波多野睦美
その人と、その場で、音楽をするということ

<Artist Interview>
波多野睦美

その人と、その場で、音楽をするということ

text by 原典子

波多野睦美にはじめて会ったのは、アルバム『サイレント・ヌーン』がリリースされたときだから、かれこれ20年近く前になるのか。その頃から印象は変わっていない。ダウランド、パーセル、ヘンデルからピアソラ、現代音楽まで、時代やジャンルを“越境”するというより、波多野の歌はいつでも自然な息づかいのまま、そこに佇んでいる。

いっぽうで波多野は、年齢を重ねる中で自身の変化と向き合ってきた歌い手でもある。2024年3月に王子ホールで還暦のバースデイコンサートを開催してから2年。「話すことで自分でも考えつかなかった発見があるかもしれないと思って」と言う波多野に、じっくり話を聞く機会を得た。

自分が受け取ってきたものを
誰かに手渡していく

――前回のFREUDEでのインタビューが2022年。アルバム『想いの届く日』に収録されたパーセル《ソリチュード》のミュージックビデオを撮影したあとのスタジオで、バンドネオンの北村聡さんと一緒にお話を伺いました。あの《ソリチュード》を聴くと、コロナ禍の空気を思い出します。

ようやく世の中が動きはじめた頃でしたね。

――その後、世界はまた目まぐるしい速さで動きはじめましたが、波多野さんにはどのような変化がありましたか?

今やりたい、やらなきゃということをやっていたら、いつのまにか還暦を過ぎていました。2024年に王子ホールで、いつも共演していただいている方々をお迎えして還暦のバースデイコンサートを開いたときは、なんて幸せ者なんだとつくづく思いましたね。

そして、この歳になっても、小林道夫先生や高橋悠治さんといった先輩方とご一緒する機会があるというのも驚くべきことで。小林先生は1933年、悠治さんは1938年のお生まれです。昨年は大分で小林先生とシューベルト《冬の旅》を共演したつながりで、小林先生と悠治さんとの対談の進行役も務めさせていただきました。私は緊張で大汗でしたが、おふたりは先輩風みたいなものを一切吹かせないんですよ。

こうしたレジェンドたちとの体験は、かけがえのない財産だと思うにつけ、還暦を過ぎて、いよいよ自分もなにかを還元していく立場になったんだなと意識するようになりました。もっと前から意識すべきだったのでしょうが、とにかく突っ走っていってしまうタチなので。

2024年3月 還暦のバースデイコンサート©︎Kana Kondo

――波多野さんはいつもご自身でコンサートのプログラムや、アルバムのレコーディングを企画されていますが、そこでも“還元”を意識していますか?

じつは“還元”という言葉はあまり好きではなくて……。自分が受け取ってきたものを、誰かに手渡していく感覚というのでしょうか。

音楽の活動は準備段階が99%で、外に向けた発信は最後の1%と言えるぐらい不思議な時間の流れ方をするものですが、企画を考えている時間と、実現に向けて動き出す瞬間はすごく楽しいです。私、音楽はゆっくりなものが好きなんですけれど、なにかが走り出すときだけはシャーッと素早いんです(笑)。レコーディングが決まったら、まずエンジニアさんやディレクターさんのスケジュールをおさえて、次にスタジオをおさえて、リハーサルのスケジュールを組んで。「今だ!」と思ったタイミングで一気に動きます。

――そこまでご自身でなさる音楽家も珍しいのでは?

そうでしょうか(笑)。20代の頃からリュート奏者のつのだたかしさんがプロデュースするCDやコンサート企画を、そばで見ていたからだと思います。

いつでも聴くたび衝撃を受ける
高橋悠治のピアノ、その音場

――今年2月の高橋悠治さんとのコンサート『夢とのたたかい―モンポウのピアノ作品と歌曲』も波多野さんの企画ですね。悠治さんのピアノをムジカーザという空間で間近に聴くことができて、本当に得難い体験でした。

悠治さんはいつもピアノの前に座った瞬間に演奏が始まるんですが、あの第一音を生で聴くと腰が抜けますよね。私は毎回リハーサルで聴いているにもかかわらず、本番で衝撃を受けています。一体なんなのでしょう? あの音場は録音だったり、電気を通したら感じられない、そこにいないとわからないものですね。

結局、私が悠治さんのピアノを聴きたいからコンサートを企画するわけです。自分は歌わなくてもいいと思うぐらい。悠治さん、ずっと弾いててくださいって。おかげでモンポウのコンサートは、いろいろな人からすごく感謝されました。

2020年6月 高橋悠治とのレコーディング ©︎Hal Kuzuya

――波多野さんと悠治さんは、2008年以来、共演を重ねてこられました。

私は普段、デュオのレコーディングに関しては、一緒に演奏するようになってから短くとも5年ぐらい、レパートリーが十分にあたたまってから臨むことが多いんです。「今だ!」となってからは素早いのですが、機が熟すまでは時間をかけるタイプ。けれど悠治さんに関しては、最初の共演後すぐに録音へ動き出すという、自分史上最速でした。

