ジェフ・ミルズ×湯山玲子対談
手塚治虫『火の鳥 未来編』が予言した現代
世界的DJが描く一期一会のサウンドトラック

ジェフ・ミルズ×湯山玲子対談

手塚治虫『火の鳥 未来編』が予言した現代

世界的DJが描く一期一会のサウンドトラック

text by 原典子

手塚治虫の『火の鳥 未来編』からインスピレーションを得て、ジェフ・ミルズが制作する一夜限りの完全オリジナル公演が、5月17日(日)MoN Takanawaにて開催される。AIに支配された世界、戦争と滅亡を繰り返す人類――未来への「予言の書」とも言える不朽の名作『火の鳥 未来編』を、ジェフはどのように解釈し、音楽へと昇華させるのか。湯山玲子との対談で、その思考の深部に迫る。

SFが現実に起こり得ることへの道筋を作っている

湯山玲子 『火の鳥 未来編』の感想を聞かせてください。

ジェフ・ミルズ 英語版で読んでいます。私は若い頃からサイエンスフィクション(SF)と共に育ってきました。SFは真実とフィクションを織り交ぜることで既成概念に疑問を投げかけ、新たな可能性を見出す作品形態であり、私もそこから多くの信念を学びました。この作品も同様の感慨がありました。

湯山 とくに40代以降の日本人にとって、実は手塚治虫の『火の鳥』って、一種の宗教書に近いんですよ。このシリーズによって、人間の命や生命存在、宇宙の在り方を強力にすり込まれている。日本はアメリカほどモラルとしてのキリスト教の影響が社会にないので、仏教やキリスト教といった伝統的な宗教とは別に、宇宙観や人間観の形成に与えた影響は大きいと思います。

ジェフ それは興味深いですね。私はSFというものが、将来、現実に起こり得るかもしれないことへの道筋を作っているんじゃないかと思うんです。つまり、ビジョンやアイデアが多くの人にシェアされることで、それが現実になっていく。人間の頭で考えられる範囲での「将来こういうことが起きるかもしれない」という予想が、現実になる確率は実はかなり高いのではないでしょうか。たとえば昔の人は空を飛ぶことを夢見ていましたが、今ではもう飛行機が当たり前になっています。

ジェフ・ミルズ

湯山 なるほど。それと『火の鳥 未来編』では、AIによる管理社会のような未来予想だけでなく、不死になった主人公マサトが、肉体が消滅したあとも宇宙生命(コスモゾーン)として生き続ける中盤からの描写が興味深い。これって、グスタフ・ユングが提唱した「集合的無意識(collective unconscious)」つまり、「個人の経験による無意識より深く、人類に共通して伝えられている無意識」を大いに感じさせますよね。ここに抵触するのがアートであり、まさにジェフさんのロングプレイ・セッティングは、そういうものをすごく感じさせるような音像を繰り出します。『火の鳥』を読んで、ご自身の音楽とのシンクロニシティを感じたりはしましたか?

湯山玲子

ジェフ 『火の鳥』を読んだとき、私はこの物語が時間や空間というものに対しての壮大なクエスチョンを投げかけているのを感じました。そして、自分もそういったサブジェクトに対して音作りをしていきたいと考えているので、その意味ではシンクロニシティと言えるかもしれません。しかしながら、現在の音楽シーンで、手塚治虫のようなことを思考して音楽を作っている人はほとんどいないのでは、とも同時に思います。

湯山 そうですよね。私はクラブのダンスフロアで、自分の肉体や思考を超えた集合的無意識に触れるような体験をしたことがあります。いわゆる「ゾーンに入る」という境地ですね。すごくいいオーケストラを聴いたときにも感じますが、ジェフさんはオーディエンスをゾーンにまでもっていける天才のひとりですからね!

ジェフ ありがとう。考えてみれば「他者の肉体を動かす」って、そうよくあることではないですよね。しかも音楽を介して、身体を動かす側(=DJ)と動かされる側(=オーディエンス)との間に、非常にパワフルな関係性が生まれる。音楽業界は、意外とそのパワーを評価していないのではないでしょうか。もともと音楽はダンスから始まっているということに重要性があると思っています。

クリエイティブ脳をAI化した不死があるとしたら?!

