セイジ・オザワ松本フェスティバル 2026
メシアン:《トゥランガリーラ交響曲》に寄せて
原田節インタビュー
メシアンの「愛」は時を超えて鳴り響く

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セイジ・オザワ松本フェスティバル 2026

メシアン:《トゥランガリーラ交響曲》に寄せて

原田節インタビュー

メシアンの「愛」は時を超えて鳴り響く

text by 八木宏之
cover photo by 山田毅/写真提供:セイジ・オザワ松本フェスティバル

2026年の『セイジ・オザワ松本フェスティバル』の目玉のひとつが、音楽祭の首席客演指揮者、沖澤のどかの指揮によるオリヴィエ・メシアンの大作《トゥランガリーラ交響曲》である。メシアンの代表作にして、20世紀のもっとも重要な管弦楽作品のひとつに数えられる《トゥランガリーラ交響曲》は、フェスティバルの創設者である小澤征爾がなにより大切にしていたレパートリーでもある。小澤は、1962年7月4日に東京文化会館で行われた《トゥランガリーラ交響曲》の日本初演でNHK交響楽団を指揮し、その後もたびたびこの作品を取り上げた。

《トゥランガリーラ交響曲》の演奏で鍵となるのは、巨大な管弦楽に豊かな広がりをもたらすピアノとオンド・マルトノのソロである。今回、松本でサイトウ・キネン・オーケストラと共演するのは、ピアノの務川慧悟とオンド・マルトノの原田節だ。2024年6月にチョン・ミョンフンと東京フィルハーモニー交響楽団がこの作品を演奏した際にも、務川と原田はともにソリストを務めている。そしてなにより、日本におけるオンド・マルトノの第一人者である原田は、これまでに《トゥランガリーラ交響曲》を20か国で350回以上も演奏し、この作品を細部に至るまで知り尽くしている音楽家なのだ。

原田が『セイジ・オザワ松本フェスティバル』に出演するのは、1993年と2012年に演奏されたオネゲルのオラトリオ《火刑台上のジャンヌ・ダルク》に続き、3度目となる。松本での演奏を前に、この作品を深く楽しむためのヒントを探るべく、原田にインタビューを実施した。

インタビューは、都内にある原田節の自宅兼スタジオで行われた。

オンド・マルトノに魅せられて

原田がオンド・マルトノ奏者への道を歩み始めるきっかけとなったのは、パリで聴いた、小澤が指揮する《トゥランガリーラ交響曲》の演奏だった。

「私が《トゥランガリーラ交響曲》を初めてホールで聴いたのは、1978年12月にシャンゼリゼ劇場で行われた公演で、指揮は小澤征爾さん、オーケストラはパリ管弦楽団でした。《トゥランガリーラ交響曲》やオンド・マルトノについては、高校の授業で聴いたレコードを通して知っていましたが、実際にホールで聴いたときの衝撃はとても大きなものでした。オンド・マルトノの音色と響きの虜になった私は、終演後に、この公演でソリストを務めていたジャンヌ・ロリオの楽屋を訪れました。ジャンヌさんはメシアンの義理の妹にあたる人で、当時オンド・マルトノのソリストとして活動していた、ほとんど唯一の演奏家でした。

オンド・マルトノに魅せられた私を見て、ジャンヌさんはパリ国立高等音楽院のレッスンに遊びに来るよう誘ってくれました。これが全ての始まりでした。後日、パリ音楽院のレッスンを見学し、実際に楽器を触らせてもらった私は、自分もオンド・マルトノを演奏したいと強く思いました。しかし、オンド・マルトノは受注生産で、楽器はすぐに手に入りません。そこでジャンヌさんは、外出しているときに、彼女のアパルトマンで楽器を練習することを提案してくださり、私は自分の楽器が届くまでの1年間、ジャンヌさんのお宅で練習を重ねました。その後パリ音楽院に入学し、ジャンヌさんのもとでオンド・マルトノを勉強しましたが、当初はオンド・マルトノ奏者になるつもりはありませんでした。この楽器のプロとして生活できていたのはジャンヌさんだけでしたし、自分にもそれができるとは思えなかったからです。そうしたこともあって、実は今でも、オンド・マルトノに対する職業意識はあまりありません。純粋に、こんなに面白い楽器があるなら自分も弾いてみたいという思いから、今日まで続けてきただけなのです。

もともとフランスの文学や映画、シャンソンが好きだったことも、オンド・マルトノに惹かれた理由のひとつかもしれません。クラシック音楽だけでなく、フランスの映画音楽やシャンソンにもしばしばオンド・マルトノが使われていて、自分のなかにあるフランスの文化への憧れとこの楽器が重なったのです。ですから、自分のコンサートでは、シャンソンを歌いながらオンド・マルトノを弾く、世にも珍しいオンド・マルトノ弾き語りを行うこともあるんですよ」