2008年に悠治さんが70歳になられたときのツアーにゲストとして呼んでいただいたのがはじまり。音の世界の構築に圧倒されて、もう宇宙遊泳状態でした。「またご一緒させてください!」と自分のリサイタルシリーズにお呼びし、同時にレコード会社に録音を提案したところ、ゴーサインが出て。

――そうして生まれたのが、2009年のアルバム『ゆめのよる』でした。

はい、悠治さんとのデュオではその後も、シューベルトの『冬の旅』など録音しました。そして2020年のコロナ禍では、ホールに予約キャンセルがたくさん出て、そんな中で「今だ!」とシャーッと動いて、『ねむれない夜〜高橋悠治ソングブック』を録音したのでした。

『ねむれない夜〜高橋悠治ソングブック』
2020年6月 高橋悠治とのレコーディング ©︎Hal Kuzuya

じっくり熟成させてきた
大萩康司とのデュオ

――ギターの大萩康司さんとも共演を重ねられていますが、大萩さんとは2012年に初共演、最初のデュオ・アルバムが2018年の『コーリング・ユー~追憶のスクリーン・ミュージック』ですから、レコーディングまで時間をかけていらっしゃいますね。

大萩さんは私と同じ宮崎県生まれですが、メディアなどを通して最初に知ったときは、えらいスターだなと。スターということは、自分には関係ない人という認識でした(笑)。けれどはじめて生で演奏を聴いたとき、音の純度、強さや深さ、色彩のパレットの多さに驚きました。それから何年も経ちますが、今はさらに進化していて本当にすごいなと。重心がしっかりあって地面とつながっている感じと、ふわっと空気の中で遊ぶ感じ、その両方があるんです。

『コーリング・ユー』はプロデューサーからのオファーがあってはじまった企画でしたが、次のアルバム『プラテーロとわたし』は、大萩さんからの提案で始まったものです。当初は抜粋での演奏予定でしたが、全曲を録音しました。この作品の全曲演奏はギタリストにとってかなり負担が大きくハードルが高く、コンプリートされた録音は世界的にも数が少ないそうです。だから録音のためのスケジューリングは慎重に進めました。

――『プラテーロとわたし』はスペインの詩人フアン・ラモン・ヒメネスの詩に、イタリアの作曲家マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコが曲をつけた、ギターと朗読のための作品。波多野さんはこのアルバムで、朗読と日本語訳を担当されました。

じつは最初は、自分で全部の訳を担当するつもりはありませんでした。すでに素晴らしい日本語訳があるから大丈夫だろうとたかを括っていたんです。けれど実際に大萩さんと合わせてみると、言葉を音楽に乗せるのが難しかった。カステルヌオーヴォ=テデスコの楽譜には、ヒメネスのスペイン語に合わせて綿密に音のタイミングが記されていると感じたからです。日本語の順番だと音と呼応しないことがたびたびあって、しんどくなってしまったのです。

大萩さんのギターがまた、たとえば「夏の空から雨の雫」という言葉があったら、本当にピトーンという、それにぴったりな音で弾くんですよ。ああ、やっぱりこの言葉のために、この音が書かれたんだとわかると、もうやらざるを得ません。そこで、言葉と音楽がぴったり合う日本語訳を書き下ろすことにしました。

大萩康司と ©︎Shimon Sekiya

――悠治さんも音楽だけでなく言葉でも表現活動をするアーティストですが、波多野さんも言葉を大切にする音楽家ですよね。

いえいえ、悠治さんの足元にも及びません。『プラテーロとわたし』を訳したときにつくづく感じたのですが、私は音楽の助けがないと訳せないんです。というのも、この『プラテーロとわたし』の全曲アルバムは、山本容子さんが1曲ずつ銅版画を制作してくださり、それが美しい詩画集になりました。その中に、カステルヌオーヴォ=テデスコが原詩に曲をつけていない部分が一段落だけあって。編集の方から「波多野さん、もちろんこの段落も訳してください」と言われたとき、音楽なしで訳すのが心底怖かったんです。そのとき、どれだけ自分が音楽から言葉を紡いでいるかがわかりました。

――大萩さんとは昨年『時 Die Zeit』もリリースされました。ダウランドからはじまり、シューベルト、ファリャ、ブローウェル、そして最後に悠治さん作曲の「時」まで、言語もさまざまに歌われる彩り豊かなアルバムです。

録音のディレクターからはよく「一枚のアルバムにそんなにバラバラな曲を入れて大丈夫?」と心配されますが(笑)、私の中ではいつも、どこかつながっている歌を選んでいるんです。ジャンルや時代が違っても、なにか同じ流れの中にある音楽です。

『時 Die Zeit』

――お話を聞いていると、波多野さんにとってデュオのパートナーは、担当楽器ではなく、まず「その人」であることが大切なんだろうなと感じます。

バンドネオンの北村さんにしても、大萩さんにしても、やっぱりその人の身体からしか出ない場の空気があって、その瞬間、楽器の存在が消えるんですよね。楽器とその人がもう、あまりにも分かちがたく一体化しているから。最初に「あ、この人の音とやりたいな」と思ったときに、気づけばギターでした、バンドネオンでした、ピアノでしたっていうことなんでしょう。