湯山 そこで今回の公演の話になるわけですが、オーディエンスがゾーンに入るようなパフォーマンスになるのでしょうね。

ジェフ そう、今まさにサウンドトラックを制作中なんですが、身体全体で音楽を体感していただくとともに、ゲストの方たちと一緒に演奏したり、それぞれのソロも大切にした構成になる予定です。

湯山 それは楽しみです。ゲストとして出演するピアニストの上原ひろみさん、箏奏者のLEOさんについても聞かせてください。

ジェフ 上原さんは、もう何年も前から注目していたのですが、去年デトロイトのフェスで一緒になって、彼女がバンドで演奏する姿を見て非常に心を動かされました。LEOさんは共通の友人であるフランチェスコ・トリスターノを介して知り合って、興味をもちました。このふたりと作り上げていくことで、ユニークなものができるのではないかと期待しています。

上原ひろみ
LEO

湯山 話が戻りますが、『火の鳥』において手塚治虫が強調したことが、「死」に関する問題です。人間の根源的な欲望のひとつに不死というものがあって、それが早晩どのようなかたちであるにせよ実現していくような気が私はしているんですけれども、なにをもって死とするかは宗教的にも大きな問題ですね。たとえば、ジェフ・ミルズのクリエイティブ脳をすべてAI化して、肉体が滅びたあともずっと現役でいられるというような不死を想像したことはありますか?

ジェフ 当然、考えたことはあります。そもそも音楽というものは創造者の死後も残っていくものではありますが、アウトプットされた作品だけでなく、音楽作りのプロセスや、そのときの思考を残していくことができるとしたら、自分としては大賛成ですね。

湯山 おおっ、ジェフ・ミルズの脳の中で、瞬間、瞬間で行なわれているケミストリーをすべてデータ化して、新たなジェフ・ミルズのアバター脳ができて、そこに時代の新しい音楽がインプットされ、永遠に人類がジェフ・ミルズのプレイを聴き続けることができるようになったらと想像すると、ワクワクします!

ジェフ 音楽を制作する人というのは、なにかしら社会や人類に貢献したいという気持ちがあるものです。自分の過去の作品におけるシンキングプロセスを残すことで、将来の人たちの参考になるのであれば、それはとてもよいことだと思います。新しいテクノロジーによって、音だけではない、作品の付加的な要素――それが作られた日の天気はどうだったのか、制作者はどういう精神状態にいたのか、といったことがすべてわかるようになったら、その作品をより深く理解することができるのではないかと。

湯山 DJというのはグローバルなアートフォームである一方で、プレイされる空間や土地柄によって、ずいぶん音が違ってくるものですよね。音符そのものだけではない、環境的な要素の影響がすごく大きい。

ジェフ オーディエンスをいかに感じるかということが、DJにおいては非常に重要な要素になってきます。彼らが集合体としてどういう人たちなのかということを素早く感じ取ることによって、その瞬間ごとのスペシャルなパフォーマンスが成り立つ。もちろん、ほかのジャンルの音楽においてもそういった要素はありますが、DJはとくにその性質が強いと思います。なにかちょっとしたことで、ライヴのダイナミズムが全然変わってくることも当然あるわけで。

結局、戦争をやめられないのが人間の性

湯山 では最後の質問になりますが、『火の鳥 未来編』は戦争をやめられない人間の愚かさを描いた作品でもあります。各地で戦争が起きている2026年の今、ジェフさん自身がアーティストとしてどう世界を見ているかをお聞かせいただけますか。

ジェフ 『火の鳥 未来編』を読んで面白いと思ったのは、未来の人々がノスタルジックな過去の文明に憧れをもっているところです。過去にとらわれすぎているとも言えるもので、それは今の私たちにも当てはまるのではないかと思いました。歴史的な事実にとらわれすぎて、そこに自分たちを閉じ込めて、また同じことを繰り返しているような。無意識のうちに悪循環を作ってしまっているのではないかと。最初にお話ししたように、SFは私たちの意識を反映していますから、ユートピアよりディストピアものが多いですよね。結局、戦争をやめられないのが人間の性(さが)なのではないかと、昨今のアメリカの状況を見ても感じます。

