグスの「Fairytale of New York」もそう。あの曲は、若い頃に夢を求めて新大陸に渡った夫婦が、年老いて自分たちのままならない人生を振り返る、ほろ苦くも美しいラブソングでした。世界でも日本でも分断の嵐が吹き荒れている今。4人の華麗な足さばきの向こうに、“移民大国”アイルランドの歴史を感じとるのも意味があることだと筆者は思います。

新世代シンガー・ソングライター
クレア・サンズ

実績のあるベテランだけでなく、次代を創る若手ミュージシャンをいち早く発見できるのも『ケルティック・クリスマス』の愉しみ。それでいうと2025年の“フレッシャーズ枠”に当たるのが、シンガー・ソングライターのクレア・サンズでしょう(アイルランドのコーク州出身)。これまでリリースした2枚のアルバムは、いずれもメディアで高く評価されました。

先祖代々フィドラーの家系に生まれ、3歳で楽器を手にしたという逸材。英語とゲール語(英語の到来前から使われていた原アイルランド語)の両方で歌います。ただ、その表現スタイルはトラッド一辺倒とはほど遠い。伝統音楽のアーシーな雰囲気を保ちつつ、激しいシャウトと重たいグルーヴ感覚はむしろ、ブルースやそれに影響を受けたフォークミュージック全般の影響を強く感じさせます。フィドルを弾きながら歌うスタイルには、どこかシアトリカルなケレン味も。前出のリアム・オ・メンリィと共演した「Teacht an Fhómhair」という楽曲でも、スピリチュアルな表現がぴったり合っていました。今年のケルクリでも、刺激的なコラボが期待できるのではないでしょうか。

アイルランドが誇るレジェンド
ポール・ブレイディ

そして最後は、いわばベテランを超えた“レジェンド枠”。東京公演のスペシャル・ゲストとして出演するアイルランドが誇る国民的シンガー・ソングライター、ポール・ブレイディです(1947年、北アイルランドのタイローン州出身)。彼が書いた珠玉の楽曲は多くのミュージシャンを魅了してきました。カバーしたアーティストを挙げると、世に知られた著名人だけでも長いリストが作れます。

トラッド系統ではモーラ・オコンネルやドロレス・ケーン。ロックやポップスの世界でもボニー・レイット、キャロル・キング、カルロス・サンタナ、フィル・コリンズ、デヴィッド・クロスビー、クリフ・リチャード、ティナ・ターナー、ジョー・コッカー、デイヴ・エドモンズ、ポール・ヤングなどなど。まさに枚挙にいとまがない。間違いなく、同国でもっとも尊敬されている作り手の1人です。

ポール・ブレイディ

楽曲の素晴らしさに加えて、もう1つ。ポール・ブレイディという1人の音楽家が体現する、歴史の重みがあります。彼は多くのトラッド系ミュージシャンと違って、いわゆる“伝統音楽一家”の生まれではありません。両親はごく普通の学校教師。北アイルランドですごした少年時代はラジオにかじりつき(ジョン・レノンやポール・マッカートニーがそうだったように)チャック・ベリーやリトル・リチャードのR&Rに夢中になっていたそうです。

アイリッシュ・ミュージックと本格的に出会ったのは、17歳でダブリンに出た後。さまざまな出会いと縁に導かれて、「ジョンストンズ」「プランクシティ」というバンドのメンバーになって以降です。わけても重要なのが、プランクシティ。ドーナル・ラニー、アンディ・アーヴァイン、リアム・オフリンというレジェンドが在籍したこのバンドは、パブで演奏されている旧来型のトラッドにロック世代のスピード感を持ち込むことで、伝統音楽の世界に決定的な革新をもたらしました(ポールはクリスティ・ムーアの後釜として加入)。現在に至るまで、モダン・トラッドのアンサンブルはすべてその影響下にあると言っても過言ではありません。

さらにプランクシティ解散後の1978年には、初ソロ作『Welcome Here Kind Stranger』を発表。本作で彼は、最小限のアコースティック編成でトラディショナルなフォークソングのみを取り上げています。当時の伝統音楽において、ギターという新参者の楽器はある種の異物(Stranger)でした。それを独自に洗練させ、アンサンブルの中核を担う存在として確立させたのがこの名盤。音楽評論家・五十嵐正さんの言葉を借りるならば、まさに「それ以降のアイリッシュ・ミュージックのギター演奏の原点」と言っていい。

80年代から現在に至るまで、自作曲を中心とするコンテンポラリーなシンガー・ソングライターとして活動を続けるポール・ブレイディ。新大陸から到来したロックンロールの疾走感をアイリッシュ・トラッドに溶かし込み、その養分をアコースティックなギター奏法にフィードバックさせた上で、ずっと自分の世界を描き続けてきた彼の身体には、戦後花開いたアイリッシュ・ルネサンスがそのまま凝縮されています。『ケルティック・クリスマス 2025』にはスペシャル・ゲストとして、12月6日(土)の東京公演(すみだトリフォニーホール)のみ登場。生きるレジェンドの滋味あふれる実演に触れる、本当に貴重なチャンスです。

 

公演情報

ケルティック・クリスマス 2025
2025年12月6日(土)17:15開演(20:00終演予定)
すみだトリフォニーホール 大ホール

出演:
シャロン・シャノン with ジム・マレー、キリアン・シャノン
リアム・オ・メンリィ
ザ・ステップクルー・トップ3 with ダン・ステイシー
(キャラ・バトラー、ジョン・ピラツキ、ネイサン・ピラツキ、ダン・ステイシー)
クレア・サンズ
ポール・ブレイディ(特別ゲスト)

「ケルティック・クリスマス 2025」全国日程
11月29日(土)16:00 ハーモニーホールふくい 大ホール
11月30日(日)16:00 東海市芸術劇場 大ホール
12月3日(水)19:00 兵庫県立芸術文化センター
12月7日(日)15:00  所沢市民文化センター ミューズ アークホール

リアム・オ・メンリィ特別公演 ~螺旋の渦~「青柳」
12月5日(金)19:00 草月ホール

詳細:https://www.plankton.co.jp/xmas25/

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