地元大分で立ち上げる
チェンバロのプロジェクト

――そのほか、新たに取り組んでいるプロジェクトなどがありましたらお聞かせください。

大分でチェンバロのプロジェクトを立ち上げる準備をしています。私の地元である大分のiichiko総合文化センターには、所蔵のチェンバロがあります。チェンバロを弾くことや、一緒に演奏することに興味はあるけれど、借りるのに敷居が高い、チェンバロに触れる手ほどきや機会も見つかりづらい、ということを耳にし、「きっかけ作り」を始めてみることにしました。

――お生まれは宮崎とのことですが、大分も地元なんですね。

中学高校は大分の学校に通っていたので、宮崎と大分のバイリンガルです。大分は西洋文化伝来の地と言われていて、西洋音楽発祥の記念碑とか、キリシタン大名の大友宗麟の銅像とか、日本初の西洋式手術が行なわれたアルメイダ病院とか、街を歩くだけで歴史に触れることができます。

私は子どもの頃からそういった歴史を知るのが好きでしたし、自分がやっている古いヨーロッパの音楽を大分の人たちにも聴いてもらいたいと思って、地元でのコンサートも主催してきました。それが今回、チェンバロという楽器を通してより一歩、地元の人たちとつながるきっかけが作れるのではないかと。

チェンバロと歌の講座 in 大分 チェンバロ・ラボ―チェンバロと遊ぼう チェンバロと歌おう

――歌手の波多野さんが、チェンバロのプロジェクトを企画するというのも面白いです。

自分でもそう思います(笑)。昔は「これはできません」と自分の守備範囲を必死に守ることを考えていましたが、最近は「まあいっか」と思えるようになってきました。

でもせっかくやるなら、単発で終わるのではなく、何年かにわたる息の長いプロジェクトとして育てていきたいと思っています。ピアノを習っているけれどチェンバロに触ったことのない子どもから、チェンバロに憧れをもつ大人まで、生涯学習としてチェンバロに触れるアマチュアの人たち、通奏低音について学んだりアンサンブルがしたい地元の音楽家やプロを目指す人たちなど、いろいろな層に向けたプログラムを用意して、コンサートと組み合わせてひとつのかたちにできればいいなと。「チェンバロで遊ぼう」「チェンバロと歌おう」みたいな親しみやすいイメージにしたいですね。

――それも、先ほどお話に出た“還元”の一環ではないでしょうか。

そうなるといいのですが。結局、なんのためにするのかと言ったら、音楽をするための“場”を作りたいんですよね。「音楽はひとりでやるもんじゃない、誰かと一緒にやるからいいんだよ」って、悠治さんもいつもおっしゃっています。チェンバロというか通奏低音を囲んで、いろんな楽器や歌が集まって、混ざり合って音楽をする場が、大分にあったらいいなと思います。

――とても素敵な計画、今後を楽しみにしています。

“場”といえば、50歳になったときにはじめたことのひとつに、俳句がありました。それから細々と続けて、今では「音楽家の句会」を定期的に開いています。小林恭二さんを宗匠にお迎えして、チェンバロ、ヴァイオリン、チェロ、コントラバスなど、いろいろな楽器の演奏家が集まって句を詠み合っています。とても奥が深くて面白い“場”の芸術ですね。

――波多野さんという音楽家のいろいろな面を知ることができました。興味深いお話をありがとうございました。

 

公演情報

2026年
チェンバロと歌の講座 in 大分
チェンバロ・ラボ―チェンバロと遊ぼう チェンバロと歌おう

8月25日(火) 大分・iichiko音の泉ホール

波多野睦美&大萩康司デュオリサイタル~スカボローフェア~
9月11日(金) 人吉・ひとよし森のホール
9月13日(日) 都城・都城市ウエルネス交流プラザ
9月15日(火) 熊本・ラフカディオホール
9月21日(月祝) 広島・広島県民文化センター
9月23日(水祝) 大分・iichiko音の泉ホール

シューベルト・アイスラー・高橋悠治―歌の水系
10月29日(木) 東京・ルーテル市ヶ谷ホール

波多野睦美リサイタル ピアノ:山田武彦
12月12日(土) 山口

波多野睦美 Mutsumi Hatano
メゾソプラノ。1990年にシェイクスピア時代のリュートソングでデビュー。以来、バロック期のオペラやオラトリオのソリストとして活動するほか、幅広いジャンルの歌を自在なプログラムで展開している。2005年より銀座・王子ホール主催のリサイタルシリーズ『歌曲の変容』開始、16回を数える。
作曲家・ピアニストの高橋悠治との共演は2008年から続き、『冬の旅』『ねむれない夜~高橋悠治ソングブック~』、栃尾克樹とのトリオ『風ぐるま』など録音多数。最新作は大萩康司との『時 Die Zeit』。放送では『BSクラシック倶楽部』『NHK名曲アルバム』などに出演。
Web http://hatanomutsumi.com
Instagram https://www.instagram.com/hatanomutsumi/

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