ロリオ姉妹とともに。左がイヴォンヌ・ロリオ、右がジャンヌ・ロリオ。
写真提供:原田節

愛の神秘を描く

《トゥランガリーラ交響曲》は、メシアンの作品のなかでもとりわけ演奏頻度の高いものだが、カトリックの信仰や鳥たちの歌声といった、メシアンの創作を貫くテーマとは趣を異にし、その音楽は「愛」を深く掘り下げている。これまでに数多くの演奏に携わってきた原田は、メシアンの作品群で異彩を放つ《トゥランガリーラ交響曲》をどのように解釈しているのだろうか。

「《トゥランガリーラ交響曲》は、ボストン交響楽団の指揮者であったセルゲイ・クーセヴィツキーの委嘱により、1946年から1948年にかけて作曲され、レナード・バーンスタインの指揮するボストン交響楽団によって、1949年12月2日にボストンで初演されました。このときのソリストは、ピアノがのちにメシアンの妻となるイヴォンヌ・ロリオ、オンド・マルトノはこの楽器の発明者、モーリス・マルトノの妹のジネット・マルトノでした。この作品の背景には、はっきりとメシアンとイヴォンヌの愛があります。作曲当時、メシアンは既婚者で、イヴォンヌとは不倫関係にありました。《トゥランガリーラ交響曲》はふたりがもっとも幸せだった時期に書かれた情熱的な作品なのです。《トゥランガリーラ交響曲》は、メシアンの多くの作品に見られるカトリックの信仰とは異なる角度から愛を扱っていて、そこにはもちろん神への愛も含まれるでしょうが、核となるテーマは男女の愛の神秘であり、サンスクリット語の言葉を組み合わせたタイトルもそうしたイメージと結びついています」

《トゥランガリーラ交響曲》を語るうえで、作曲家が晩年に行った改訂も見逃せないポイントである。新旧ふたつのバージョンを、原田はどのように捉えているのか。

「メシアンは1990年に《トゥランガリーラ交響曲》を改訂しており、現在この作品にはふたつのバージョンが存在しています。メシアンは楽譜の音を変えることはありませんでしたが、ダイナミクスやテンポなどの細部に手を加えました。どちらか一方が優れたバージョンということはありません。初版には、イヴォンヌとの愛がより強く表出しているといえるでしょう。一方、改訂版にはメシアンのこの作品に対する理想が反映されています。例えばオンド・マルトノは、改訂版でははっきりと独奏楽器として扱われ、その存在感が増しています。オンド・マルトノが小さな音量で弾いている箇所であっても、それが全体の響きに与える影響はとても大きいのです。

1992年に、リッカルド・シャイーの指揮でアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団と《トゥランガリーラ交響曲》を録音した際には、改訂版の楽譜を使用しましたが、その時はまだ新版の楽譜は出版されておらず、手書きの楽譜を使って演奏しました。また譜面には書ききれないニュアンスについては、病床のメシアンを訪ねて直接彼から学びました。今回の松本の演奏では、オーケストラは改訂版を使用しますが、私は新旧ふたつのバージョンの良いところをミックスすることになると思います。松本のフェスティバルはリハーサルの時間がたっぷりとあり、合宿のような雰囲気のなかで作品に取り組めるので、隅々まで神経の行き届いた、充実した演奏をお聴きいただけるでしょう」

原田節とオリヴィエ・メシアン。
1986年3月に東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われたオペラ『アッシジの聖フランチェスコ』抜粋の日本初演での1枚。
写真提供:原田節

現代音楽から古典へ

オンド・マルトノは、普段から聴く機会の多い楽器ではないが、その音色には一度聴いたら忘れることのできない魔力がある。《トゥランガリーラ交響曲》において、この楽器が果たす役割はどのようなものなのだろうか。

「メシアンは人智を超えた、現実の彼方にあるものを描くときにオンド・マルトノを用いました。第二次世界大戦中に作曲された《神の現存についての3つの小典礼》では、オンド・マルトノの音が雲の上から聞こえてくるかのように書かれていますし、オペラ『アッシジの聖フランチェスコ』では、この楽器が天使の役割を担っています。メシアンはオンド・マルトノでしか得られない音があることをよくわかっていたのです。オンド・マルトノを開発したマルトノも、この楽器が人の心を癒すものになってほしいと願っていました。《トゥランガリーラ交響曲》においては、オンド・マルトノには明らかに女性のイメージが重ねられています。あまり単純化することはできませんが、ピアノが男性、オンド・マルトノが女性という捉え方も可能でしょう。メシアンは女性に対して畏敬の念を抱き、それをオンド・マルトノで表現しようとしたのかもしれません。

