箕面市で音楽を聴き考えた
《身近なホールのクラシック》10周年に寄せて

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箕面市で音楽を聴き考えた

《身近なホールのクラシック》10周年に寄せて

text by 伊東信宏(大阪大学教授 音楽学)

大阪の街の背骨とも言える御堂筋を北に伸ばすと山に突き当たるが、この山の端にあたるところにあるのが箕面(みのお)市である。その箕面市で、聴衆の一人として、また講座の担当者として《身近なホールのクラシック》に触れるようになって10年目になる。講座の担当というのは、「中欧音楽夜話」というレクチャーシリーズのことで、これはほぼ年一回くらいのペースでいろんな話をしてきた。聴衆、観客としても歩いていけるところにあるホールで、世界的な水準の演奏会が楽しめるので、色々と思い出がある。ここでは、そういう立場から(つまり「聴く側」であると同時に「やる側」として)この10年を振り返ってみたい。

シャハム、ロマニウク、レヴィット……
海外の最前線を大阪市内ではなく箕面で

聴衆として特に印象に残っているのは、たとえば2018年6月のギル・シャハムの演奏会である。シャハムは世界的に第一線のヴァイオリン奏者と言ってよいと思うが、地元で(大阪ではなく箕面で)聴けるとは思っていなかったので少し驚いた。しかもスコット・ウィーラーやアヴネル・ドルマンのヴァイオリン・ソナタという極めてディープな選曲。二曲とも実演では初めて聴くものだったが、独特の親しみやすさもあり、聴衆の反応も大きかった。

また最近では、アンソニー・ロマニウクのリサイタル(2024年5月)も素晴らしかった。彼はチェンバロ、フォルテピアノ、そしてフェンダーのローズピアノといった鍵盤楽器を駆使した『Bells(鐘)』『Perpetuum(無窮動)』といったコンセプト・アルバムや、あるいはフラウト・トラヴェルソの柴田俊幸との共演で注目されてはいたが、日本でのソロ・リサイタルはまだ実現していなかった時期に箕面が先頭を切って演奏会を開いた。繊細で大胆な演奏が今も耳に残っている。彼は演奏会の前には瞑想して集中力を増す、という人で、同時にコーヒーマニアでもあり、演奏会後の彼に箕面のディープな珈琲店を紹介できたのも嬉しかった。

そして忘れてはならないのは、イゴール・レヴィットのピアノ・リサイタル(2025年11月)。プログラムはシューベルトとショパンのソナタの間に、シューマンの《夜曲》というもので、オーソドックスといえばオーソドックスなのだが、実は深いところで斬新なもの。演奏も一見、奇矯だが実際に出てくる音は真っ当という面白いピアニストで、関西一円(ひょっとすると関東からも)のファンの注目を集めた演奏会だった。

この他にも管弦楽の分野で、坂入健司郎が指揮する大阪交響楽団との「ブラームス交響曲全曲演奏会」も新鮮だったが、この点では今年から始まる上岡敏之指揮による同楽団とのシューマン・チクルスも楽しみだ。

何が求められているかを問いながら
同時に聴衆の意欲をも開拓する

一方でレクチャーを担当するという立場では、箕面の講座でいろいろな話題を取り上げてきた。特に印象深いのは、「オーケストラの現在」というタイトルで行った連続講座だ(2019年5〜6月)。ここでは、「クルレンツィスとムジカ・エテルナ」「ジョヴァンニ・アントニーニとイル・ジャルディーノ・アルモニコ」「ロトとル・シエクル」という当時、最も刺激的な試みを繰り広げていた3組の演奏家たちを取り上げ、その特質について話した。彼らの演奏はそれまでも(そしてその後も!)論争の的だったので、他所ではちょっと勇気のいる選択だったが、箕面ではホームグラウンドのつもりでかなり踏み込んだ話をさせてもらった。

伊東信宏氏の講座「中欧音楽夜話」

これらのレクチャーと演奏会企画の筆者自身にとっての近年の焦点は、2025年4月にメイプルホールで行ったオペラ《ペドロ親方の人形芝居》の上演である。これはマヌエル・デ・ファリャが、『ドン・キホーテ』の一部をほぼそのまま台本として書いた人形オペラである。この人形の部分を大阪所縁の文楽人形で上演することを思いつき、能勢の鹿角座の協力を得て実現した。ちなみに能勢町は箕面のおとなり(正確には隣の隣)でほぼ地元と言ってよい。演出はパントマイムのいいむろなおき氏で、彼も関西に拠点を置く演劇界のライジングスターだ。

人形オペラといっても、この舞台では人間(歌手)と人形、プロとアマチュア、スペインと日本、民謡と前衛が渾然一体となる。そもそもドン・キホーテが、夢と現実、フィクションとノンフィクションの区別がつかなくなった人物の喜劇(かつ悲劇)であるなら、これは全く正当なアプローチだったのではないか、と思っている。そしてこれが大阪という土地に、また箕面という街には素敵にお似合いだったということをここに報告しておきたい。

このような演奏会やレクチャーの企画は、先鋭的な試みとして注目を集めているが、これは単に良いラインナップを揃えた、というような単純な話ではない。街の規模や性格をよく見極め、ここで何が求められているかを問いながら、同時に聴衆の意欲をも開拓するというような複雑な試行錯誤の果てにたどり着いた帰結であって、一朝一夕に他の街に移植可能というようなものではない。箕面がこの10年間ブレずに取り組んできた姿勢に対して敬意を表したい。

《ペドロ親方の人形芝居》 撮影:堀川高志(kutowans studio)

公演情報
次回の《身近なホールのクラシック》

《身近なホールのクラシック》シューマン交響曲全曲演奏会Vol.1
2026年6月18日(木)19:00
箕面市立メイプルホール 大ホール

指揮:上岡敏之
管弦楽:大阪交響楽団

シューマン:交響曲第1番「春」
シューマン:交響曲第4番

料金:《全席指定》
一般4,000円(メイプルフレンド会員3,600円)
大学生以下1,000円

主催:公益財団法人箕面市メイプル文化財団
後援:箕面市/箕面市教育委員会/タッキー816みのおエフエム
協賛:大和ハウス工業株式会社
助成:一般財団法人地域創造

公演詳細 https://minoh-bunka.com/

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