湯山 戦争をやめられないことが人間の性ならば、戦争をやめることは、人間をやめるということになるんじゃないかというアイロニカルなSFがありました。D.F.ジョーンズの『コロッサス』は、1966年の出版ですが、スーバーコンピューターが人類を強制的に平和状態に徹底支配します。脱人間、ポストヒューマンといった言葉も流行りましたね。

ジェフ 未来の社会は、今より自由が制限され、コントロールされ、モニタリングされ、フィルタリングされているだろうということは、たぶん間違いないと思っています。それはもうすでに現実化していて、仕方ないことなのかもしれない。けれど私が個人的にちょっと驚いているのは、それに対しての人々のレジスタンスが意外にも少ないということです。諦めというか、理解というか。もしかしたら、人々はそうやって管理された方が幸せだと思っているのかもしれない、とさえ思います。

湯山 本当にそうですよね。そういった現状への問いかけも、ジェフさんと『火の鳥』のパフォーマンスを通して受け取ることができるでしょう。今日は非常に興味深いお話をありがとうございました。5月にお会いできるのを楽しみにしています。

 

公演情報

MoN Takanawa開館記念プログラム
MANGALOGUE(マンガローグ):火の鳥連携企画

ジェフ・ミルズ presents 火の鳥 ーエレクトロニック・シンフォニカー
Special Guests 上原ひろみ and LEO

2026年5月17日(日)18:00開演
会場:MoN Takanawa Box1000

原作:手塚治虫『火の鳥 未来編』
出演:ジェフ・ミルズ、上原ひろみ、LEO

主催:MoN Takanawa: The Museum of Narratives、TBS
企画制作:Axis Records、U/M/A/A Inc.
企画協力:手塚プロダクション
※手塚治虫/手塚プロダクションの「塚」について、正しい表記は旧字

公演詳細 https://montakanawa.jp/programs/jeff\_mills/

 

ジェフ・ミルズ Jeff Mills
1963年アメリカ、デトロイト市生まれ。現在のエレクトロニック・ミュージックの原点ともいえるジャンル“デトロイト・テクノ”のパイオニア的存在。マイアミとパリを拠点に1992年に自ら設立したレコードレーベル<Axis(アクシス)>を中心に数多くの作品を発表。またDJとして年間100回近いイベントを世界中で行なっている。
エレクトロニック・ミュージック・シーンのリーダーでありながら、クラシックやジャズなど様々なジャンルの音楽界に革新を起こす存在としても世界の注目を浴びている。近代アートのコラボレーションも積極的に行なっており、パリ、ポンピドゥーセンターやルーブル美術館内でのアートインスタレーション、シネマイベントなど数多く手掛けている。
2017年にはフランス政府よりオフィシエの称号を元フランス文化大臣のジャック・ ラングより授与された。コロナ禍中には、若手テクノアーティスト発掘支援のため<The Escape Velocity(エスケープ・ベロシティ)>というデジタル配信レーベルを設立。60作品をリリースし、若手アーティストにコミュニケーションと発表の場を与えるのに貢献した。
www.axisrecords.com

湯山玲子 Reiko Yuyama
学習院大学法学部卒。著述家、プロデューサー​、おしゃべりカルチャーモンスター。
著作に『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、『女装する女』(新潮新書)、『四十路越え!』(角川文庫)、上野千鶴子との対談集『快楽上等! 3.11以降の生き方』(幻冬舎)、『文化系女子という生き方』(大和書房)、『男をこじらせる前に』(角川文庫)など。
TBS『新・情報7DAYS ニュースキャスター』などに出演。
自らが寿司を握るパフォーマンス<美人寿司>、クラシック音楽の新しい聴き方を提案する<爆クラ>主宰。ショップチャンネルのファッションブランド<OJOU>のデザイナー・プロデューサーとしても活動中。日本大学藝術学部文芸学科非常勤講師。東京家政大学非常勤講師。(有)ホウ71取締役。父は作曲家の湯山昭。

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