《トゥランガリーラ交響曲》をリハーサルしていると、オンド・マルトノの個性がほかの楽器にも波及していくことがあります。例えば弦楽器が、オンド・マルトノとアンサンブルをしていくなかで、次第にオンド・マルトノ風のヴィブラートで弾くようになることがこれまでに何度もありました。それだけ、オンド・マルトノはこの作品の特質と不可分なのだと思います」

オンド・マルトノは鍵盤もしくはその手前に設置されたワイヤーと指輪を用いて演奏を行う。

松本で共演する指揮の沖澤とピアノの務川は、新しい世代に属する音楽家で、彼らにとって《トゥランガリーラ交響曲》は20世紀の古典といえるレパートリーである。作曲家と直接交流を持った原田は、新しい世代の音楽家との共演をどのように受け止めているのだろう。

「私がオンド・マルトノを弾き始めた頃は、メシアンの音楽は現代音楽として聴かれていましたが、沖澤さんや務川さんの世代にとっては古典であり、勉強して自分のものにしていかなければならないレパートリーです。メシアンの死後に音楽家への道を歩み始めた彼らは、私たちの世代とは違う視点を持って作品を捉えています。

確かにメシアンの頭のなかには、《トゥランガリーラ交響曲》に対するはっきりとした理想がありました。メシアンは可能な限り自作のリハーサルに立ち会いたい作曲家でしたし、それが作品の解釈と受容に大きな影響を与えていました。小澤さんがこの作品を日本初演した際にも、メシアンは東京でのリハーサルに立ち会っていました。ある指揮者はメシアンの訃報に接したとき、これでようやく作品は自由になれると語っていましたが、それだけ、メシアン自身の言葉は演奏家たちにある種のプレッシャーとなっていたのです。沖澤さんや務川さんの世代はより自由に《トゥランガリーラ交響曲》と向き合い、新しい発想を演奏に持ち込むことができますので、私は彼らのアイデアに耳を傾けながら、世代を超えた共演を楽しみたいと思っています」

オンド・マルトノを演奏する原田節。

美術館にふらっと入るように

今や世界中のオーケストラのレパートリーに定着している《トゥランガリーラ交響曲》だが、メシアンの音楽に慣れ親しんでいるわけではない聴き手のなかには、難解な作品というイメージを抱いている人もいるだろう。インタビューの締めくくりに、今回初めて《トゥランガリーラ交響曲》に接する人へ向けて、原田の考える、この作品を楽しむためのヒントを語ってもらった。

「優れたオルガニストでもあったメシアンの音楽には、大聖堂のステンドグラスを思い起こさせる響きが含まれています。パリのノートルダム大聖堂のバラ窓をよく見てみると、さまざまな色のステンドグラスが混ざり合って、あのような美しい青を作り出していることがわかるでしょう。メシアンの音楽もさまざまな楽器を巧みに組み合わせて、ステンドグラスのような色彩的な響きを実現しているのです。共感覚の持ち主だったメシアンにとって、音は色と密接に結びついていたので、彼の音楽は絵画的でもあります。
《トゥランガリーラ交響曲》を初めてホールで聴くにあたって、事前に家で録音を聴いたり、スコアを開いたり、予習をしなくても、自然とその音楽を楽しむことができると思います。私はこれまで、この作品の演奏に数多く携わってきましたが、全曲演奏後、必ずといってよいほど、ホールは熱狂に包まれます。どうか美術館にふらっと入るような気持ちで、リラックスして演奏を楽しんでください」

作曲家本人から作品を学び、《トゥランガリーラ交響曲》の演奏経験はステージ上の誰よりも豊富な原田だが、彼の言葉からは、新世代の音楽家たちと新しい解釈の可能性を探ることへの強い期待が伝わってきた。原田と沖澤、務川による《トゥランガリーラ交響曲》の演奏を通して、私たちは現代音楽が古典として音楽史に刻まれる伝承のプロセスを目撃することになるだろう。そうした公演が、この作品を日本に紹介した小澤ゆかりのフェスティバルで開催されることは、音楽的な必然といえるかもしれない。

小澤征爾とともに。2000年、ドイツにて。写真提供:原田節

公演情報

『セイジ・オザワ松本フェスティバル 2026』
オーケストラ コンサート Aプログラム
2026年8月22日(土)、8月23日(日)15:00開演
キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)

沖澤のどか(指揮)
務川慧悟(ピアノ)
原田節(オンド・マルトノ)
サイトウ・キネン・オーケストラ

メシアン:《トゥランガリーラ交響曲》

公演詳細:https://www.ozawa-festival.com/programs/563/

沖澤のどか ©Felix Broede
務川慧悟 ©︎Yuji Ueno
原田節 ©Yutaka Hamano
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